お互いの第一印象はこいつに遠慮や手加減は無用、でした
まぁ昨日の事だから、済んだ話だし気を楽にして聞いてほしい。
そうクリスは前置いて話し出した。
王国歴1005年 春 某月某日 大雨
朝、どころか数日前から続く雨のせいで、外を歩く者は殆どいないといってもいい。どうしても外に出る必要がある者のほとんどは傘を差し、足早に通り過ぎていく。
その中を最近開発したばかりの術の効果を試したくて、クリスは一人王都をぶらついていた。
「おや……?」
傘のせいで視界の大半が塞がれ、見るのは精々足元くらいな住民はクリスが傘を差していない事にも気づいていないのだろう。奇異な目を向けられる事もなく、向けられたとしても気にするつもりもないクリスではあったが、大聖堂手前まで来たあたりで目にしたもののせいで足を止める事となった。
この雨の中、傘も差さずに佇む少女。
傘がない、とはいえレインコートを着ているようなのでそこは問題ないのだろう。
そう、それだけならクリスだって別に何も気にする事はなかった。
彼女の手にバールさえ握られていなければ。
ちょ……おいおいおい、一体そんなの持ってどうするつもりだよ!?
つかつかと歩み寄ってそう問い質したい衝動に駆られるも、何とか堪える。まだ何も犯罪を犯していないであろう住民にいきなりその態度は不味い。しかし放置して何か起こるのも問題だ。
ぐるりと周囲を見回してみるも、丁度見回りの時間外なのか周辺に自分以外の騎士の姿は見当たらない。
やむなく彼はその少女の方へと近づく事にしたのである。
お互い最初はさぞおかしなものを見るような目を向けていた事だろう。
何せ片方はこの大雨の中傘も差さずにいる男。
片方は雨の中バール片手に突っ立っている少女である。
「……お兄さんは新手のモンスターか何かなの?」
更に言うとこれが少女の自分に向けての第一声である。何て失礼な。
「んなわけあるか。れっきとしたこの国の騎士だ。そっちこそこんな雨の中何してんだ。景色見てるだけならともかくその手の物が全てを台無しにしてるからな」
「何でこの雨の中濡れてないの?」
こちらの質問に答える事はせずに、更に質問をかぶせてくる。
「最近開発した術の効果を試してるんだよ。最も制御が面倒だから一般的に誰でも使えるようになるにはもう少し改良が必要だろうけどな。で? そっちは一体何してるんだ?」
これでも貴族の生まれであるし、騎士だ。守るべき国の民に対してもう少し柔らかい態度を取るべきなのかもしれないが、自分の中の何かが告げる。こいつに下手な遠慮は無用だと。そもそも初っ端からモンスター扱いしてくる相手に遠慮も何もあったものではないが。
「考えてた。これからどうしようって」
「……悪い事は言わないぞ。犯罪なら止めておけ。その手のバールはそんな事に使うための物じゃない」
モンスター扱いされたからその仕返しというわけでもないが、こちらもナチュラルに犯罪者扱いしているようなものなのにこの少女は特にそれについては気にした様子もなかった。
それどころかきょとんとした顔で見上げてくる。
「このバールはじいちゃんが護身用に使えって言ったものだから、そういう風に使う気はないよ」
「お前のじいちゃんどんだけ物騒思考なんだよ!?」
何だ最近の市民の思想は一体どうなっているというんだ。思わずそこを突き詰めたくなる。
「孫にちょっと過保護なだけだよ。母さんならナイフ渡してくるだろうし、父さんなら爆薬渡してくるよ多分」
「よしわかった。ちょっとそっちで話聞こうか。先言っとくぞ、私はクリストファー・フォンラート・シモンズ。真紅騎士団団長だ。ちょっとでもおかしな真似したら容赦はしない」
先に名乗っておけば多少の牽制になるだろうと思っての事だったが、騎士団長の肩書きにも特に少女は何の反応も示さなかった。確かに国民からしたら真紅騎士団とかそれ程関わらないだろうから、ピンときてないだけかもしれないが、そこまで無反応というのもどうなんだろう。
街の見回りやら周辺のモンスター討伐などで市民に名が知られているのは白銀と琥珀だ。それらのサポートに回る瑠璃や真紅は知名度が低いといえば低いのかもしれない。ただでさえ真紅は普段から城の方の研究所で術の研究してる事の方が多いくらいだし。
そう内心で納得していたのだが。
「あぁ、もう少し真面目にやってくれればいいのに普段から言動ちゃらちゃらしてるから肝心な所で信用しきれないって言われてる、あの」
「ぐっ!?」
真紅騎士団の存在感が薄いだけっていう理由の方がまだマシだった……!!
