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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
三章 黒幕の館に強制的にご案内されました

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こんな状況だというのに愉快犯が無茶振りしてくる



「怪我はないかね、お嬢さん」

「え、あ、はい」

 糸が切れた人形のようなぎこちない動きで首を動かし頷くと、彼――黄金騎士団団長でもあるフラッドはそうか、と口許に僅かに笑みを浮かべた。


 その場にいた誰もが、何故彼がここに、という疑問を抱いていただろう。

 現にアレクの治療に専念していたモニカですら、驚きすぎて危うく発動させていた術を解除しそうになった。

 Wがもしかしたらかなり上の立場の人間と繋がりがあるかもしれない、そう懸念していたクリスの発言をふと思い出す。

 実際Wが今目の前にいる二人であるなら、ウォルターの方はともかくウィリアムは城で働いている人間だ。城内を――それこそ限られている場所もあるが――自由に行き来するのは容易い。繋がり、という点で考えると確かに誰がいてもおかしくはない。

 イリスが攫われる直前、最後に会った人物はフラッドだった。だからこそWがフラッドと繋がってる説も出てきたのだが……

 ウィリアムの様子を見る限り、どうやらその可能性は絶たれたようだ。


 とはいえ、本来城の中で王族の警護を担当しているはずのフラッドが何故こんな場所にいるのか。それに関しては解決してすらいない。本当に、どうしてこんな場所に。



「えぇと、その、どうしてここに?」


 周囲の困惑する空気を感じ取ってか、気まずそうにイリスが問いかける。自分がその質問をしていいのか迷っている節さえ感じ取れた。無理もない。彼がイリスに向ける眼差しはまだ穏やかな方ではあるが、無駄に溢れ出る威厳とか、金色の獅子とかいう二つ名がついていたりするような風貌とか、本来ならばイリス自身とは関わる事もないような立場の相手だとか、そういった全ての事象がイリスを躊躇わせている要因にしかなりえないのだ――という事を、冷静に指摘できる者はこの場には存在しなかった。


「そんな事よりも……それは一体何だ?」

 ずしりとした重量感漂う剣を両手で構えなおし、フラッドが問いかける。それ、というのは言うまでもなくウォルターの事だろう。レイヴンに襲い掛かっていたウォルターが、動きを止めフラッドへと向き直る。

「この邸の主ウォルター・エル・クライン……らしいですよ」

「ウォルター……? そうか、そういう事か」

 クリスが答えると、何か思い当たる事があったのかフラッドは眉根を寄せて呟いた。

 ウィリアムの声に反応してか、ウォルターがフラッドへと襲い掛かる。剣を盾がわりにしながら振り下ろされた拳を受け止めたフラッドが、むぅ、と小さく唸る。


「クリス、レイヴン、こちらは私が引き受けた。彼には確認しなければならない事がある。決して逃がすな!!」

「……言われなくとも」

「最初からそのつもりですって」

 あまりの迫力に思わず身を竦ませたイリスとは違い、レイヴンとクリスは慣れているのか平然としたままだ。

 ウィリアムに至っては「おぉ、怖」などと軽口を叩いている。先程までと違い今度はクリスだけではなくレイヴンも相手にしなければならないというのに、余裕は失われてはいないようだ。


 両者の攻防を眺めるにしろ、再び何かの拍子にウィリアムがナイフを投擲してこないとも限らない。さっきはフラッドが助けてくれたが、今度もまた誰かが助けてくれるとは言い切れないのだ。周囲を見回して、自分一人だけやや孤立した位置にいるな……と今更のように理解したイリスは、一先ずモニカの方へ移動する事にした。



「モニカ、アレク様の様子は……?」

「……大体は治した、と言えます。けど、意識が戻らないのです」

 実は既に手遅れでした、などという答えではない事に安堵する。

「全く……早いとこ起きていただきたいものですわ。いくらフラッド様がいるとはいえ、こちらが不利な状況である事に変わりはありませんもの」

「いやあの、流石にあんなの喰らったらさ、死ななかっただけでも凄いと思うしかないような気がするんだけど」

 相も変わらずアレクに対しては辛辣なモニカに、ほんのりと擁護してみるが恐らく通じてはいないだろう。


「……イリス、いざとなったら蹴飛ばして構いませんから、アレクの事頼んでもよろしいかしら?」

「蹴っ飛ばすとかまた物騒な、ていうかトドメ刺す事になるよねそれ。……って、モニカは?」

「わたくし、今のでほぼ魔力を消耗したので、あとできる事と言えばウィリアムにちまちま攻撃仕掛けてクリスやレイヴンの援護をするくらいですもの。多数で、っていうのに少々卑怯な気がしますけれど、そういう事を言っている場合でもありませんし」


 アレクの近くに落ちていたままの、モニカが貸していたダガーを手に取り立ち上がる。


「もし誰かの攻撃がこちらに及ぶようであるなら、アレクを抱えて、なんて無茶はせず蹴飛ばして転がすなりいっそ見捨てても構いません。まずはイリス、自分の身の安全を第一に考えて下さいまし」

