出生の秘密という程のものではありませんでした
モンスターが出るという話は聞いていた。
クリスの話からは豚が二足歩行してるようなものだと言われていたし、モニカの話ではボギーと呼ばれていたらしい。豚のよう、と聞いて自分が知るモンスターの中で近いものを思い起こしてみたがオークくらいしか浮かばず、しかし大きさはオークと比べると小さいらしいので、ゴブリンサイズのオークを想像していた。
「……んですが、何だか予想と随分違いましたね」
「私ゴブリン見た事ないんでちょっとわかんないです」
館に入って早々襲い掛かってきた大きめのボギーをあっさりと斬り伏せて。剣についた血を払い鞘へおさめたアレクは戸惑ったように館内を見回した。
「確かに以前来た時とは別の館のようですね。…………しかし、この館にまつわる噂は色々あったけど前に僕達が来た時はその噂すら所詮噂だったと思えるような状態だったのに……何か変化の切っ掛けでもあったのでしょうか」
「変化の切っ掛け……ですか?」
言われて考える。
確かに最初ここに来た時は(下見に来たのも含めて)ただ古いだけの館だった。
次に来た時、部屋に罠が仕掛けられていた。
次に姿は見えなかったが何かの、これは恐らくボギーだろう気配。
その次にボギー大量発生。発生させたのはむしろ自分たちのせいかもしれないが。
そして前回、ボギー以外のモンスターの存在を確認。
正直一番最初に来た時に時間がかかろうが何だろうが強引に修理して片付けて全部の部屋見て回る勢いでやれば、何事もなく終わったのではなかろうか。今更ではあるがそんな風に考えてしまう。
しかし何が原因だったのか、それを考えてもわからない。何かの封印を解いたとか、何かの儀式を完成させてしまったとか、そういうあからさまな要因があればまだしもただ館に足を踏み入れただけだ。
ちらり、とアレクを見上げる。彼もまた何やら考えているようだった。クリスから聞かされた話と、モニカからの話とを合わせて今までの事を思い返しているのだろう。
ふと前回彼とこの館に来た時の事を思い出して、一瞬気まずさを感じた。
……今日は何があっても怪我をしないようにしよう。特に足。
「考えたところで情報が少なすぎますね。行きましょうか」
「そうですね」
――こうして二人は三階へと向かう。まずは前回手に入れた鍵がどこの部屋のものかを探す事から始めなければ。
階段を上がっている途中、やはり少し大きめのボギーが襲い掛かってきたが、イリスが「あ」と声を出す間もなくあっさりと退治されてしまった。
「モニカの話ではあまり積極的に襲い掛かって来るような感じじゃなかったと思うんですが……随分好戦的ですね」
「んー、こいつらちょっと大きいから、成長したとかで今なら勝てると踏んだんじゃないですかね?」
実際こちらを見て逃げ出していたボギーはほとんど小さかった。体長20~30センチ程度だ。大人の足の大きさとそう変わらないサイズで箒持ってたりケース持ってたり、見ている分には微笑ましいような気さえしていたのだが、今回襲い掛かってきたボギーは一メートルはあるだろうか。小さなボギーと比べると随分大きくなったものである。
まだ大きさ的にイリスよりも小さいため襲い掛かられたとしてもどうにかできそうな気がしているが、これがもう少し大きくなってイリスの身長を超えたら恐らく勝ち目はないんじゃないだろうか。
それ以前に、こいつらどうやって成長しているんだろう。この館に食べ物なんて無さそうだし、栄養の摂取方法が人とは違うのかもしれないが純粋に疑問だった。ケースに保管されてた数が全体でどれくらいだったかはわからないが、三部屋分の壁に隠されていたケースの数だってそこまで多くはないはずだ。そのうち一部屋分はクリスが倒したし、恐らく一つの部屋で発生したボギーはクリスが退治した数と大体同じだろう。という事はクリスが退治した数の二倍の数が残存しているボギーの数だと考えても、そこまで間違ってはいない気がする。
……モニカやアレクが何匹か倒したが、それにしたって残っている数が多い気がする。
まさか凄い速さで繁殖しているんだろうか。そうだとするとそのうち館の中がボギーで一杯になって最終的に溢れて館の外に……まさかそんな事はないと思いたいが、絶対無いとは言い切れないのが怖い。
