やっぱりすんなりと事は進まないようです
あれだけ調べて何の手掛かりも得られなかったW、その先代の方の正体がはっきりした今、何故気付かなかったのかと今更のように思う。現にクリスはほとんどそのまんまじゃないか……などと愚痴めいた呟きを零している。
だがしかしそれでも気付く事ができなかったのは、ウォルターが研究まがいの事を少なくともこの邸ではやっていなかったからだろう。本当に極秘裏に動き、周囲の人間に一切の違和感を覚えさせる事もなく。
ウォルターにしろ今のWにしろ、レイヴンの言う通り一枚も二枚も上手であるという事は確かだろう。
……もっとも、今のウォルターにちゃんとした知性があるのかは疑問だが。
「……これは一つの提案だけど。一旦こっちの裏口へ行ってみないか?」
はぁ、と深い溜息などを吐きつつも言ったクリスに、「なんで?」とイリスが即座に返す。
「アレク達が侵入した本館の方は無理でも、こっちの裏口は特に鍵もかかってなかったし単純に脱出するならこっちから行った方が近いから、っていうのもあるけど……念の為確認しておきたいってのも本音かな」
イリスが確認した時は鍵がかかっているものだとばかり思っていた裏口だが、それは向こう側で鎖が巻かれて開けられなかっただけなのだから、今なら確かに裏口からでも脱出は可能だ。
特に否定する意見もなく、一先ず全員で一階へと向かう。
邸の中を徘徊しているであろうウォルターをそのままにしておくのか、とか多少なりとも問題はいくつかあったが、今回の目的はあくまでもイリスの捜索だ。それにこの邸には先代の他にも既に倒してしまったが先程大量に蠢いていた虫や、ボギーなどといったモンスターもいる。ここに拉致されてきたイリスの証言と合わせて、後日この邸に強制捜査を行う事だってできる。Wに先に手を回されて証拠の隠滅、もしくはこの邸に踏み込めなくなる可能性もあるにはあるが、それでも一度救出した以上即座にまたイリスが狙われるという事はないだろう。
「……開かないよ?」
最初にイリスが開けようとしていたドアは開いていた。しかしその先――クリスが魔力を封印される事になった部屋の、外へと通じる扉は押しても引いてもびくともしなかった。再び罠が発動してしまう可能性を考えて、全く魔術の使えないイリスと既に魔術が使えない状態でもあるクリスが共に扉の前に立ったのだが、ほんの少しでさえ扉は開く事はなかった。
「……やっぱりか」
「やっぱり、って……」
「皆の所に戻ろうか」
罠が再び発動する可能性がある以上、全員であの部屋に入るのは不味いだろうという事で三人は部屋の手前で二人の様子を窺っていた。扉が何事もなく開くようなら合図を送ってそこから出るつもりだったのだが、戻ってくる二人の姿を見て表情にこそ出さないが僅かに驚く。
「まさか、鍵が……?」
モニカが恐る恐る尋ねる。
「力尽くで開けようにも無理じゃないかな。あれは向こう側からまた鎖で巻き直したというより……私が引っ掛かった魔封じの罠に連動してロックがかかった、といった感じだったからね。
つまりは、ここから外に出るにはどうあっても本館正面玄関へ行かなきゃいけなくなったというわけだ」
扉が開かなかった事に対して僅かな驚きを見せていた三人とは違い、クリスの方は淡々としていた。この状況を既に予想していたのだろう。先程言っていた念の為確認しておきたい、というのはつまりそういう事かと今更のように理解する。
「……えぇと、それじゃあこれから本館にまた行くんだよね? それなら、私も一つ確認しておきたい事があるんだけど」
――本館へ戻ると、今まで薄暗かったのが嘘のように明るかった。
イリスがここに連れてこられて今の今まで一度も明かりなどついた事などなかった本館だったが、今ではそれが嘘のように明るい。一瞬何があったのかわからずに思わず足を止めたものの、立ち止まってのんびりしている場合ではないと思い直し足を進める。
大分魔力を消耗したとはいえ、それでも明かりがないと不便だろうとモニカが発動させた術はこの分だと意味を成さない。本人もそう判断したのか早々に頭上で煌々と輝いていた光球を消した。
階段を下りて三階へ。
今の所先代――ウォルターの姿は見当たらない。恐らく、というか高確率で二階あたりにでもいるのだろう。そう思いながらも進んだ先は、先程イリスがボギーと別れた場所だった。
「…………」
暗かった時には恐らくなかったであろうそれを見て、あぁやっぱり、とか嘘つき、とか言いたい事はあった。けれどもそれを口にした所で言うべき相手は既にいない。
他の四人も何となく察したのだろう。その壁に広がっている鮮やかな赤を目にして、モニカだけが僅かに顔を顰めていた。
何とはなしに周囲を見回してみたが、ボギーの姿は見当たらない。……というか既に原形など留めていないだろう。探せば肉片くらいは見つかるかもしれないが、それを掻き集めたからとて蘇るわけもない。弔うにしても、いくらなんでも王都の中、人目につくような場所に堂々とモンスターの墓など作れるわけもない。
一応助けてもらった身だ。だからこそ無事でいてほしいとは思った。別れたあの時に薄々それが無理なんじゃないか、とも思っていた。あの時、無理矢理にでも一緒に逃げていれば、助かったのだろうか……?