「え、ちょっと……!?」

 思わず引き止めようとしたが、引き止めた所でどうするべきなのかと一瞬考えて言葉に詰まる。その間にモニカは行ってしまった。



「どうしろと……」

 モニカを引き止めようとして伸ばしていた手を、ゆっくりと下ろす。見ると、フラッドとウォルターはどうやら互角の戦いを繰り広げているようだし、クリスとレイヴン、挙句モニカまでもが参戦したにも関わらずウィリアムの方は尚も余裕が見て取れる。


 ……騎士団長三人がかりだというのにそれをものともしていないウィリアムに、底知れない恐怖を感じる。見た目からしてただの研究員ですと言わんばかりの外見から、例え戦えたとしても精々護身程度だと思っていたからこそ、余計に。


 もしかしてウィリアムさん、アレク様と同じくらい強いんじゃなかろうか……などとそこはかとなく恐ろしい事を考えながらイリスはその光景をじっと見ていた。

 先程のようにこちらに攻撃を仕掛けてくる素振りはない。もっとも今相手にしているのが三人いるからこちらにまで手が回らないだけかもしれないが。

 しかしうっかり余所見をした拍子に……という事も有り得るので視線を逸らす事だけはしなかった。


 そうして見ていると、最初はウォルターとフラッド、モニカたちとウィリアム、とある意味はっきり分かれた状態で戦っていたはずなのが、徐々に混戦めいたものになってきている事に気付く。

 ――いや、あえてウィリアムがそう仕向けているというべきか。三人の攻撃を捌きつつ不自然にならない程度に徐々に移動しているように見えた。


 少し離れて見ていたイリスですら、何となくそんな気がするような……? と思う程度の動きだ。もっとあからさまな動きであるなら気を付けて、と声をかける事もできたかもしれない。しかし気付いた時には既に遅く、ウォルターが薙ぎ払うように振った腕がクリスに当たる。

 咄嗟に後ろへ跳んで直撃は免れたようだが、かすっただけでもかなりの威力があったらしい。そのまま後ろの方へと吹っ飛んで、何とか着地したものの靴底が床と擦れ合い音を立て、ようやく止まる。


「……大丈夫?」

「なんとか。直撃はしてないからね。……とはいえ、それでも何度も喰らいたくはないかな」

 止まった場所がイリスの近くだったため、思わず声をかけた。先程ウィリアムの蹴りも喰らっているため威力が低めとはいえ同じ場所に何度も攻撃を受けるのは確かに危険だと言える。


「……アレクの様子は?」

「まだ。意識が戻らないってモニカが」

「怪我は治ってるんだろ? だったらとっとと起きてほしいんだけど……まぁこればっかりは無茶言えないか」

 未だ眠ったままのアレクを一瞥して、クリスは小さく溜息を吐いた。

「こっちももう少しなんだけど……今の状況じゃかなり厳しいかな……」

「え?」

「あぁ、こっちの話。アレクなんだけど、案外イリスが呼びかけたらあっさり起きたりするんじゃないの? 試してみた?」

「してない……」

「そうか、じゃあ試してみようか」


 そう言うクリスの表情からは、すぐさま実行してみようか、と言わんばかりのプレッシャーがあった。

 口許が引きつるのを感じつつも、イリスはアレクに呼びかける。

「アレク様、アレク様起きてくださーい」

「うん、駄目」

「えっ!?」

 あまりにもいい笑顔でダメ出しされた。どうしろと。先程思わず口にしていた言葉ではあるが、今回は言葉にできなかった。


「もっとこう、即座にアレクが飛び起きるような強烈な言葉とか無いの?」

「そんな無茶な」

「無茶じゃないと思うけど。探せばきっとあるはずだ。これは願望じゃない、確信だ」

 きっぱりと断言されて、イリスは思わず眉根を寄せた。本当にそんな魔法のような言葉があるのだろうか……?

「今までのアレクの言動思い返せば効果的な言葉がきっと出てくるはずなんだ。だからこそ、アレクの事はイリスに任せる」

「……って言われても」

「正直、こっちもこのままの状況が続くとかなり不利だと思うんだよね。フラッド殿が来てくれたとはいえ、ウィリアムがあんな強いとか予想外にも程があるくらいだよ」

 多少痛むのか脇腹をさすりつつ、クリスはこれ以上ここで話をするつもりはないらしい。レイピアをしっかりと持ち直し、

「私が言う言葉をそのままアレクに言ってもいいけど、その場合最悪の事態が起こりそうだからね。やめておくよ。

 なるべくこっちに被害がこない程度に、それでいてアレクが全力を出せるような言葉を頼む」

 それだけを言い残し、ウィリアムたちの方へと向かっていく。


「……とんでもない無茶振りされた」

 本当に、どうしろと。

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