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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
一章 祖父の知り合いの館は思った以上にヤバい場所だったようです

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何もしていないのになんだかどっと疲れました



 イリスの記憶が確かなら本来瑠璃騎士団は他の騎士団の後方支援が主だったはずだ。

 騎士団の中で最も女性騎士が多いのも瑠璃騎士団である。術者も多く在籍し、騎士というよりはプリースト寄りの構成だったはずだ。

 最低限の武芸は身につけているはずだが、前線に立ってどうこう、というような役割の騎士ではない……はずだ。


 モニカがボウガンを撃ってきたボギーに向けて蹴りを繰り出すのを見ながら、イリスは今更のようにそんな情報を引っ張り出す。というか、モニカさん速すぎて今の動き全く見えませんでした。


「ギィッ!?」

「あら、まだいたんですの? そうですわね、そんな小さな身体でボウガン持ったままドアなんて開けられないし、ドアを開ける役割を持った別個体がいても何ら不思議な事ではなくむしろ当然の事でしたわね」

 ドアの陰に隠れるようにしていたボギーが恐らくは悲鳴なのだろう声を上げ、モニカがそちらに視線を向ける。

 口許に笑みが浮かんでいるが、目は笑っていない。ドアの陰にいたボギーはがたがたと震えてモニカを見上げる。


「ギ……ギギィ」

 モニカに蹴り飛ばされたボギーが最期に何かを言い残し、がくりと息絶えた。

「ギーッ!?」

 残されたボギーが叫ぶ。そして瞬時に身を翻し逃げ出した。


 差し詰め今のやり取りは、

「俺に構わず早く逃げろ」

「そんな……ッ、くっ、すまん友よ……!!」

 というような感じだったのだろうか。言葉が通じないためイリスの想像でしかないが。


「追いますわよ、イリス」

「えぇっ!? あ、あぁうんわかったよ」

 階段を駆け下りていくボギーの姿を見失わないようにすぐさま駆け出すモニカの後を、置いていかれないようにイリスもまた追いかける。

 しかし階段を転がるようにして下りていくボギーの方がやや早かったようで、二階に下りてきたと同時にボギーの姿は見えなくなっていた。


「……一階にまでは行っていないようです。恐らくどこかの部屋に逃げ込んだのでしょう」

 視線を巡らせつつ告げるモニカだが、ボギーの姿は別の個体であっても見当たらない。それとなくこちらを窺うような気配は感じるので、恐らく巧妙に隠れているのだろう。

 階段周辺の部屋に逃げ込んだと考えるのなら、物置部屋かもしくはその先にあるトイレか浴室だろう。しかし物置部屋はドアが歪んでいたため、すぐさま逃げ込むには向いていない。……シャンデリア同様、ドアを修理していれば話は別かもしれないが。


「……今かすかに物音がしましたわね」

「私には聞こえなかったよモニカ」

 かつんと靴音を高らかに響かせてモニカが向かった先は、浴室がある方向だった。


「ギギーッ!?」

「ギャッ!?」


 脱衣所のドアを開けると、そこには確かにボギーがいた。

 いるにはいたのだが……


「セイントフレア」


 腰にタオルを巻いて胸元を両手で隠すようにしていたボギーたちに、モニカは容赦なく術を発動させる。

「何かこいつちょっと大きくない? 他のと比べて」

「そうですわね、先程の個体ではないというのは確実ですけど、まぁ個体差で大きさに違いだって出てきますよ」

 黒焦げになったボギーを一瞥し、脱衣所の先にある浴室の扉の前に立つ。

 ちゃぷちゃぷと水音が聞こえてくるので中にもいるのだろう。

「仮に無害であったとしても、王都の中でモンスターをいつまでも放置しておくわけには参りません。イリス、貴女はここで少しだけ待っていて下さい」

「え、えぁ、うん、気を付けて」


 こいつらに性別はあるのだろうか。一瞬そんな場違いな事を考えつつも、イリスはなるべく安全そうな場所へ移動する。

 ダガー片手にモニカが浴室の扉を開けようと手をかけるが、それより一瞬早く浴室側から開け放たれる。

「――っ!?」

 そして中から出てきた何かに、モニカは引きずり込まれていった。

「モニカ!?」

 ばたん。何事もなかったかのようにドアが閉まる。


「え、ちょっと……モニカ!? モニカ!!」

「来てはいけませんイリス!!」

 慌てて浴室のドアに駆け寄ろうとしたイリスだったが、中から聞こえてきたモニカの声に反射的に足を止める。どうやら無事のようだ。今のところは。

 モニカの声がしなければ、何も考えずに浴室のドアを開けようとして自分も引きずり込まれていただろう。しかしだからといってここで何もしないわけには……


 出来る事を考えても、今持っていて武器になりそうなものはバール一つである。浴室の中にモニカを引きずり込んだのはボギーではなく茶色い何かだったような気がする。……バール一つで襲い掛かってどうにかなる相手ならいいが……


「ヘルファイア!!」


 どうしたものかとオロオロしているうちに、中からモニカの声が響く。次いで、何かの絶叫も。

「モニカ……?」

 音が止んで、今度は一転恐ろしいまでの静寂が訪れた。

「……御心配には及びませんわ、イリス」


 モニカの返事が返ってくるまでが酷く長く感じられたが、どうやらモニカは無事のようだ。

 声が聴こえてから少しの間をおいて、モニカが中から出てくる。

「ふぅ、わたくしとした事が少々冷静さを欠いていたようです。危ない所でした」

「モニカ、大丈夫? 怪我してない!? 何かスカートがとんでもない事になってるけど」

 先程ボウガンで一部穴が開いた状態だったスカートが、スリット深くいれちゃいましたどころか途中からミニスカート仕様に変更しました、みたいに切れている。

「あぁ、大丈夫ですよ。被害はスカートだけで済みましたから」

「……中で一体何があったの?」

 中にいたのがボギーなら、恐らくモニカが危ない所だったなどとは言わないだろう。多分。


「……以前来た時はこの浴室何もなかったんですけど、一体いつの間に木が生えていたんでしょうか。人の顔みたいなのがついた木でした。その枝ですわね、さっきの。わたくしそれに捕まって引きずり込まれたようです」

「え……?」

「あ、見ない方がよろしいですわ。正直気持ち悪い顔してましたから。まぁ焼き払ったので原形あまり留めてませんけど」

 モニカの言葉がいまいち理解できずに思わず浴室の中を覗き込もうかと思ったイリスだったが、あっさりとモニカに止められる。木? 浴室に? それも人の顔がついた?


「……さっきでろでろに溶けたカエルみたいなのもいたけど、この館一体何種類モンスターがいるのさ……」

 最初に来た頃にはまさかこんなモンスターハウスみたいになるなんて予想してなかったぞ。

 使用人部屋であいつら発見しなかったらこんな事にはならなかったんだろうかと一瞬思ったが、恐らくあの時見つけていなくても遅かれ早かれこいつらは出てきていたような気がする。


「……何だか疲れてしまいました。イリス、今日の所は戻りませんか?」

「そうだね……ほとんど何もしてないのに、私も何だか疲れたよ」


 これだけ疲れて今回得たものといえば、あの豚っぽい奴の名前というか名称がボギーという事、命名したのはロイらしいという事だけである。とても割に合わない。今までも特にこれといった収穫があったかと問われれば微妙な所だが、今回は無駄足という言葉がぴったりくるだろう。

 ボギーにボウガン向けられる前までならまだ少し早いかな、と思えていたのが、何だかんだで結局日没間近になってしまった。



 ……今日は、帰ったら早く寝よう。

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