暇を潰せるのであればどんなネタでも、というわけではないけれど
――しん、と室内が静寂に包まれる。
話し終えたクリスがちらりと視線をそれぞれに向けると、皆一様に険しい表情をしていた。
「モンスター……ですって? クリス、その言葉に嘘はありませんの? いつものその、悪質な冗談とかではなくて?」
「嘘をつくメリットが私にあるのかい? 冗談にしてもだ。私は人をおちょくってからかって遊ぶのは大好きだが、生憎嘘をつくにしたってそこら辺は弁えているよ」
正直堂々と胸を張って言えるような言葉ではないはずなのだが、きっぱりと断言するクリスの態度でそれが真実であると悟るとモニカは露骨に溜息をついた。
「城壁の古くなって破損した箇所からモンスターが侵入した、というのとはどうやらワケが違うようですわね。
話によるとそのモンスター、確実にそこで保管されていたのでしょう? 何の目的で……」
「推測の域を出ないが、それがロイ・クラッズが持ち込んだものなのかそれともWとやらが最初から館に仕掛けていたものなのか……それによって話は違ってくるな」
「W……こうまであからさまだと逆に正体を突き止めるというのも骨が折れそうですわね」
「……ロイ・クラッズの日記から、Wというのが研究者だというのは窺える。王都に存在している研究者を調べれば何かの手がかりはあるかもしれないが……」
「名前の一文字からWってのを取っていてくれると、探す手間が多少楽になるんですけど……難しいかもしれませんわね」
レイヴンの呟きにモニカが反応する。
「まぁ研究者をあたるのは真紅騎士団の方でそれとなく調べてみるよ。モニカにもそれを頼んでいいかい?」
「えぇ、任せて下さいな」
「それから、こういう事態になった以上本来ならあの館を騎士団権限で封鎖するなりするべきなんだろうけど、下手に事態を大きくすると余計な混乱が生じかねない。騎士団で踏み込んで調べるにしろ、そうなるとイリスのじいさん宛の何かってのも下手すりゃ押収、肝心の相手の手に渡るのは数年先、なんてオチも考えられる。
まぁそれでもこっちとしては構わないんだが……イリス本人は納得してくれないだろうしな。あまりにも先の話すぎると最悪じいさんも寿命を迎えかねないし。
だからこそそれは最終手段として、しばらくは私たちでイリスの手伝いをするべきだろうと思う……って、何だいモニカ、その顔は」
目を零れんばかりに見開いて凝視するモニカは、震える手を口許へと持って僅かに後退る。椅子に腰かけた状態のため、椅子が床に擦れて不快な音を立てた。
「いえ、クリスが……何だか恐ろしくマトモな事を言っているような気がして……しかもイリス側に立っているとか……」
「あぁうん、今そういうのいいから。私も必要に応じてマトモな事は言うから。で、モニカにはもう一つ、琥珀騎士団の方に東区の見回りの回数をそれとなく増やすように頼んでおいてほしい」
「わたくしから……?」
「あぁ、白銀騎士団は団長がここにいるし、漆黒騎士団の団長もそこにいるから言う必要はないだろうけど、何だかんだで結局一番見回りの回数が多いのは琥珀騎士団だ。かと言って私の方からグレン殿に頼むのは不要な勘繰りを受けそうだからね。
……そこからフラッド殿にこの話が流れたら、あの館強制封鎖どころか取り壊されるかもしれないし、それは流石に不味いだろう?」
「……了解しましたわ。わたくしの方からグレンにそれとなく頼んでおきますわね」
「頼むよ。あとイリスには館に行くなら昼くらいに公園にまず行くように伝えておいたから、もし付き添えるようなら大聖堂手前に昼集合、って事で。さて、私の用件はこれで終了だ」
「ではわたくし、早速グレンの所に行ってきます」
言うなり席を立つモニカに続くように、レイヴンも無言で部屋を出て行った。
「……クリス」
クリスも立ち去ろうとした矢先、今の今まで一言も喋らなかったアレクが呼び止めた。
その目には何かを決意したかのような色が強く浮かんでいる。
「僕にもその術、教えて貰えませんか」
「――は?」
真剣な表情でこいつは一体何を言っているんだろうか。というかモニカはむしろ自分よりも彼に対して苦言を呈するべきではないだろうか。そんな風に思っていると、机にバンと手を叩きつけ、がたんと椅子が倒れそうな程の勢いをつけてアレクが立ち上がる。
「貴方が雨の中濡れないために使用した術ですよ。何ですか話聞いてたら最終的にはマントでイリスの事覆って濡れないようにして家まで送るとか羨まごほん」
「誤魔化しきれてないぞ。何だその雑な誤魔化し。……どのみちこの術まだ未完成だから。まぁ? それでも教えれば君なら覚えるだろうけど、しばらくは使う機会なんてないんじゃないか?」
数日続いていた雨はすっかり上がり、しばらくは雨が降る事もないだろう。それ以前にお前人の話一体どういう風に聞いていたんだと突っ込みたい。大真面目な顔してもしかしてずっとそんな事を考えていたのだろうか。
大真面目な顔して言えばどんなふざけた発言も真面目なものとして受け取られると思ったら大間違いだぞ。そう言いたいがそれは同時にお前が言うなと返されかねない諸刃の剣である。
「それはさておき、アレク、白銀騎士団の方でもあの館周辺の見回り、それとなくやっておいてくれよ。あの館に出たモンスターはそれほど強くないとはいえ、それでも万一外に出られて他に被害が出たら厄介だ」
「言われなくとも」
「それじゃあ私は調べる事もあるから戻らせてもらうよ」
全力でからかえば面白い展開になりそうだと思いつつも、同時に藪をつつく結果にもなりそうだと判断して早々にクリスは部屋を出る事にした。
「それにしても、あのアレクがねぇ……」
あからさまな好意を向けているという事に本人が気付いているかどうかはさておき、随分と面白いネタができたものだ。
しばらくは退屈しなくて済みそうだ――そんな風に考えて、かすかに笑った。