予想外のダメージに心が痛い。
というか誰だそんな事言ってるの。
「モニカがよくそう零してたよ」
考えを読んだかのようなタイミングで追加された情報に、あぁうん彼女は確かに普段からそんな事言ってた、と納得する。自分にも以前そう言っていたのでこれは陰口にもならないだろう。素直に陰口の方がマシだったかもしれない。
「モニカと知り合いなのか?」
「うん。よく話したりはするよ」
「……って事はお前、イリス・エルティートか」
こくりとイリスが頷く。
そうか……こいつがモニカが良く言ってる……そうか。
クリスの眼差しが大変生温いものになっていたが、イリスがそれに果たして気付いたかどうか。
「――で? 考えてたってのは何の事だ?」
「じいちゃんの代わりに行ってる館の事。雨凄いからもしかしたら雨漏りしてるかもしれない。でもそこ誰か住んでるかもしれなくて、だから雨漏りは大丈夫かもしれない。大丈夫じゃなかったら、後々片付けとか面倒だろうな、って」
「誰か? 館の管理人とかじゃなくてか?」
「それがわからない。前にモニカと行った時も誰かいたっぽいけど、結局姿は見てないから」
ぽつぽつとイリスが今まで館に行った時の事を話す。
イリスの事はモニカの口から何度か聞いた覚えはある。とはいえ、直接というよりはたまたまその場に居合わせて聞こえてきたという程度だが。
しかしイリスの口からアレクとレイヴンの名まで出てきて、クリスは一瞬何かの間違いじゃないだろうかとさえ思って確認してみたが、どうやら事実のようだ。
あの、あの生真面目すぎるお坊ちゃんと、下手をしたら休みの日にまで仕事しようとしてる仕事馬鹿まで関わっているだなんて。何て面白そうな事だろう!
真実がどうであれ『帰らずの館』『人喰いの館』などと呼ばれている館に、何者かが仕掛けたであろう悪戯では済まされないような罠。そしているかもしれない誰か。確かに一人で行くのは危険だろう。
護身用とやらのバールが随分と頼りなく思えてくる。
物騒極まりないと思える両親のナイフやら爆薬やらが可愛らしくも思えてくる。
行くかどうかと考えているというよりは、行きたいけど他の誰かを巻き込む事に躊躇しているようにも見えた。
「ふむ、それならば、私が行こうじゃないか。そんな面白そうな展開、見過ごすわけにはいかないからね」
「シモンズ様、せめてもうちょっと本音を建前に隠した方がいいんじゃないでしょうか。というか貴族ですよね、そんな露骨に本音で喋って大丈夫なんですか?」
「クリスでいいよ。迷わず一番文字数少ない呼び方を選択する君には様をつけなくていい権利も与えよう。あと本音で喋る事に関しては問題ないと思った部分だけだから何も問題はない」
茶目っ気たっぷりにウインクなんぞを飛ばしてみたが、イリスは特に何の反応も――いや、僅かばかり眉間に皺を寄せていた。
「…………モニカが肝心な時に信用できないって言ってた意味がわかった気がします」
「ははは、今更とってつけたかのような敬語もいらないよ。いいじゃないか、そっちは一人じゃなくなる。こっちは面白そう。お互いの利害が少なくとも一致してるんだから」
「……雨漏りしてるかどうかの確認に行くだけだから、楽しい事はきっと何もありませんよ」
「まぁ、何もなくても話のネタにはなるだろうさ。さぁ、行こうか」
イリスが浮かべている表情からは、ありありと「えぇ、ホントについてくるんですか……?」というのがいっそ露骨なまでに出ていたが。
その程度でクリスが怯むはずもなく。
かくして、二人は大雨の中、館へと向かう事になったのである。




