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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
一章 祖父の知り合いの館は思った以上にヤバい場所だったようです

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存在を中途半端にチラ見せするくらいなら最初から出てくるか最後まで隠れていて欲しいものです



「まぁ、ここが噂の。話には聞いていましたが実物を見るのは初めてですわ」

 世間で噂されている『帰らずの館』『人喰いの館』を目にしてのモニカの感想は、何ともあっさりしたものだった。


「モニカのいる瑠璃騎士団って街の見回りとかやんないの?」

「そうですね、瑠璃騎士団は基本他の騎士団と組んでサポートにまわるのがほとんどですから。単独……この場合は瑠璃騎士団だけで、という意味での行動はあまりありませんわ」

「そうなんだ」


 アーレンハイドに騎士団が六つあるのは知っているが、どの騎士団がどういう役割を担っているのかまでは知らないイリスにとって、モニカの言葉は素直に関心を抱くものだった。

 イリスが騎士団について知っているのは、騎士団の名称と騎士団の制服の色がそれぞれ違う事。制服も男女別で、術者用のものまであるという程度だ。


 そんな事を話しながらもかけていた鍵を外し、扉を開ける。

 軋んだ音を立てて開く扉も、薄暗い中も前回来た時と同じで変化などあるわけもない。……はずなのだが。


「やっぱり何か変……だな?」

「イリス? 何かありましたの?」

 初めて足を踏み入れるモニカには、イリスが感じ取った何かなどわかるわけもない。何度か足を運んだイリスだけが気付けるような何か、なのだろう。


「いや、よくわかんない。前来た時から何か変だなって思ってはいるんだけど、それが何なのかがわからない。とりあえず先に灯りつけるね」

 初めに館に来た時から同じ場所に置いてあったランタンも工具箱も、誰かが触った形跡もなく別段何の変化もない。

 ランタンはさておき工具箱の方は鍵がついているし、その鍵はイリスが持っているので持ち去ったとしても開ける事などできないのだが。


「それでしたらお任せ下さい」

 三度目の正直! と内心意気込みつつランタンに火を灯そうとしたイリスに、モニカが待ったをかける。

 そのまま早口で何かを呟いたかと思った次の瞬間、モニカの頭上に淡い光を放つ球が浮かんでいた。

 ランタンよりも明るく周囲を照らすそれは、僅かに上下にふよふよと蠢いているがそれ以上の動きはない。


「これならランタンを持つ必要もありませんし、ランタンで片手が塞がる事もありませんわ」

「……魔術って何でもありなの?」

「いえ、まだ研究する事は沢山あるみたいですよ。この術だって、誰でも使えるようになるにはまだまだ術式の構成に改良が必要みたいですし」

「あぁ、えっと、ごめん。魔術関連さっぱりわかんないや」

 とりあえずわかったのは、今回はランタンを持つ必要がないという事か。理解できない部分が多々あるが、そう自分を納得させて工具箱を持つ。


「アレクの話では一階は見て回ったんですのよね?」

「うん、一階は特に何もなかったよ。それでこの前二階をレイヴンと見て回ったんだけど……」

「えぇ、わたくしイリスがレイヴンと知り合いだという事実に大変驚きましたの。レイヴンが怪我をしてやって来るのは今に始まった事じゃありませんけど、初めて血塗れで怪我の治療の為にやってきたレイヴンを見た時くらい驚きましたわ」

「何、レイヴンて普段からそんなに怪我してんの?」

 思えば初めて会った時もぐったりしてたな……と思い返す。怪我は魔術で治したとしても、流した血まで元通りというわけにもいかないようだから……つまり、貧血なのか? 常に。


