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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
一章 祖父の知り合いの館は思った以上にヤバい場所だったようです

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この館にいるであろう誰かさんは、恥ずかしがりやだと思うには少しばかり物騒です



 ただでさえ不気味に思えたその館は、雨の降る中で見るとまた違った意味で不気味だった。

 雨風に加えて雷まで遠くで鳴り出したため、外にいる方が危険に思えてくる。……だからといって館の中も充分危険そうな雰囲気で、到底安全そうには見えなかったが。


「ところでシ……あ、いや、今日うっかりランタンもってきてないんですけど何かこう、室内を照らす術とか使えますか?」

「お安い御用さ。ところで今何とか名前呼ばない方向性で話してなかったか? クリスでいいと言っているだろうに」

「初対面の相手にいきなりそれはどうかという、庶民なりの遠慮と気遣いです」

「初対面の相手いきなりモンスター扱いしておいて、何を今更」

「……言われてみるとそうですね。うん、わかった。それじゃクリス、明かりの事は任せた」

「君のその切り替えの早さを一部の騎士にも見習ってもらいたいものだね」

 誰、とは言わないが。


 玄関の前に立ち、鍵を取り出す。随分と古めかしい鍵のように見えて、クリスはついそれを凝視する。

「……なぁ、中に入ったらその鍵、ちょっと見せてくれないか?」

「え? あぁ、はい。構いませんけど」


 かちゃりと鍵の回る音。そしてぎぎぃと軋んだ音を立てて扉が開く。それと同時に、少し遠くで雷が落ちる音がした。嫌な方向に雰囲気だけならたっぷり満点である。


 中に入る少し前から開始しておいた詠唱によって、館に入ると同時に術が発動する。幽霊的な何かが出てもおかしくないような暗さの室内が、途端昼のような明るさへと変わった。

「うわぁ……」

 ぽかんと口を開け、イリスが周囲をぐるりと見回す。

「生憎この術も改良中でね。自分がいるフロアにしか適用されないんだ」

「充分凄いです……あ、そうだ。はい鍵。私少し離れてるね」

「ん? 離れる必要はどこにも――」

 鍵を渡した直後にクリスから距離をとるイリスに訝し気な視線を向けていたが、その理由はすぐに判明した。

 いくらレインコートを着ていたからといっても、クリスのように全く濡れていないわけではない。濡れた毛を乾かそうとする犬や猫のように身を震わせてコートにかかる水を落とす少女に、思わず笑みが零れる。

 しかし対照的にイリスの表情は曇っていた。

 笑ってしまった事に対する不満……などではないようだ。


「やっぱり、誰かいるみたい」

「根拠は?」

「前来た時よりも綺麗になってる。最初はランタンだったし全体的に明るかったわけじゃないけど、それでも床に埃とか結構積もってた。モニカと来た時はモニカの術でランタンより明るかったけど、それでもまだ多少汚れてた。

 ……でも今は、床に埃なんて積もってない。誰かが、掃除してる」

「ふむ。それが館の管理人ならいいんだけどね。はい、鍵返すよ」

 見た所こじんまりとした館だが、実は相当厄介な場所なのかもしれない――鍵を受け取るイリスにそれを正直に告げていいものかを一瞬悩んだが、やはり言うべきなのだろう。


「その鍵、何らかの魔術が使用されてるようだね。具体的にどういった系統の術が施されてるかは詳しく調べないとわからないけど、恐らくはこちらの位置を知らせるマーカーのようなものに近いかもしれない」

 術自体恐ろしく巧妙に仕掛けられているため、パッと見ただけでは普通は気付かないだろう。というか、これは術に長けた者でも気付ける者はあまり多くいないとクリスは思っている。

 クリス自身、気付けたのはほとんど運だった。


 館の、というか民家の鍵もそうだが、そもそも複製するためにはそれなりの手続きが必要になる。

 家の鍵なら家族分の申請。別荘などの建物ならば持ち主と管理人。それ以上鍵を用意するのであれば、それこそどうして必要なのかなどの理由を書いて更には色々な必要項目を記した書類を提出しなければならない。

 大変面倒ではあるが、不備があった場合当然鍵の複製許可はおりない。


 非合法で鍵の複製をする所もあるようだが……まぁ庶民には色々と面倒かつ先立つものも必要になってくるため、正直なところ面倒であってもちゃんと申請して複製許可をとるのが一番手っ取り早いと言える。


 この鍵が合法非合法どちらで作成されたものかという事まではわからないが、無駄な金をかけて作られたという事だけは確かなようだ。


「……特に雨漏りしてる気配もないしもう帰りませんか?」

「今来たばかりだろう!? それに一階が雨漏りしてなくても三階とか、酷い場合は二階だってしてる可能性があるじゃないか。心へし折れるの早すぎると思うんだが流石にそれは」

「すいませーん、どなたかいらっしゃいませんかー。ここの館の持ち主のロイ・クラッズさんからうちのおじいちゃん宛てに何かあるみたいな話聞いてきたんですけど、いるんだったら速やかに渡してくれると助かりますー」


 クリスの事を無視するかのように、イリスが声を上げる。

 館の奥に吸い込まれるようにして消える声。特にどこかに反響するという事もなく、静寂が訪れた。


「……今は誰もいないのかな……?」

「或いはいても出てくるつもりがない。もしくは、出られない事情がある。考えられるのはこの辺だね」

「やっぱり行くしかないのか……」

「その為に来たんだろ。心配しなくても私がいるんだ。身の安全くらいは保障しておくよ」

「いくら相手が騎士でも初対面同然の相手に命預けるのはどうかなって思うんだ」

「ほぅ……?」

 本当にこの娘、さりげなく失礼である。


 まずは雨漏りの可能性が一番高いであろう三階へ行ってみる事にした。

 外からは相変わらずざあざあと雨の音が聞こえてきているが、どうやら館の中――少なくとも廊下は雨漏りの被害に遭ってはいないようだった。

「部屋の中は?」

「どこも鍵がかかってる。最終手段はコレだけど、実行する?」

 そう言って手にしていたバールを軽く掲げてみせる。最終手段を真っ先に試した時点でそれはもう最終手段ですらないと思うのだが、恐らくそこは気にするべき部分ではないのだろう。

「いや、二階も見てこようか。場合によっては壁伝いに、って事もあるからね。そこ確認してからどうするか決めるとしよう」


 そうして二階に下りてきたが、この階も特に雨漏りなどしている様子はなかった。

「この階は部屋に普通に入れるのかな?」

「罠が仕掛けられたりしてる部屋がありましたけど……あ、そういえばあと三部屋入ってない所があります」

 洋服が保管されていた隣三部屋は、結局ここに誰かいるかもしれないという可能性やら何やらで結局見てすらいない。


「ふむ、鍵がかかっているね」

 警戒しているようにも見えず、極普通にドアノブを掴んで回すクリスに、イリスはそっと以前来た時物置部屋で見つけた鍵を差し出した。ちなみに埃でべたべたになっていたそれは、家に持ち帰って綺麗に洗って拭いておいたので今は少々古ぼけただけの鍵だ。


「……おや、よく見ると鍵に番号が振ってあるね。……この部屋が該当する鍵は3か」

「それじゃあ隣が2で一番奥が1って事でしょうね」

「何なら1から順に入ってみるかい?」

「もうここ開けちゃったんだから、ここからでいいじゃないですか」

 恐らくどこから入っても大して変わらないだろう。何事も無ければの話だが。


 ――そうして足を踏み入れたその部屋は、酷く簡素な部屋だった。

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