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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
一章 祖父の知り合いの館は思った以上にヤバい場所だったようです

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ふわっとだろうと明確だろうと悪意を突きつけられるのは嫌なものです



 棚が爆発するという何とも物騒な体験をする事になった物置部屋で見つけた鍵は、三階のどの部屋でも使えなかった。入れない部屋しかない階、通れる場所は廊下だけ。そんな所をうろうろしていても時間の無駄にしかならないだろうという事で、二人は二階へと降りてきた。

 結局、聞こえてきた物音の正体についてはわからないまま。


「見つけた鍵は四つ、入ってない部屋も四つ。これで鍵が合わないとかだったらどうしようかね」

「その時はわたくしに任せて下さい。シャイニングエッジでドアを粉砕いたしますので」

「モニカ、ここ一応人様の所有物件だから。そういうの止むを得ない事情とかないとやっちゃ不味いと思う」

 あまりにもナチュラルに武力行使に入ろうとする友人にそれとなく釘を刺し、イリスは物置部屋の隣の部屋のドアに手をかけた。

 予想していたが鍵がかかっている。前回見つけた鍵を手に順番に試していくと、四つ目の鍵でカチッと鍵が開く音がした。


「わたくしが先に行きますわ。イリスはわたくしの後ろに」

「気を付けて」


 ドアを開けた先は妙にガランとした部屋だった。

 床にはうっすらと埃が積もり、置かれているのはいくつかの箱。その箱にもやはりうっすらと埃が積もっている事から、これは昔からここに置かれていたものなのだろう。


「……開けてみましょうか」

「大丈夫、だよね?」

「まぁあまり嫌な気配は感じませんし、大丈夫だと思います」

 女の勘なのか騎士として培った経験からなのか、モニカは事も無げに言ってのける。

 箱の数は六つ。大きさはどれもそう変わらない。とりあえず手近な箱から開けてみる事にした。


「……服、ですわね」

「そうだね。何だ服か、って拍子抜けするべきなのか安心するべきなのか微妙だけど」


 そこに入っていたのは誰がどう見てもただの服だった。

 少々古びてはいるものの、大事に保存されていたのが一目でわかる。

 他の箱も二つ、三つと開けてみたがそこに入っていたのもやはり服だった。


「……という事はここは主に服などを保管しておく部屋、と認識していいのかしら?」

「でもそう考えると置いてある服の数が少なすぎじゃない?」

「そうでしょうか? ここはイリスのおじい様の友人の館なのでしょう? 確かお名前をロイ・クラッズと仰ってましたわね。……女性ならともかく男性ならあまり服など持たないのでは? 社交界だパーティーだと頻繁に参加するような方ならともかく」

「……でも服、これ女物だよ? ほら、このブラウスとか。スカートだってあるし」


 イリスの言葉にモニカは箱の中に入っていた洋服をじっと見つめる。確かに、今まで開けた箱の中に入っていた服は言われてみるとどれもこれも女物だった。


「えぇと……女装癖があった、などというお話は流石にないですわよね?」

「そんな面白ネタがあったらじいちゃん真っ先に言ってるよ。家族の誰かの服、って考えるのが妥当じゃないかなぁ。娘さんとか、奥さんとか。お姉さんとか妹かもしれない。じいちゃんから詳しく聞いてないからそういう家族がいたかどうかはわかんないけど」

「それにしても本人の物と思われる服がないのは不思議ですわね。あっちの箱かしら?」


 全部で六つあった箱のうち、五つは女物の服が入っているだけだった。

 最後の一つも恐らくはそうだろうと思いつつも、開ける。


 そこには僅かばかりの装飾品と、分厚い一冊のノートが入っていた。


「まぁ……綺麗ですけど、随分と古めかしいデザインですわね……先程までの服もですけど、ご家族の物と考えてお母様かおばあ様の物なのかしら?」

「あ、これ日記になってる」

 何の気はなしに捲ったノートを見て、イリスが気まずそうに声をあげた。


「……勝手に見るのは不味いよね、流石に」

「あまり褒められた行為ではありませんけれど、何か、イリスのおじい様に宛てたメッセージなどがあるかもしれませんし、さらっと確認してみます? 日付とかあまり古い部分で関係なさそうな所はなるべく見ない方向で」

「うー……ん、でもこれ、日付とか書いてないっぽいよ。日記ではあるみたいだけど」

「あの、それ日記じゃなくてただの詩集とかそういうオチはありませんわよね?」


 これが有名な詩人が記したとかであるならともかく、そういうわけでもない相手のポエムを見るとかそういうのは流石に避けたい。かつて親戚がしたためてあったポエムをうっかり目撃してしまったモニカは、あの時の悲劇を思い出しつつそんな事を問いかけていた。

 そんな悲劇を知る由もないイリスは、とりあえず適当なページを開いてモニカに見せる。


「日付は書いてないけど、さらっと見る限りここに住んでからの事が書かれてるっぽい。……あれ?」

 パラパラとページを捲っていたイリスの手が止まる。怪訝そうな顔をするイリスの隣から、モニカが日記帳へと視線を落とした。

 決して達筆とは言えない文字は読むのに少々苦労したが、書かれている内容は確かにこの館に住み始めてから書かれたもののようだった。


 しかし最後の方のページには、

『これだけはどうしても処分できなかった』『あいつを恨むのはお門違いだというのはわかっている』『あいつは何も悪くない』『誰も悪くないはずなのに』

 など、淡々と独り言のような一文がぽつぽつと記されていた。


「これを書いたのがロイ・クラッズだとして、あいつというのは誰を指すんでしょうか?」

「さぁ? じいちゃんかもしれないし、他の誰かかもしれない。ロイ・クラッズがどんな人でどんな交友関係を築いていたかはわからないから何とも言えない」


 何だかよくわからないが、流石に人様の日記を勝手に見てしまったという事もあり少々後ろめたさを感じつつもノートをそっと元の場所に戻す。

 流石にこれが祖父に宛てた物だという事はないだろう。

 むしろこれを渡されても祖父だって反応に困るに違いない。



 部屋を出て鍵をかけておくべきか迷ったが、一応装飾品などもあったため鍵をかけておく事にする。

 まだ見ていない三部屋がどんな所かはわからないが、鍵が似たり寄ったりなのでこの部屋だけ区別がつくように輪から外して工具箱の中、なるべくわかりやすい位置にしまう事にした。