「まぁ今はレイヴンの事はどうでもいいです。二階の途中まで見た、という事でよろしいんですの?」

「モニカの中でのレイヴンの扱い軽ッ!! まぁ、二階の途中までってのは合ってる」

「そうですか、では参りましょう」



 ――『人喰いの館』二階


「ここからすぐ見えてる部屋が、前回棚が爆発した部屋。そっちは窓があったけどアレク様が割った部分」

 受け取り方によっては思い切りアレクに誤解が生じそうな説明だが、モニカは特にそこら辺を気にしてはいないようだ。

「で、物置から真っ直ぐ行った先はまだ見てない。物置の隣に並んでる部屋も」

「という事は、向こう側が前回見てきたという客室ですの?」

「うん。どっちから見てみようか?」

「そうですわね、先にそっちの奥見てきましょうか」


 物置部屋から真っ直ぐ進んだ先にはドアが三つあるのが見えた。

 右側に二つ、左に一つ。右側のドアを開けてみるとそこはトイレのようだった。


「そういや一階のトイレも大体ここら辺になるのか……そっちの左側は一階だと応接室だったみたいだけど」

「となると中も同じように広い部屋なのかもしれませんわね」

 客室のようにまた罠が仕掛けられていないとも限らないので、用心しつつドアを開ける。


「……何もないね」

「イリス、ここどうやら脱衣所のようですわ。ほら、この奥浴室になってるみたいですもの」

 きぃっと音をたてて、引き戸をモニカが開ける。照らされた室内を見ると確かにそこは浴室だった。


「良かった、何もない。赤錆びた液体とかたっぷり入ってたらどうしようかと思っちゃったよ」

「そんなのがあったら流石に異臭騒ぎとか起こりそうなものですけどね。流石にそういった噂はなかったし、その点は大丈夫なんじゃないでしょうか」


「それじゃあ、物置の隣の部屋に行ってみようか」


 油断はできないが、今の所これといって何かがあったわけでもない。ほぅ、と安堵の息を吐きつつもイリスは浴室を後にした。

 出来る事ならこれ以上妙な事は起こらないでくれるといい。むしろさっさとじいちゃん宛ての手紙なり荷物なりが見つかればいい――そう思いながら。


 そうして物置部屋の前まで戻ってきた時だった。


 とととっ、という音が聞こえたのは。


 思わず身を強張らせるイリスに対し、モニカは音がしたであろう場所へと視線を向ける。


「……上、ですわね」

「もしかしなくても誰かいるの……?」

「足音が軽かったから、もしかしたらネズミの類かもしれませんわね。だって鍵はイリスが毎回しっかり施錠しているわけですし、他に侵入しようがないのでしょう?」

「う、うん、だよね、ネズミか……そうか」


 もっとも、ネズミが駆け回ったような音ではなかったけれど。


 それを言ったらイリスが取り乱しそうだと思ったため、モニカはその言葉を胸中にそっと仕舞い込む。

「イリス、先に上に行ってみましょう。誰かいるならいるで、ヘルファイアで一掃です」

「何でいきなり仕留める方向性で話進めてんの!?」

「気持ちの問題です。心構えというものです。そういう気持ちって大事ですよ」

「持っちゃいけないやる気っていうものだと思うんだけどそれ!」


 文字にするとなると、殺る気、というやつではないだろうか。それは。


 モニカはイリスの手を掴むとそのまま階段を駆け上がる。

「本当なら安全な場所にいて下さい、って言ってわたくしだけが行くべきなのでしょうが、安全な場所があるかどうかもわからないので一緒に来て下さいね」

「うんそうだね、こういうところで別行動って絶対何か危険なフラグが立つよね」

 例えばこの館に殺人鬼的なものが潜んでいたとして、館にやって来た人間が別行動しはじめたら迷う事なく弱そうな方から狙うだろう。そんなものがいるとは思わないし思いたくもないが、それでもモニカと離れるのは危険だと思った。

 モニカの頭上に浮かぶ明かりも多分モニカと一緒に行くだろうから、そうなると明かりのない場所に一人である。何も起こらないとしてもそれは怖い。


 本来ならば足音が立たないように気をつけるべきなのかもしれないが、そんな余裕などはなく。ぎしぎしと悲鳴を上げる階段を上りきって二人は三階へとやってきた。



 ――『人喰いの館』三階


「……誰の姿も見えませんわね」

「やっぱりネズミだったんだよきっと。一階の食堂とかそこら辺で死んでたのいたし」

 三階は、先程何かの音がしたのは気のせいでしたと言わんばかりに静まり返っていた。もしかしたら何かあると気にしすぎて神経が過敏になりすぎていたのかもしれない。そんな風にさえ思えてくる。


「どうしますイリス。先にこちらから見て行きましょうか?」

「そう、だね。折角来たんだし」

「では近い場所から行きましょうか」

 そう言ってモニカは一番近くのドアへと手をかけた。位置的にはこの下が丁度物置部屋だ。

「……あら、鍵がかかってるようですわね」

 ガチャガチャと何度かドアノブを回してみるも、ドアが開く気配は一切ない。

「この下の物置部屋は鍵かかってなかったけど、ドアが歪んでたせいか開くのにすごく苦労したんだよね。レイヴンが力ずくで開けてくれたけど。……ん、でもこっちはホントに鍵かかってるっぽい」

 イリスが体重をかけて押し開けようとしたが、やはりドアはびくともしなかった。

 下の階で見つけた埃まみれの鍵を工具箱から取り出して差し込んでみたが、四つとも鍵が違うらしくこの部屋のドアが開く事はなかった。


 諦めて隣の部屋へ行ってみようという事になったが、そこにも鍵がかけられており、ここも鍵が合わずドアが開く事はなく。下の階ではいくつかの部屋に分かれていたようだが、この階の通りにはドアが二つしかなかった。


「この部屋が極端に広くとられているのか、それともこの部屋の中からしか行けないようになっているか、ですわね」

「どっちにしろ鍵を見つけてくるか、もしくはドアなり壁なりぶち破らないと入れそうにないね。……いや、壊すの最終手段だからね!? 流石に最初からそういう方法はとらないよ!?」

「わかってますわ」

 にこりと微笑むモニカだが、本当にわかってくれているのか不安になるのは何故だろう。


 ――結論から言うと、三階の部屋はどこもかしこも鍵がかかっていて入れる部屋はどこにもなかった。

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