こいつ実は前世犬とかじゃないだろうな、などと失礼な事を漆黒の青年は考える
二手に分かれる、というクリスの提案に頷いて特に話し合う事もなく彼らは二手に分かれた。
アレクとレイヴン。クリスとモニカ。
もし何かがあった場合の戦力的な意味でやや偏りがあるような気もするが、それに関しては彼らは特に異論らしいものを口にする事もなく。
……というか、この組み合わせになったのはクリスとレイヴンの思惑による所が大きかった。両者、口にする事なくアイコンタクトのみで頷き、極自然にこの組み合わせになったのである。
恐らく今回の件で最も暴走するのはアレクだろう。その時にストッパーとして動けるのはクリスかレイヴンだ。口先三寸で言い包める事ができる程度ならクリスでも問題ないが、最悪の場合落ち着かせる(ただし物理で)という展開になるとクリス一人では少々難しくなってくる。
モニカの方にレイヴンがついたとして、彼女の方はアレクほど暴走しないにしてもレイヴンの口数の少なさに一人勝手に鬱々とした挙句に暴走、という展開が容易に想像できた。それならまだクリスに怒りの矛先を向けるように仕向けていた方がいい。
本音を言うならば、面倒な事になりそうなのでレイヴンとクリスが組みたかったのだが……アレクとモニカを組ませれば止める者もいない状態で両者好き勝手に暴走しかねない。
本当にここでイリスが発見できれば最終的にどうにかできそうだが、もしここにイリスがいなかったら最悪の展開になる事が簡単に想像できる。
「さて……それじゃあ私達は別館側の方を見てくるよ。もしそっちの裏口が開いていたとしても、先に入ったりしないでまずはこちらと合流する事。こちらも別館の方が開いているならそちらと合流するようにするよ」
「もし不測の事態で合流する前に邸の中に入るしかない場合はどうしますの?」
「その場合そちらもどうにか邸内に入れた場合は内部でイリスを探しつつ合流する方向でいいんじゃないですか? もし入る事ができなければ……そうですね、その時は流石に日没までには内部の探索も終了できるでしょうから、その時になっても出てこないようなら……いっそ事件として扱いましょうか」
「こうして考えてみると結構行き当たりばったりだよね」
生温い笑みを浮かべ言うクリスに、しかし誰からも同意の声は得られなかった。
「仕方ないでしょう。こればっかりは流石に」
言いつつ、アレクは本館の裏側へと足を進める。
「まぁ確かに……もしここがWに関連のある場所だというのなら、中に罠が仕掛けてある可能性が高いからお互い、気を付けて行こうじゃないか」
「お二人とも、気を付けて下さいまし」
「そちらも、必ずイリスを見つけて帰りましょう」
そうして二手に分かれて。
アレクとレイヴンは何事もなく本館裏側へと辿り着いた。
ここに来るまで周囲も注意深く見てきたつもりだが、特に異変らしいものはなく見れば見るほどただの古びた邸である。
「あまり詳しく調べていたわけではないが……ウォルターは確か高齢だったはずだ。イリスの姉にあの館を譲った相手のエル爺さんが同一人物だとするなら確かに当てはまる。
……最悪、既に死んでいる可能性もあるのだが……」
「その場合、新しいWがここを使用していると考えるべきでしょうね。王都にいない相手が流石に生きているかどうかまでは余程の事が無い限りこちらも調べたりしませんから、ここの所有者が既に死んでいる相手の名であったとしてもおかしくはありません」
何気なく呟いた言葉に即座に返してくるアレクに、少なからずまだ冷静であるのだと判断してレイヴンは内心で安堵した。もっとも、この状態がいつまで続くかはわからないが……
本館裏側は、見た所特に何の変哲もないただの邸だった。
一階の部屋の窓から中を覗き込んでみたが、中は暗く外からは様子がよく窺えない。
最悪窓を割って入ろうにも、この地区の建物はほぼ魔導器の力によって護られているため他の地区のように力技で押し入るのは難しいだろう。他国に攻め滅ぼされた場合はともかく、災害などの被害を受けた場合この近辺の地区に避難する事ができるように、城周辺の建物は大体人が住んでいなくとも魔導器によって外観だけは強化されているのだから。
「駄目ですね。こちらの扉もどうやら鍵がかかっているようです」
裏口にあたる扉を開けようと試みたアレクだったが、押しても引いても開く気配がない。
「となると別館の方に望みを賭けるべきだが……怪しいところだな」
そもそももしそう簡単に中に入れるようなら、『人喰いの館』やら『帰らずの館』やらの噂が立っていた時にここもそうだと勘違いした誰かが侵入しているはずだ。流石にこちら側の地区でそういう話は出ないだろうと思っていたが、こちら側の地区であってもそういう話は何件か出てしまったのだから。
「クリスたちと合流しますか?」
「あぁ、そう……だな……?」
アレクの言葉に同意を示しかけたレイヴンが何かに気付いたようにある一点へと視線を固定し、じっと凝視する。
「どうかしたんですか?」
同じ方向へ視線を向けたアレクの目には、長年放置された雑草がこれでもかと生い茂っている光景しか映らない。しかしレイヴンには何かが見えているのだろうか、やや訝しげな表情ではあったが、そちらへと近づいていく。
