館の外は一転して平和そのものです
「――あら? あれは……」
「あ……」
モニカと二人で公園の方まで戻ってきたが、そこで見知った姿を見かけて思わず足を止める。
館で話題にちらっと出たが特に噂した覚えはないんだけどなぁ……と思いながらも、イリスはその人物を見上げた。
「グレンじゃありませんか。一体どうなさいましたの?」
琥珀騎士団団長、グレン・エシュター・フロイド。やや暗めの橙色の騎士服の上から更に鎧を装着している彼は、大柄な体躯と相まって本人にそんなつもりはないのだろうがイリスから見ると威圧感たっぷりである。
声をかけられた事で、グレンもこちらに気が付いたのだろう。ふ、と視線を移動させて――
「…………何があった?」
僅かに眉を顰める。視線の先は言わずもがな、モニカである。
「あぁ、これはちょっとイリスと冒険を」
冒険、間違ってはいないような気がするが、その言い方で果たして納得してくれるものだろうか。
「……事件、ではないんだな?」
「えぇ。今の所はまだ。心配なさらずとも、何かあれば報告いたしますし今回の事も笑い話にできるようなら後日改めてお話いたしますわ。
これは、わたくしのうっかりで仕出かした事です」
「そうか」
イリスの予想に反してあっさりと納得してみせたグレンに、今度はモニカが問いかける。
「それで、グレンはどうしてここに? 見回りに来た、というわけでもなさそうですけど」
「まだ先の話だが、司教に英霊祭についての件でな……」
「あぁ、そうでしたか」
「この後は陛下に呼ばれているから、失礼する」
「あまり無理はなさらないで下さいね」
「あぁ。……そうだ、イリス……だったな」
「っ、はい!?」
まさかこちらに話を振られるとは思っていなかったので、気分は完全にただの空気だった。だからこそ、危うく変な声を出すところだったがどうにかそれを回避する。
「モニカがいつも世話になっている」
「いやむしろこっちがお世話になってるんですけど」
「これからもよろしく頼む――それでは、失礼する」
そう言って城の方へと向かうグレンを見送って。
その背が見えなくなったあたりでイリスは大きく息を吐いた。
「ものすっごい緊張した……っていうか、よくあれで納得してくれたね、モニカ」
「普段あまりしゃべらない人ですから、一杯一杯すぎただけですわ。本当はもう少し追求したい感じではあったみたいですけどね。イリスもいる手前何喋っていいのか考えてるうちに他の要件思い出してこれ幸いと撤退した、ってのが実際のところでしょうか」
「モニカはさらっと受け流すの慣れてるみたいだけど、私だけなら多分空気に耐え切れずに洗いざらい言わなくていい事まで白状しそうだったよ」
「まぁ、イリスったら」
冗談だと思われたのか、モニカに笑われる。ころころと鈴を転がすように笑っているが、そこは笑い事ではないしどちらかというと本心である。
「さて、それじゃあわたくしもそろそろ戻りますわ」
「あ、だったらグレン様と一緒に行けばよかったね。ごめん、何か引き止めたかも」
「いいえ、どちらにしても一緒に城に向かう事にはならないと思いますから、イリスが気にする必要はないんですよ」
そこまで面白い事を言った覚えはないのだが、モニカはまだくすくすと笑っている。イリスにはモニカの笑いのツボがよくわからなかった。
「……しかしまぁ、グレン様のモニカへの態度ってあれじゃほとんど保護者だよな……」
モニカと別れてから、ほぼ無意識に呟いていた。
……うん、どう考えても婚約者というよりは父親だった。あれは。
何だか今日はボギーの名前といい、肝心でもない情報ばかりが追加される一日だったように思う。
「――お邪魔してますよ、イリスさん」
家に帰ると両親ではなく一人の男に出迎えられた。
「あ、いらっしゃい。ウィリアムさん」
両親と一緒に食卓を囲んでいる男は、度々イリスの家を訪れている父の知り合いだ。
訪れているといっても、こうして和気藹々と食卓を囲む機会はなかったが。
「あらおかえりイリス。今日はウィリアムさんがお裾分けに、って食材持ってきてくれたの」
「それで一緒にご飯食べてるんだ」
帰って来るなり早々目にした光景の説明はあっさりとついた。
ウィリアム・ローグ・ヴァレンタインは銀髪碧眼の男性だった。モニカの銀髪はどちらかというと灰色に近い色合いをしているが、彼の髪は本当に銀色で日の光やら部屋の明かりに反射してキラキラしている。見た目は若く二十代半ばだと思っていたが本人曰くそこまで若くはないらしい。
父と同年代か、それより少し下……だろうか。
城にある研究室で働いているらしいが、詳しい研究内容は知らない。というか、そう簡単に情報を漏らしていいものでもないのだろう。父も詳しい事は知らないようだ。
ただ、度々研究に使う道具の修理や点検を頼みに父の元を訪れているためイリス自身もウィリアムとは面識があった。
今日も仕事帰りか道具の点検かで訪れたのだろう。白衣を着たままだ。
「さぁさぁトーマスさん、帝国産のワインもどうぞ。沢山貰ってしまって一人じゃ飲み切れないんですよ」
「おぉ、これはどうも。ステラ、すまんがつまみも頼む」
「はいはい」
何この馴染みっぷり。一緒の卓についてご飯食べていいものかというイリスの考えを見抜いたのか、これまたいいタイミングでウィリアムが手招きする。無視するわけにもいかず、近づいて。
「イリスさんにはこれを」
「あー……ありがとうございます……?」
やたらと重厚な箱に入った菓子を渡される。そのまま流れで椅子に座る事になり、あれよあれよという間に結局一緒の食卓を囲む事になってしまった。
何だかとても落ち着かない。
ちなみに、渡された箱の中には普段イリスが自分で買わない程度にお高い感じがする焼き菓子の詰め合わせが入っていた。




