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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
一章 祖父の知り合いの館は思った以上にヤバい場所だったようです

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名探偵ではないので推理は苦手です



「……どういう事だ……?」

「誰もいないね」


 確かに部屋の中から足音が聞こえていた。

 だがしかし、いざドアを開けてみると中には誰の姿もない。


「……ふむ、まさか幽霊でした、なんてオチでもないだろうけれど、不思議な事もあるもんだ」

 おどけた様子で言うクリスに、イリスは思わず疑問を口にする。

「幽霊って足、あるの?」

「あるんじゃないか? たまに聞くぞ。足だけの幽霊」

 言いながらも部屋の中へと入る。中は隣の使用人部屋と同じ内装だった。見た所人が隠れられそうなスペースはクローゼットの中か、ベッドの下くらいだろう。

 躊躇う事なくクリスはベッドの下を覗き込み、誰もいない事を確認すると今度はクローゼットを開け放つ。

「お、鍵発見」

 クローゼットの中は人こそいなかったものの、小さな鍵がひっそりと置かれていた。


「あとはー……流石にそこは無理だな」

 机が置いてある近くの壁に小さな穴が開いていたが、人一人通れるかと言われると確実に無理だ。小柄な者、例え幼い子供であっても通るのは難しいだろう。穴が開いている先はまだ入っていない恐らく1と記された鍵に対応している部屋だろうが、穴の向こうを覗き込んでも特に何かがいるようには見えなかった。


「で、また日記か」

 隣の部屋で見たのとまったく同じ装丁のノートが、今度は引き出しの中ではなく机の上にそのまま置かれている。

「使用人部屋と見せかけて実は家主の部屋その1とかその2とかだったりするのか……?」

「って言いつつ中見る気満々なんだね」

「これ下手したら使用人に読まれてる可能性高いんだし、今更見ても問題ないだろ」

 言われてみればそうなのだが、せめて音読は止めといた方が……とイリスは思っている。しかしクリスが音読しているのは嫌がらせでも何でもなく、単純にイリスとの情報の共有という意味での行為だろう。

 クリスが読んだ後にイリスも読むとなると、時間が単純に倍はかかってしまう。

 流石に普段から他人の日記を音読する趣味はないと思いたい。


「『久方ぶりに会った友人は、変わり果てた姿になっていた。おかしい。あいつはそんなに酒に強くないから、いつも大体一杯だけ飲んで終わらせていたのに何故。酔った勢いで川に転落……事故と思うには少々不審な部分が残る』

『例の店であいつを偲んで、という名目であいつの友人達が集まってきた。大体どいつも見知った顔ではあったが、一人知らない顔がいた。年はここに集まった連中とそう変わらないようだが、そいつは名をWと名乗る。偽名にしてももう少しマシな何かがあるだろうとは思ったが、何か理由があるのだろう』

『Wと名乗った男はどうやら何かの研究をしているそうだ。難しくて何を言っているのかあまり理解ができなかったが。ただ、あいつはこういった話が好きだったから、あいつとWが知り合った経緯は何となく理解できた』

『Wから、家を買わないかと持ち掛けられた。なんでも今まで使っていた館が手狭になったから引っ越す事にしたらしい。それにしたって館なんてものを買えるような金はないと断ったが、人が住まないと建物が傷むから住んでくれるだけでいいと、ほとんど二束三文の金額だけ指定された。今住んでいる所の家賃以下で、というのは魅力的だ』」


 そこまで読んで、イリスの方へと視線を向ける。

「……Wから譲り受けた館が、もしかしてここ……?」

「日付書いてないけど、時系列は隣の部屋の日記の後日と考えていいだろうね。という事は前の日記までは少なくともここで暮らしてはいなかった。Wという人物がそれまではここに住んでいた、と考えていいだろう」

 日記を机の上に置いて、クリスは自分の髪をくしゃりと握り締める。


「しかし厄介だな。具体的な日付はないが一応マトモに売買契約が結ばれてるらしい……とはいえ、個人間でのやり取りとなると恐らくマトモな書類なんかは残ってないだろう。前の持ち主であるWとやらの身元を洗うのも相当時間がかかりそうだ」

「この館の鍵がもう一つあるとして、そのWって人がまだ持ってる可能性が高くなってきた……って事でいいんだよね?」

「それはどうかな?」

 確認するかのように問いかけたイリスに、しかしクリスは同意しなかった。


「聞いた話だと、ここの館の持ち主……この場合はロイ・クラッズだな。その人はイリスのじいさんと同じ村の出身で友人って事だよな。となると、ロイは生きているならイリスのじいさんと年齢的にはそう変わらないと考えるべきだ。

 だが数年前にロイは死んでいる。ロイがいつ王都に来て暮らしているかはわからないが、数十年単位で昔の話だろう。で、ここに書いてる内容からWはロイとそう変わらない年のはずだ。……下手をしたらこのWだって既に死んでる可能性がある。

 まったく、日記だっていうなら日付くらい書いておいてほしいものだな」

「……あぁ、言われてみれば」


 ロイが既にこの世にいないという事はイリスもわかっていた。

 しかし、この日記に日付が書かれていない事が原因なのか、知らず日記の内容をつい最近の事のように錯覚していたようだ。最近の事かもしれないが、同時に数十年前の話である可能性も否定できない。当たり前のようにWが生きていると思っていたが、ロイと同年代ならば確かに死んでいる可能性だってある。



「さて、それじゃこっちの隣の部屋にも行ってみようか。これ以上ここにいても、必要な物も情報も得られそうにないからね」

「はーい」

 考えても何が何だかわからない。何だか今日は知恵熱が出そうだ。そんなどうでもいい確信が、イリスにはあった。

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