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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
三章 黒幕の館に強制的にご案内されました

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うふふふ、捕まえてごらんなさ~い、などと言える余裕はありません



 引きつる喉、無意識に出そうになる声。それらを強引に押さえ込んで、イリスはじっと身を潜めていた。

 現在、別館四階使用人部屋その5か6あたりである。

 ドアにもその付近の壁にも何号室、などといったプレートも何もないためイリスの中での認識であるが、まぁ使用人部屋である。イリスはその部屋のクローゼットの中に身を隠していた。

 クローゼットとはいうものの、その中身は空っぽであった。だからこそすんなりと入り込めたわけなのだが……


 周囲に意識を向ける。特にこれといった物音はしない。むしろ自分の鼓動の音が最もうるさいくらいだ。浅かった呼吸を何とか深呼吸して落ち着かせる。どれくらいそうしていただろうか。ようやく落ち着いてきたと思えるようになって、イリスは縮こまらせていた身をクローゼットの奥の方へと倒れるようにしてもたれかかる。



 ――さて、一階へ向かおうかと思った矢先に聞こえてきた物音。

 それは階段付近にある部屋のどこかから聞こえてきたようだった。

 だからこそイリスは誰かがいるのだろうと思ったし、いきなりその相手に友好的に話しかけるかどうかはさておき、一体どんな人物なのか確認だけはしておこうと思った。

 使用人か、この邸の主か、まさか何も知らない第三者などではないだろう。

 この邸の主がWであるならばいきなり黒幕の登場かとも思っていたのだが、イリスの予想はどれも外れた。


 物音がした先にいたのは、一応人の形をしてはいた。イリスよりも大きな背丈。だからこそ最初は、この邸の主人か何かだと思ってしまったのだ。

 しかしその考えも一瞬で吹っ飛んだ。確かに人の形をしてはいるが、それは人間と呼んでいいものなのかどうか……


 まず皮膚がなかった。よく見なくても筋繊維剥き出しである。髪の毛もなかった。髪がないだけならそこまで気にする事でもないかもしれないが、皮膚もないという時点で異常すぎる。所々から見える白いものは、もしかしたら骨かもしれなかった。

 こちらに背を向けているため顔は見えなかったが、見なくて正解だろう。というか正直あまり見たいものではない。


 生きたまま皮を剥がされたにしては平然と行動している。特に周囲に血が滴っているわけでもないし、そこらで剥がされたというわけでもないのだろう。

 イリスの予想では、ここにいるのはかろうじて残っていた使用人か、邸の主人か。この邸がWのものであるならばここの主がWである可能性もあるためWか、そのいずれかだった。こんな化物がいるというのは予想外だ。



 ……後々冷静に考えて、Wが絡んでいるのならばそういうのがいたとしてもおかしくはないという結論に至るのだが、この時点ではその考えはすっぽ抜けていたと言える。

 一体何をしているのだろうか、という思いもあったのだが、それは化物が唐突に動きを止めてしばし何かを窺うようにして……こちらに振り向きかけた瞬間にそんな好奇心は即座に投げ捨てた。咄嗟に少しだけ乗り出していた身を壁の方に引っ込めて、極力物音を立てないように移動する。

 一気に一階へ行き玄関の扉へ向かいたかったが、階段を下りるにはあの化物の視界内に入る必要があるためそれはできなかった。あの化物の視力が悪ければどうにかなるかもしれないが、逆に視力が良かった場合を考えると……その他にも、どれくらいの速度を出せるかわからないし、玄関が普通に開いているとも限らない。

 チャンスがどこにもないような中で、命懸けの冒険をするつもりはイリスにはなかった。


 二階渡り廊下を通って一旦別館へと戻り、それから一気に階段を駆け上がって四階へ。適当な部屋に入り込んでクローゼットの中に身を隠し。

 ――そうして、今に至る。


 しばしじっとしていたが、少なくとも追ってきている気配はない。ようやく大丈夫だと思えてから、それでもなるべく物音を立てないようにクローゼットを押し開けて出る。


「……さっきの……何あれ」


 ずっと黙っていると何かの反動で悲鳴やら大声を上げてしまいそうな気がしたので、小さな声で呟く。答が返ってくるとは当然思っていない。むしろ返ってきたら絶叫する。

 外見に反して中身は友好的……ならばいいが、確実にそうだと断言できない状態であれの前に姿を見せるのはとにかく危険な気しかしない。となると、何とか奴に見つからないようにして本館一階へ向かう事になるのだろう。