三階についてとりあえず近くの鍵がかかった部屋から鍵を開けようと試みる。
前回シーツが干されていた部屋の向かい側にある部屋の鍵だったらしく、ドアがきぃっと軋んだ音をたてて開いた。
「ここも物置……?」
あまり広いとは言えない部屋だが、壁際にある棚には掃除道具がしまいこまれていたり、違う棚からは石鹸なんかも出てきた。掃除用具室、と呼ぶべきだろうか。
以前ボギーが箒を持っていたが、あれはここから持ち出したのか。……だからあいつらどうやって鍵のある部屋に出入りしてるんだ。合鍵でもあるというのか。
引き出しの一つを開けたアレクが無言のままそっと閉める。
「どうかしたんですか?」
「いえ……ちょっと使用済みの雑巾が大量に詰められてまして」
あぁ、だから今口許っていうか鼻のあたりを手で押さえているのか。洗っても雑巾って微妙に臭うからなぁ。
イリスも手近な棚を調べてみる。掃除の際に使うであろう道具に紛れて、見覚えのある装丁のノートが出てきた。何故……こんな所に……
「もしかしてそれがクリスやモニカの言っていた日記ですか?」
「そうです。相変わらず日付は書かれてないみたいだけど」
ぱらぱらとページを捲る。
『年をとったな、とここ最近特に自覚する。日々の生活が少々厳しい。仕事は何の問題もないが、この館の手入れが少しばかり苦になってきた。使う部屋から優先的に掃除をしようにも、そうしたら最終的にほとんど使っていない部屋が大変な事になってしまうだろう。
使用人を雇うにも、流石にそこまで生活に余裕はない。Wに相談してみると数日待って欲しいと言われた。何か伝手でもあるんだろうか』
『Wが使用人としてこいつらを使え、と持ってきたのは驚いた事にモンスターだった。一体何を言いだしているのだろう。それ以前にどうやって王都の中にモンスターを連れ込んだのか。Wの話を聞くと外から連れ込んだわけではなく研究の流れで出来た物、らしい』
「あ、これ前にモニカと見つけた日記の前にあたるものみたいですね」
「それより驚くべき部分があるでしょう!?」
イリスからしてみればもうこの館で色々ありすぎて日記の内容にいちいち驚くような事もないだろうと思っていたのだが、アレクはどうやら違ったようだ。
確かにモンスターを作り出した、という部分は驚くべきなのかもしれない。
とりあえずロイ・クラッズがボギーとうっかり交流していた理由はわかった。決して王都に迷い込んで怪我をして倒れていたボギーをロイが発見して手当てしたり、とかいう展開ではなかったようだ。
怪我をしているとはいえモンスターを手当てしていたらそれはそれで大問題だろうが。
「Wは何かの研究をしていた、そしてその流れで出来たのがモンスター……嫌な予感しかしませんね」
「でもそう簡単に一定の知能を持ち合わせてるモンスターを創るだなんて事、できるんですか?」
使用人として、というWの言葉通り、ロイは実際にボギーと一緒に館で生活し、正直こいつら鬱陶しいとか愚痴ったりした挙句最終的には元々名前がなかったであろうモンスターにボギーと名付けて呼ぶまでに発展している。
館で暮らすロイにボギーは危害を加えなかったようだし、実際今も館の掃除をしたりそこかしこの修復作業をしたりしている。館の主がいなくても、だ。彼らはそもそもこの館の主であったロイが死んだ事を理解しているのだろうか?
「……生憎僕は門外漢なので……出来る、とも出来ない、とも断言はできません。しかしWという人物は創り上げてしまった」
「それじゃあ、Wって人実は相当凄い人なのかな。方向性が間違ってる気もするけど」
「少なくとも常識と倫理観は一般の人と比べて欠けているようですね」
一体どんな研究をしていたのか知らないが、その途中でモンスターが創れるようになったからといって普通は確かに創ったりはしないだろう。
ふと、ワイズが言っていた『この館には狂人が棲んでいた』という言葉が蘇った。
何か別の話と混ざったかもしれないから忘れてくれと言っていたが、その言葉は恐らく正しかったのだろう。喜ばしい事では全くないが。




