ビフォーアフターが激しすぎて戸惑いを隠せません
王国歴1005年 春 某月某日 晴れ
「それにしてもモンスターまで出るなんて……何だかとんでもない事態になりつつありますわね」
親から頼まれた用事を済ませて家に戻る途中突っ切った公園で、モニカと出会いその流れで例の館へと向かう事になったのだが。
モニカの口調は本当に大変な事になっているのかと疑問に思うくらいのんびりしたものだった。それこそ、近所で子猫が生まれましたというようなトーンだ。
本当なら一度家に戻ってランタンでも持ってくるべきかと思ったのだが、モニカがいるならその必要はないだろうという事でそのまま向かっている所である。
「本当に、じいちゃん一人で行かなくて良かったよ」
罠とかモンスターとか、もう完全に館というよりはどこぞのダンジョンだ。父あたりは喜んで足を運びそうだが、行先はダンジョンではなく本来なら人が生活する場所である家だ。
「それじゃモニカ、準備はいい?」
「いつでもいけますわ」
館の鍵をあけて扉を開ける。中が以前のままなら確実にあの豚っぽいが凶悪な面構えのモンスターがいる事だろう。
護身用に持ったままだったバールをぎゅっと握りしめる。
てっきり館の中は薄暗いままだと思っていた。しかし予想に反して扉を開けて見た館の中は燭台に蝋燭が灯され、明かりを用意しなくとも充分周囲が良く見える。
そして――
「ギィッ!?」
「あら? これがクリスが言ってたモンスターですの?」
明かりの術を発動させようとしていたが、その必要はないと判断したモニカが詠唱を中断する。小首を傾げてそのモンスターを見るモニカと、相変わらず凶悪なツラしてるなぁと思いながら何となくモンスターとモニカをイリスは交互に見やって。
カタン。
「ギッ、ギギーッ!!」
「あ、逃げた」
動いたのはモンスターが先だった。モンスターが手にしていた人間用サイズの箒がその場に残される。
「掃除してましたわね。……前に来た時よりきれいになってますけど、え、これ全部あのモンスターが? イリス、どうしましょう、見ようによってはあれ、とても可愛いかもしれません」
「目を覚ましてモニカ!! 確かに自分より大きな箒持って一生懸命床掃いてたその行為は微笑ましいかもしれないけど、あの凶悪な面構えが全てを台無しにしてるよ! あれはもう笑ったらにこっ、じゃなくてにやっっていう笑いにしかならないお顔だよ!」
顔に手を添えて「まぁ……可愛らしい」などと言ってるモニカを揺さぶりたい衝動に駆られるが、モニカも別にあれを全面的に肯定するつもりはないようだ。
「それにしても、前に来た時とは随分違いますわね。まるで違う場所にお邪魔してしまった気分です」
「確かに……最初来た時はとても人が住めるような感じじゃなかったのに、今は誰か住んでてもおかしくないくらい綺麗になってるもんね……て、あっ!!」
「どうしましたの?」
廊下の先に点在する燭台に蝋燭があって、それが灯されているから明るくなっているのはわかっていたが、ふと見回した先の天井にぶら下がっているシャンデリアを指し示す。
アレクと来た時には落下していて、いつの間にか片付けられていたあのシャンデリアだ。
「まぁ、まぁまぁまぁ、あのモンスター、修復作業までこなせてしまいますの? あんな小さな身体で!?」
「モニカ、落ち着いて。何か寝てる間に仕事してくれる小人さん並のメルヘン感じてるっぽいけど、あれ鳴き声可愛くないし見た目もそんな可愛くない世間一般で誰が見てもモンスターっていう存在だよ」
「わかってますわ。ただ、小さな身体で頑張ってるその光景は微笑ましいと思いますの」
え、何モニカって実は小さいモノ好きなの……? と聞いてみたい気がしたが、聞くだけ無駄だろう。恐らくすぐに頷かれる。
「心配しなくても大丈夫ですわよ、イリス。今の所は特に害がないようですのであえて放置しておきますけど、襲ってくるようならセイントフレアで一掃です」
「う、うん……頼りにしてるよ」
あぁ、いつものモニカだ。安心していいのかは微妙だが。
「……えぇと」
とにかく三階へ行ってみよう。そう思い階段へ向かうと、以前穴が開いていたためイリスが塞いだ部分にはマットが敷かれていた。どこから……どこから持ってきたというのか。何だこれ、新手の精神攻撃なのか。ふと首を動かしてシャンデリア付近に開いていた壁の穴があった場所を見る。木目調の壁紙が貼られていた。
「案外器用ですのねぇ……」
「どこから驚くべきなのかもうわかんないよ」
――『人喰いの館』 三階
前に見つけた鍵は二つ。恐らくこの階のどこかの部屋のものだろうとは思うが、どの部屋に該当している鍵なのか見ただけではわからない。手近な部屋から確認してみようという事で、二人が最初に向かったのは二階で言うところの物置部屋があった場所だった。がちゃりと音がして、すんなりとドアが開く。
部屋の中央にはピアノが置かれていた。
壁際にある棚には楽譜がぎっしりと詰め込まれている。
「……じいちゃんの話のロイさんはピアノ弾けるような感じしなかったし、これは最初からここにあった物……なのかな?」
「かもしれませんわね。楽譜の大半は紙がすっかり黄色くなってしまってますし。相当長い間放置されていたのでしょう。……ピアノだけは最低限、手入れはしていたみたいですが」
何の気なしにピアノへと近づいて。
埃一つかぶっていないピアノの鍵盤に指を乗せる。
ぽーん、と軽やかな音がしたが、その音にモニカが眉を寄せた。
「……調律はしていないようですわね」
あまり音楽に詳しくないイリスにはわからないが、どうやら音がずれているらしい。試しにモニカがイリスでも知っていそうな曲を簡単に弾いてみせる。単音だけでは気付けなかったが、こうして知っている曲で聴かされると確かに音がずれていた。
「随分放置してたみたいだからね。埃かぶってないだけでも凄いんじゃない?」
「真っ先にこういった物は処分されそうですのに残っているのは、単に引き取り先が見つけられなかったからでしょうか……?」
「そのピアノに何かあるかも、って事?」
「さぁ、そこまではわかりません」
ずれた音階で弾かれる曲は、知っているはずなのに全然知らない曲に聞こえた。本来ならば美しい音色を奏でるであろうそこからは、不協和音しか出てこない。
モニカが鍵盤から手を離したのと同時に。
バタンと勢いよくドアが開け放たれた。




