不穏な情報を投下されるのは困ります
王国歴1005年 春 某月某日 晴れ
モニカと館へ行ったその二日後。イリスは公園のベンチに座ってひたすら焼き菓子を食べていた。
ウィリアムに貰った物ではない。最近新しくできたという店で買ってきたものらしい。
「うん、確かに美味しい」
「そうか。もっと食べてもいいんだぞ」
同じくベンチに座って菓子を勧めてきたのは、これまたイリスの友人である。
王都で恐らく最も多く見かける琥珀騎士団の制服を着た青年は、イリスに菓子を勧めつつ自分もしっかりと菓子を口に運ぶ事を忘れない。
金色の髪がさらりと揺れる。
「ん? どうした?」
「いや、それにしてもワイズ、よくこういうお店見つけてくるね」
「何だ、何か問題あるのか?」
「んーん、全然。私最近色々あって全然新しいお店とか行けてないからさ、ちょっと羨ましいよ」
紫色の瞳が訝し気にイリスを見つめている。
イリスがワイズと呼んだ友人は、恐らくイリスにとって騎士団のという言葉がつく友人の中で最も古い友人だった。年は恐らくイリスよりも上だろう。仕草や雰囲気から何となく貴族のような気もするが、彼は家名を名乗った事がないので実際の所はわからない。
食べ歩きが趣味なのだという彼は、新しい店が出来るたびそこへ足を運び、度々土産と称してイリスにも食べ物を持ってくる。餌付けなどでは断じてない。
「そういやここ最近あんまり見かけなかったな。何かあったのか?」
「んーと……じいちゃんのお使いでちょっと……」
所々言葉を濁しながら話す。『人喰いの館』へ行ったという部分はともかく、流石に中には今モンスターもいますとかそこら辺は言ったらダメだろう。
「……そういや以前見回りしてたら『人喰いの館』近くで見かけたけど、それじゃああの館に入ったって事か?」
「見てたの?」
「あぁ、一緒にいたのが他の団長だったからボクが声をかける必要はないと思って本当に見てただけだがな」
「うーわ、ちょっと声かけてよそういう時は」
「うちの団長だったらともかく他の団長とかボクみたいなただの騎士が気軽に声などかけられるか」
「あぁ、そういうものなんだ……」
「しかし……あの館、色んな噂があっただろう? 火の無い所に……とも言うし、いくら一人じゃないとはいえ……本当にその、大丈夫なのか?」
「あぁうん、大丈夫だよ。ちょっと老朽化が進んでるから確かに気を付けないといけないけど」
実際の所今は何だか中も大分修理されてたり掃除されてたりで、普通に生活するだけならできそうではあるが、流石にモンスターがいますとは言えない。
「そうか、しかし団長たちも忙しい身だからな。中々作業もはかどらないんじゃないか。どうせならボクも行こうか? 時間なら余ってるし」
「ぅえ!? いやいいよ、ただでさえモニカたち巻き込んじゃって申し訳ないのに、ワイズまで巻き込めないよ」
ワイズが親切で申し出てくれているのは、今までの付き合いからわかる。しかし、だ。モニカやアレク、レイヴンにクリスは騎士団長という立場もあってあの館にモンスターが出るという状況を今の所極秘にしてくれているが、ワイズは違う。あの館のモンスターを目にすれば確実に自らが所属する団長へと報告するだろう。
つまり、グレンに話がいってしまう。モニカが付き添いであの館に足を運んだ事はグレンも知っているだろう。いくらモニカがちょっとした冒険です、などと誤魔化していたとしてもだ。
結論、とっても大変な事になってしまう。
場合によってはグレンに叱られるどころの話じゃないだろう。ローリング土下座で許してもらえるだろうか。……いや、無理だ。
正直想像したくない未来予想図に、さっと顔が青ざめた。
思い切り自己保身に走った考えだったのだが、ワイズはそうとは知らず純粋に申し訳なさからくる遠慮だと思ったのだろう。深く追求してくる事もなく、
「そうか? イリスがそう言うなら……どうしても人手が不足してるようなら言ってくれ」
あっさりと引き下がる。何だろう、この罪悪感。この埋め合わせはどこかで美味しい店を見つけたらその情報という事で勘弁してくれ、友よ。
そんな風に心の中だけで懺悔しておく。
「まぁ、大丈夫だとは思うが気を付けろよ。あの館、一時期『狂人が棲んでいる』なんて噂もあったみたいだし」
「……え?」
「ん? 何だ、まさか『人喰いの館』とか『帰らずの館』とか言われてる理由、知らないわけじゃないだろう?」
「いやうん……ある程度は知ってるけど、その狂人がってのは初めて聞いたよ?」
「そうなのか? この話の出所はどこだったかな……城の方で聞いた気がするんだが……随分前に聞いただけだし、もしかしたら他の話と混ざったかも。悪い、今のは忘れてくれ」
あっさりと発言を撤回するワイズではあったが、それはちょっと無理な気がする。忘れるも何も、少々インパクトが強すぎてすぐに忘れられそうにない。
何だ狂人て。あの館に住んでいたのはロイ・クラッズかその前の所有者のWだ。そのどちらかが狂人という事なのだろうか。あのボギーと心の交流築き上げちゃったりしてるあたり狂人ぽいと言えない事もないが、どちらかというと何かの研究をしていたらしいWの方もそんな気がしないでもない。
「さて、それじゃあボクはそろそろ行くが……あの館に行くなら本当に気をつけろよ。一緒にいる相手が相手だからそう危険な目に遭う事もないだろうけど」
「うん、足引っ張らないように気を付けるよ。それじゃあ」
箱の中にいくつか残っていた菓子をイリスの手に押し付け、空き箱を近くのゴミ箱へと捨てワイズは西区の方へと去っていった。
とりあえず手の中にある菓子を黙々と食べる。食べ終わりそうになった頃、
「よろしければどうぞ」
いつの間に来ていたというのか。アレクが近くで購入したであろうジュースを差し出していた。
特に断る理由もないため、素直にジュースを受け取って。
「ごちそうさまです」
「いえ……ところで今日はどうしますか?」
あの館に一人で行く事は流石にもう無理だ。ボギーだけならもしかしたら自分一人でどうにかなるかもしれないが、仕掛けられた罠とかそれ以外のモンスターがいる中に一人で行くつもりはない。
モニカと館へ行ってから二日。騎士団長がそう簡単に時間など取れないだろうと思っていたため、今日は特に行くつもりもなかったが……
一緒に行ける相手がいるなら行ってくるべきだろう。
こうして、今回はアレクと共に向かう事となった。




