おじいちゃんから貰ったものは、護身用にもなるバールでした
王国歴1005年 春 某月某日 曇り
どんよりとした空模様の中、イリスは祖父の家を訪ねていた。
モニカと館へ行った日から、時間はそう経っていない。誰かがあの館にいる、という考えは恐らく間違ってはいないだろう。では一体誰が。
あの館の所有者はロイ・クラッズ。祖父の友人だ。しかしロイは数年前に死んだと祖父は確かに言っていた。
だからこそ所有者以外の人物があの館にいるはずなのだ。
可能性としては、ロイの家族だろうか。家族ならばいっしょに暮していても何らおかしくはない。次に、ロイの友人に該当する人物。
「……もしくは、若い女……ふむ、財産目当てとかそんなんならありそうだ。……財産があるかどうかは別として」
「イリス……唐突にどうした? 財産目当てとかまさかお前」
「ふぉお!? いや違うからね、じーちゃん。今のは単なる憶測の域を出ないからね!?」
危うく自分が財産目当てでどこかのオヤジを騙しているかのような誤解を受ける所だった。祖父はしばらく怪訝そうな顔をしながらもイリスをじっと見つめていたが、やがて何事もなかったかのように椅子に腰をおろす。
「昨日隣の家から貰ったものだが、ワシは食わん。イリス、お前が食べろ」
言いつつ、皿にこんもりと盛られた焼き菓子を押し付ける。
「じいちゃん甘い物嫌いなくせに何でこんな沢山貰ってるの。お隣さんのお菓子美味しいから私は構わないけどさ」
遠慮なく皿から鷲掴み、口に運ぶ。単純に孫の喜ぶ顔が見たいから貰っているのだという事に、イリスが気付く事はなさそうだ。
「んで、イリス。今日は一体何の用だ。まだあの館で目当ての物は見つかってはいないようだが」
「あー……あぁ、うん。見つかってない、っていうか捜査は難航してる。本当にそんなのがあるかどうかも疑わしくなってきたよ。最後までちゃんと探してはみるけど」
「ふむ、まぁ古い館らしいからのぅ。イリス一人じゃ大変じゃろ。やはりワシも行くとしようか?」
「いいよいいよ、ホント老朽化進んでるし埃っぽいしでじいちゃん行ったら色んな意味で大変だからいいよ。廊下とか下手したら穴開きそうだもんっていうか、開いてるもん。これ以上負担かかるような事しちゃダメだよじいちゃんに何かあったら母さんじゃなくて父さんが泣くよ!?」
考えるどころかほとんど反射的に口を開いていた。
そこまで勢いよくお断りされると思っていなかったのか、ジョージの表情はぽかんとしている。
それを見て、イリスはあちゃーと内心で思いつつも、苦笑を浮かべた。
「それに……一応ね、友達が付き添ってくれてるんだ。だから大丈夫。時間はかかるかもしれないけど、ちゃんと全部の部屋確認して探してくるよ」
「元はワシに宛てられたものなんだがのぅ……まぁ、そこまで言うなら任せるとしようか」
「任せてよ。でさ、ちょっと聞いていいかなじいちゃん。ロイ・クラッズって一体どんな人だったの?」
「そんな事聞いてどうする?」
「あー、いや、うん、大した事じゃないんだけどさ。あの館古いし壁に穴開いてたから他の誰かの悪戯かもしれないんだけど、ちょっと変なもの見つけちゃって。一応聞いておこうかな、って」
嘘ではないがある意味方便もいいところな事を言ってみる。ジョージは特にそこは疑問に思わなかったようだ。
「そうさの……ロイとワシが同じ村の出身だというのは前に言ったな。その頃のロイは常に人の中心にいるような奴じゃった。村の連中は皆、ロイの事を信頼しておった。ロイが村を出る事になった時、村の女連中はまるで葬式でもやるのかと思うくらいに沈んでおったな……」
「成程イケメンってやつか。ん、その頃の……って?」
「ワシもロイも村を出て数十年は会わなかったからのぅ。しかし王都で再会したロイは、すっかり変わってしまっておったよ。何があったかは知らん」
淡々と語るジョージだが、それ以上を語るつもりはないようだ。語る事がないだけかもしれない。出来ればもう少し詳しく聞きたいが、当時村にいた時の事であっても祖父は上手い事はぐらかすような気がした。
祖父がかつて生まれ育った村から出て、しばらくは会っていなかったという部分からもしかしたら実はそんなに親しい仲でもなかったのかもしれない。そういう風にも受け取れる。
だがしかし、仲が良くなかったのなら、祖父に何かを託すような事をするだろうか?
……謎は結局謎のままだ。
「そうじゃイリス。結局あの工具、役に立っておるのか?」
「え? あぁうん。床とか壁の穴塞いだりするのに使ったよ。でもそろそろ使わないかも。あとは埃とかそういうのざっと掃除したりする方向になりそうだから。……鍵がかかってて開かないドアをこじ開けたりはするかもしれない」
「ふむ、そうか……」
「今度来る時には返すよ、工具箱」
「いやいい。あれはイリス、お前にやろう。好きに使え。
……そうじゃ、少し待て」
そろそろ帰ろうと思ったのだが、それを見透かしたかのように待ったをかけられ、僅かに浮かした腰を再び下ろす。何となく居心地の悪さを感じて椅子の上で位置を微調整してみるも、位置が問題というよりは気持ちの問題だろう。
「こいつを持って行け。万一ドアをこじあけるならこっちの方が使えるはずだ」
ごとん、と重々しい音を立ててテーブルの上に置かれたのはバールだった。
「いざという時の護身用にも役立つはずじゃ」
「う、うわー、ありがとーじーちゃん」
親指おっ立てて言う祖父のその表情に、お前実は本当に何か知ってんじゃねぇの? と突っ込みたくなったのは仕方のないことだろう。突っ込むかわりに口にした礼は、恐ろしいまでに棒読みだった。
「それじゃあそろそろ帰るよじいちゃん。次来る時はもうちょっと何か進展があると思う」
「あぁ、気を付けろよ。それから、しばらく雨が続きそうだから足元には注意する事だ」
祖父の天気予報は恐ろしくよく当たる。今すぐというわけでもないが、確かに今の空模様からしてこれから雨が降りそうだし、降ったら降ったで数日は続くのだろう。
……雨漏りとか大丈夫だろうか、あの館。
いるかもしれない誰かがどうにかしているならいいが、そうじゃなければとんでもない事になりそうだ。