「イリス、あの、わたくしが言えた義理ではないかもしれませんが、そろそろ行きませんか?」
「……うん。うん、そうだね」
いつまでもここで感傷に浸っている場合ではない。
嘆くのも後悔するのも、全部ここを出てからだ。
そうして、二階。
今までならすぐさま遭遇していたウォルターの姿はない。
こちらの人数が増えているから警戒しているのだろうか? そう思いながらも、なるべく用心しながら進む。
「階段が見えるけど……」
「あぁ、そっちは裏口にしか繋がっていない」
クリスが言いかけた言葉を遮るようにレイヴンがこたえた。
「変な造りだね、この邸」
「それは俺もそう思った」
口に出してこそいないが、それはこの場にいる全員が思った事なのだろう。
イリスもボギーに忠告されていなければ、あの階段を下りてウォルターにあっさり追い詰められていたはずだ。三階でボギーと別れた場所を確認したかったイリスが率先して先を歩いていたが、二階はあまり詳しいとは言えずほぼ全ての部屋を見て回ったと言っていたレイヴンが代わりに先導する。
彼らもここに来た時はまだ暗い状態だったが、それでも大体は覚えているらしく先を進むレイヴンの足取りに迷いはない。
「ところでそこらの壁にうっすらとだけど焦げたような跡が見えるんだけど」
「あぁ、それは恐らく僕ですね。クリスやモニカのように室内を照らすためだけの術なんて使えませんから、適当に虫蹴散らすついでにファイアーボールそこらに発動させてましたから」
明かり代わりにもなりますし、などと言ってのけるアレクに壁の焦げ跡を指摘したクリスはあぁうんそうだねーと誰が聞いてもわかるような棒読みで相づちを打った。
魔導器の恩恵を受けているからいいようなものの、そうでなければ今頃は邸が炎上して大惨事になっていた事だろう。勿論アレクとてそれくらいは理解しているだろうが、魔導器が強化・補強しているのはあくまでも城の方でここいら一帯の建物はそのついででしかない。つまり、完全ではない。並大抵の事で壊れたりはしないだろう……もっとも、この邸に専用の魔導器でも置かれているのであれば話は違ってくるが。
進んでいくうちに、通路というよりは小さめのホールとでも呼べるような場所へ出た。アレクとレイヴンは既にここを通った場所という事で特に何の反応もしなかったが、初めて見るイリスは思わずぐるりと視線を周囲へと巡らせて。
イリス自身はあまりどこかのお屋敷にお邪魔するような事がないため多少おかしな造りであってももしかしたらこれが普通なのかもしれない、と思うようにしていた部分もあったが、やはりおかしな造りだなと思っていた。
人がよく訪れるような邸であれば利便性より見た目重視で造られる事もあるかもしれない。けれどこの邸は特にそういった感じでもないように思えるために、余計にその違和感が際立ってくる。
今いる場所は小さめのホールと言っていいかもしれない。ついでに一階から二階に吹き抜けのような構造になっているため、ここから下の階――つまり一階が見える。ここから見える下の階も、二階同様に広めに場所がとられているようで部屋のドアらしきものは見当たらない。唯一見える大きめの扉はどうやらイリスたちが目指す正面玄関の扉であるらしかった。万が一追いかけられた状態でここへ辿り着いていたならば、もしかしたら勢いで飛び降りて一階へ行こうとしたかもしれない。
……もっとも、暗い中であったならばやらかしたかもしれないが、明るくなった今、こうして冷静に見ると一階と二階の距離はかなりあるらしく、無茶をして飛び降りた場合確実に怪我をしていただろう。怪我、で済めばいいが……打ち所が悪ければ自力で立ち上がり逃げ出す事が困難な程度に重傷を負うかもしれない。
一階へ向けていた視線を戻す。少し離れた場所に一階へと続く階段が見えた。
ここから無事に出るためには、あの階段を使わなければならない。とはいうものの、ゴールは目前だった。
先頭を歩いていたレイヴンが足を止める。隣を歩いていたモニカがイリスを庇うように前へ出た。
一瞬何が起きたのかわからずに他の二人へ視線を向けると、クリスもアレクも先程とは打って変わって険しい表情をしていた。
「……あれが、イリスが言っていた先代――ウォルターですの……?」
イリスに確認するかのようにモニカが問いかけてきたが、モニカの前に立つレイヴンに遮られて前が見えない。首を伸ばし何とか横から覗き込むようにすると、階段付近の通路から重々しい足音を立て歩いてくる姿が見えた。何度見ても見慣れない、それでも見慣れた姿。
「うん、間違いないと思う。……明るい所で見るの初めてだけど」
というか、あれと同じ姿形をしているものが複数いるなど考えるだけでも冗談じゃない。