 武器になりそうな物があればいいが、仮に武器になりそうな物を見つけたとしても、あれと渡り合えるかと問われれば激しく微妙だ。相手の隙を突くのが精一杯だろう。

 今の所さっきの奴はこちら側には来ていないようなので、まずはこちら側で何か、使えそうな物を探すのがいいだろう。




 そうして一部屋一部屋、先程さらっと見て回った以上にじっくり調べていく。

 特に何か役に立ちそうな物が見つからないまま、気付けは室内は薄暗くなっていた。日没。


 部屋の中で発見した缶詰を開けて食べて、更なる探索を――といきたい所だったがどうやら室内の明かりはつかないらしい。窓を割ろうとした際に魔導器が作動しているようだったので、明かりもつくものだとばかり思っていたのだが……

 どのみち真っ暗になりつつある室内で探し物をするのは無理がある。今日の所は早々に休むべきなのだろう。



 ……寝ている間にあれがやって来なければいいが……


 どの使用人部屋にもベッドはある。しかし既に誰も使っていないためか、マットこそあるもののシーツもかかっていなければ毛布などもない。流石にそんな状態のベッドで寝るのには厳しいものがあった。確実に風邪引きそう。

 考えた末にイリスはクローゼットの中に入り込んで寝る事にした。

 ここならばあの化物が部屋に入ってきてもすぐには見つからないだろう。クローゼットが置かれているのはドアがある場所から近いため、多少の物音なら聞こえるはずだし、もしあの化物が部屋に入ってきても上手くいけば逃げられるかもしれない。そう考えての事である。




 結果としてその日、イリスはクローゼットの中で猫のように丸くなりながら眠り、起きた時には身体がギシギシと悲鳴を上げる事となった。最悪の目覚めである。




 ――翌朝。

 爽やかな目覚めとは程遠い状態で起きると、イリスはのそのそとクローゼットの扉を押し開け外へ出た。

 室内はまだ少々薄暗い。窓の外を見る限り、どうやらまだ完全に太陽が出る前のようだ。普段ならこんなに早く起きる事はないのだが、慣れない場所で眠っていたのと精神的な疲労とで眠りが浅かったのだろう。むしろそれでも眠れた事に自分を褒めたいくらいだ。ブラボー。


 そっと廊下の様子を窺う。

 特に何かが蠢いている様子もない。なるべく物音を立てないようにして移動する。


 あの化物が夜行性ならまだ活動している可能性もあるが、昨日、あれはまだ明るいうちから活動していた。とすればもしかしたら向こうも眠っているかもしれない。淡い期待だというのは理解している。

 物音を立てないように、気分だけレイヴンになりきりつつイリスは本館へと向かう。

 四階渡り廊下を抜けて周囲の様子を窺ってみたものの、周辺にあの化物はいないようだ。昨日見た場所付近にいるとも思えないが、すぐに一階へ向かうのは危険な気がしたためまずは昨日開けなかった他の部屋を開けてみる事にする。



 その結果発見したのは、トイレだった。



 別館側は水が出ないためトイレも使用するにはちょっと……という状態だったが、どうやら本館の方は水が出るようだ。トイレに入っている間にあの化物が来たら、とも考えたが漏らす可能性を考えると利用できるときにしておいた方がいいのだろう。ついでにお風呂もあればいいのに。のんびり入っている余裕はなさそうだが。


 水と食料は別館に用意されてはいたが、こちら側はどうなんだろうか。

 あの化物も普通に食料や水を摂取するのならば、こちら側にも何か食料になりそうなものくらいはありそうだが……

 あの化物と堂々と渡り合うつもりはない、というかできない。となると奴の目を盗んで行動しないといけないわけだが……下手をすると長期戦になるかもしれない。水や食料があるうちにどうにかなればいいのだけれど。

 余裕があるかと問われれば今の所はまだどうにかなりそうな気がするが、現状正直な話、余裕は無い。



 足音を極力たてないようにして階段を下りる。三階へと下りてそのまま二階へ――そう思った矢先、あの化物と遭遇した。

「あ」

「!?」

 昨日と違いお互い真正面からの遭遇である。イリスは思わず歩みを止めたし、化物の方もイリスの姿を見て驚いたように凝視していた。ちなみに皮膚がないため瞼などというものもない。眼球剥き出しである。そんなのに凝視されているので言うまでもないが、怖い。

 それ以前に眼球乾いて痛くないんだろうか……? と思ったが、それを考察している余裕はない。勢いよく回れ右をしてイリスは駆け出していた。


 僅かに遅れて、化物も駆け出す。こうして、望んでいない鬼ごっこが開始された。

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