「そういえば、あちらが客室でしたわよね」

 部屋から出てすぐ、モニカが指し示した先はアレクと来た時にジャックとマリーが侵入し、レイヴンと来た時にはボウガントラップという代物があった場所だった。実際そちらを見ていないモニカは恐らくはただ単純に確認してみただけなのだろう。しかし――


「……あれ?」

 モニカの言葉に頷こうとしたものの、そちらへ視線を向けてイリスは固まった。

「どうしましたの?」

 何度か目をぱちぱちと瞬いて、それこそ目をごしごしと擦ってもう一度そちらを見やる。

 見間違い、ではないようだ。


「モニカの言う通り、そっちが客室。……なんだけど、あのさ、前来た時ボウガンの矢が飛んできたんだけど」

「えぇ、そう言ってましたわね。レイヴンがいなかったら危ない所だったと」

「その時レイヴンに引っ張られて助かったんだけど、その矢が向かいのドアに突き刺さったんだよ。でもそれが無くなってる」

「えぇ? 引き抜いたとかではなくてですか?」

「うぅん、私もレイヴンもその刺さった矢はそのままにして次の部屋のドア開けたし、その部屋のボウガン本体は位置を移動させたりしたけどドアに刺さった矢はそのままにしておいたんだよ。

 だからそこに突き刺さったままじゃないとおかしいはずなのに、その矢がどこにもないんだ」


「では、やはりわたくしたち以外の誰かがこの館に確実にいる、という事でしょうか。先程の物音もそれじゃあ……」

 やはり気のせいなどではなかった、という事か。


「っ!! そうだモニカ、ちょっと来て!」

 ぐいっとモニカの腕を掴んでイリスは駆け出していた。

「ちょっとイリス!? 流石に階段駆け下りるのは危ないですわ。一体どうしましたの、落ち着いて下さいまし」


 バランスを崩しかけながらも階段を駆け下りたイリスの顔を覗き込む。一階へ戻ってきたもののそこからすぐに動こうとしないイリスに何かがあるのだろうかと、モニカも周囲を見回してみた。

 見回してもわからなかったので、イリスが見ているであろう視線の先を辿ってみるが、モニカにはやはりよくわからない。


「アレク様と来た時に穴とか塞ごうと思って持ってきた板。あれ階段付近に置いたままだったしそれはそのままあった。二階の廊下が埃っぽくないのはアレク様が術で吹き飛ばしたから。でも、それだけなんだ」

「イリス、どういう事ですの? もう少しわかりやすく説明して下さい」

 掴まれていない方の手で、宥めるようにイリスの背をさすってみる。今のイリスはモニカの目から見て明らかに動揺していた。


「無くなってる……何ですぐ気付かなかったんだろ」

「無くなって……って、何がですの?」


 すっとイリスが指し示した先は、二階なら物置部屋があるであろう位置だった。しかし一階のそこには部屋があるでもなく、広々とした廊下という風にしかモニカの目には映らなかった。壁の一部が板で塞がれているのはイリスが塞いだからだと言っていたし、他に何があるというわけでもない。

 板はそこにある。イリスは一体何が無くなっていると言っているのだろうか……と疑問を口にするより先に、

「一番最初に下見に来た時そこシャンデリアがあったの。おっきくて立派なのが。でもアレク様と来た日は老朽化が原因なのか落ちてバラバラになってた。

 片付けるのは後回しでいいやって、放置しておいたんだ。けど、無くなってる」

 モニカの疑問は解消される。けれどそれは違う疑問を増やしただけだった。


「多分、前にレイヴンと来た時にはもう無かった気がする。その時は二階見ていく事しか頭になかったしそっち側なんて注意して見る事もなかったけど。でも何かおかしいな? って思ってた。やっぱり誰かいるんだろうね、ここ。でももしそうだとして、じゃあ、その人がボウガンを仕掛けたって事になるのかな……?」


 誰かが潜んでいるとして、その誰かはここにイリスが何度か足を運んでいる事実を当然知っているはずだ。

 ならば、あのボウガンは不特定の誰かではなくイリス本人を狙ったものなのかもしれない。

 誰かもわからない存在に明確な悪意を向けられている事実に、イリスは顔を青ざめさせていた。


「イリス、今日の所は引き上げましょう。誰かがいるにしても、今の貴女の状態からしてこれ以上ここにいない方がいいと思います。一度引き返して、準備をしっかり整えて、そうしてまたここに来ましょう? わたくしもついていきますから。ね?」


 モニカの言葉に素直に頷いて、イリスは工具箱とランタンを手に館を出た。

 工具箱には元々鍵がかけられる状態だし、ランタンも特にこれといった細工をされるようには思えないが、誰かがいるかもしれない場所にぽんと置いておく気にはなれなかった。



(所有者不明の館……所有者がわかったと思ったものの、やはりもう少し調べてみる必要がありそうですわね)


 イリスの手を引いて公園の方へ向かいつつ、モニカは人知れずそっと溜息を零した。

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