扉からやや離れた位置に生い茂っている雑草。ここに来る途中でも雑草は生えていたから別段おかしな事ではない。いくつか枯れていたものもあったが、それは恐らく以前毎日のように手入れされていた種類の草花だろう。
人の手が入らなくなってからこうもすくすく育っているという事は紛れも無く雑草と判断していいのだが……ここだけやけに生い茂っているのが気になった。
しゃがみ込み、その部分の雑草を掻き分ける。
「……何ですか? それ」
レイヴンの動きが止まった矢先、後ろから覗き込んできたアレクが問いかける。
半円形の何かが、そこに埋め込まれていた。
その上から何かが突き刺さっていたようだが、それはほぼ根元付近で折れてしまっていた。
「……レバーっぽい、気がする」
もっとも、レイヴンが知るレバーとは少々形状が異なるようだが、それ以外で当てはまる物が浮かばない。
もしかしたらこれが扉の開閉に関わっているのかもしれない、とは思ったが試しに動かそうにも押すにしろ引くにしろ取っ手部分がないために動かせない。ほんの少し残された部分を無理矢理掴んでみようにも、短すぎて手で掴むのは無理そうだった。
「もしかして、ですが……」
アレクがおもむろに剣を手にする。何をするのかと思いつつも、まだ強引に力技で突破するような雰囲気はなかったためレイヴンは立ち上がり、場所を譲る。
「人が住んでいた時は流石に雑草をどうにかしていたと思いますが、そうすると今度はこの仕掛けがあからさまに目に入りますよね。本来ならばそれで問題ないとは思います。……が、もし賊などが侵入した場合この手の仕掛けがわかりやすく見えるのは問題だと思うんです。正面ならまだしもこちら裏口ですし余計に。
それに……よく見るとこの取っ手に該当する部分、やけに幅広なのが気になります。
もしかして元々ここには最初から刺さっていなかったのではないでしょうか? 恐らく鍵の役目をしている道具が他にあって、こちらを使用する人はそれらを差し込んでこれを動かしていた……ような気がします」
言いながらアレクはそこへ剣を差し込もうとする。僅かに残った部分の幅と、アレクが手にしている剣は横幅が大体同じくらいに見えるため入るような気がしたが、剣の方が少しではあるが大きかったらしい。入りそうだと思った直後に阻まれる。
「……鞘から抜いてもう一度やってみたらどうだ?」
「そうですね……」
アレクの推理が正しければ近辺にこの部分に突き刺せそうな道具があるのかもしれないが、周辺にそれらしい物が落ちていたりはしなかった。これだけ廃れているとなるともしあったとしても朽ちている可能性が高いので、最初から期待はできかなかったのだが。
鞘から抜いた剣を、再び差し込んでみる。どうやらアレクの推理は当たっていたらしく、今度はすっとその部分に剣が入っていった。奥まで入ったのか、カチリと小さな音がした。
「入るものなんですね……」
「とりあえず動かしてみるか……」
抜身の剣というある意味物騒な代物で作られた簡易レバーを動かすと、重々しい音を立て裏口の扉が開く。
「案外あっさりと開きましたね」
「あぁ、その剣、回収できるか?」
「……抜けません」
ぐぐぐと力を込めて剣を抜こうと試みるアレクだが、本来使うべき道具ではなく剣で代用したのが確実に悪かったのだろう。どう頑張っても剣はしっかりと奥深くまで刺さってしまったらしく、抜ける気がまるでしなかった。
そうこうしているうちに、開いていた扉が再び重々しい音を立てて今度は閉まろうとしていた。
「……二人との合流は諦めるしかないようだな」
「そうですね。仕方ありません、行きましょう」
あっさりと剣から手を離し、アレクは閉まりかけた扉へぶつかる勢いで駆け込んだ。レイヴンはというと既に中に突入している。
バタンと音を立てて完全に閉まった扉に手をかけて開けようと試みたが、扉は何をどうやっても開く気配がしなかった。ふと見ると、こちら側の扉の近くにも似たような仕掛けがあるらしく普通に開ける事は無理らしい。
「……駄目ですね」
「あぁ、どれもこれもボロボロだな」
こちら側には幸い差し込む事ができそうな木の板が何枚か落ちていたのだが、あまりにも長い間放置されていたためか真っ二つに割れたもの、欠けてしまい差し込むには少々難しいものなど、使えそうな板は一枚もなかった。
それ以外の物は特にない。外に繋がる扉の他に、通路の向こうに見えるドア。一先ずはそちらへ移動する事にする。
「もしそこのドアが開かなかったら閉じ込められた事になりますね」
さらりと不吉な事を言いながら進むアレクに、
「いや、あのドアは大丈夫だろう」
レイヴンがあっさり答える。ドアには鍵がかかっているようだが、どうやらこちらから解除できる仕組みのようだ。
開けて早々に罠がある可能性も考え、そっとドアを開ける。罠はなかったが、黒い、虫のようなものが無数に蠢いていた。
普通の虫ではないそれらに、レイヴンは思わず顔を顰める。アレクも同様の表情をしかけたが、
「……イリスの気配がします」
言うなりそれらの存在を無視して駆け出す。
「イリスの気配って……」
そんなもの、当然ながらレイヴンには感じ取れない。しかし早々に暴走しだしたアレクをそのままにしておくわけにもいかず、しぶしぶ後を追った。




