表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
館を探索する話  作者: 猫宮蒼
三章 黒幕の館に強制的にご案内されました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/139

季節は秋ですが気持ち的に冬です



 使用人達が主に使用していたと思われる別館。

 一部屋一部屋を丹念に調べる気力はなかったが、それでもいくつかの部屋に足を踏み入れて。

 どうやら全ての部屋に鍵はかかっていない事、そしてその部屋の中にイリスが寝かされていた棺桶に敷き詰められていた花が飾られている部屋と、花が無い部屋。水の入った水差しだけが置かれている部屋と缶詰だけが置かれている部屋。水差しと缶詰、両方が置かれている部屋とどうやら多少の違いがあるらしい事だけはわかった。

 水差しと缶詰についてはわからないでもないのだが、何故花を飾っている部屋とそうでない部屋があるのか……それはよくわからない。


 あまり深い意味はないのかもしれない。そう結論付けて、イリスは本館と思われる向こう側の邸を調べる事にする。

 外に出る事ができず渡り廊下からしか向こうに行く事ができないために、イリスはまず二階へと向かう。

 ついでにいくつかの缶詰を持って行こうとも思ったのだが、この服にはポケットがついていない。既に缶切りを一つ手に持っているため、あまり沢山の缶詰を持ってはいけないだろうし、それに何より両手を塞いでしまうのは何かあった時に危険かもしれないと考えて結局は持っていかない事にした。缶詰を持っていく事にこだわりすぎて、何かの拍子に缶切りを落とすような事があっては本末転倒もいいところだ。


 お腹が空いたら一先ずこっちへ戻ってくればいい。まさか向こうへ行ったが最後、戻ることができないなどという事はないだろう。ない……と思いたい。


 先程ざっと調べた時に渡り廊下があるのは確認した。

 それは窓の外から見えたのと、実際そちらに続いているであろう通路とで確認済みだ。


 通路があるのを確認しただけで、実際まだ本館へは足を踏み入れてさえいない。

 本館がどうなっているのか、イリスにはさっぱり想像がつかなかった。


 しかし、いざ覚悟を決めてその渡り廊下へと進み、その先にある本館へと続くドアを開けようとしたのだが――


「……開かない……!?」


 ドアを何度か押してみる。ドアノブはまわるためドアに鍵がかけられているわけではない。しかしいざドアを開けようとすると、まるで何かが向こう側で塞いでいるかのようにびくともしなかった。

 先程までの緊迫感は一体なんだったのか……

 無駄に神経をすり減らした事だけは実感しつつ、イリスは仕方なしに四階へと上がる。

 これでこちらもドアが開かないなんて事になったら、本格的に使用人の部屋全部をじっくり調べないといけなくなるな……と遠い目をして考える。


 二階もそうであったが、渡り廊下は然程大きいとも広いとも言い難いものだった。ただ、閉塞感はない。これは一定間隔で窓があって外が見えるからかもしれない。窓の外から見える景色は相変わらず寂れた中庭だが、更にその先、この邸へと出入りするための門が見え、もっと言うとその向こう側が見えた。今イリスが最も行きたい場所。

 この邸の敷地内を抜けた外。


 ここから誰か見えないものかと目を凝らしてみたが、元々このあたりはイリスが住んでいるような所謂下町と違い、貴族ばかりが住んでいる地区だ。出歩くにしても供をつけているか、もしくは馬車を利用しているか。都合よく通りすがりの誰かが視界に入るどころか、それが自分の知り合いである確率は……期待するだけ無駄かもしれない。


「……そう都合よくいくわけないか」

 アレクやモニカ、クリスにレイヴンも一応この地区に居を構えているので、可能性としてはゼロではないはずなのだが。とはいえ城の方にも寝泊りできる空間があるらしく、こちらにある家にはあまり頻繁に戻ってこないのだと以前モニカが言っていた事があるので、可能性としてゼロではないが限りなくゼロに近いと考えるべきなのかもしれない。


 しばし窓に張り付くようにして外を見ていたが、じっとしていると足下から寒さがやってくるため諦めて歩き出す。

 せめて紙とペンがあれば文字を書いて助けを求める旨を窓に貼り付けたものを。


 実際この邸にペンがあるかどうかは疑わしい。缶切りを命綱と記したものは花の茎だった。筆跡で何者か判別される恐れがあるからそうした、という考えもあるが、恐らくはペンもインクもないのだろう。

 Wが筆跡をこちらに知られないようにと考える事も、今更ないはずだ。狂人の館で既にイリスたちはWと思しき者が書いた手紙や書類を見ているのだから。


 ドアノブに手をかける。こちらも開かなかったら……不安が胸をよぎったが、それを裏切るようにこちらはあっさりとドアが開いた。あっさりしすぎて拍子抜けしたほどだ。



 向こうの別館と比べて本館と呼ぶべきであろうこちらの方が日当たりが悪いのか、こちら側は向こう側よりも薄暗く、そして寒々しかった。イリスにそのつもりがなくても、身体が勝手にぶるりと震えてくる。

 あまりの寒さに鳥肌がたった二の腕をごしごしと擦って。


 気持ち的に真っ先に一階へと向かい、玄関のドアが開くかどうかを確認したかったがイリスはまず手近な部屋のドアを開けた。使用人部屋の方にはなかったが、こちらの部屋のどこかに毛布の一つでもあればそれを羽織ってこの邸の中を移動したいくらいだ。寒い。とにかく寒すぎる。こちらも、というべきかそれともたまたまか――そんな事はどうでもよかったが、一先ずドアは開いた。


 しかしイリスの期待を裏切るように、その部屋の中で使えそうな物は何もなかった。開いたその部屋はどうやら書斎らしく、あるのは椅子と机、本棚とそこにぎっしりと詰められた本だけだった。

 ここの主が使用していた書斎なら調べれば何かわかるかもしれないが、のんびりとこんな所で読書に勤しむ余裕はない。大人しくしていたら、あっという間に冷え込んでしまう。


 というか今の段階でも既に身体が小刻みに震えているのだ。こんな所で腰を落ち着けて読書まがいの事などできるわけがない。

 やるにしても暖を取れる状態になってからじゃないと到底無理だ。


 書斎を出て隣の部屋のドアを開ける。

 よりにもよってそこも似たような部屋だった。違うのは椅子と机がないという事だろうか。

 書斎だけでは本が入りきらないので隣の部屋も本を保管する部屋にしてあるのだろう。いっそ図書館でも作ればいいものを。


 手当たり次第にドアを開けてみたが、イリスが望むような毛布や靴などせめて今の寒さを凌げるような物はどの部屋にもないようだ。身体の寒さを誤魔化すように小刻みに足を動かしたり飛び跳ねたりしつつ移動しているが、身体が温まる気配は一向にない。あまり無駄に動きすぎるのも体力を消耗しそうだからできるならあまり無駄に動きたくはないのだが……この際そうも言っていられなかった。


 この階で目ぼしい物を見つけられそうな気がしないので、早々に諦めて下へ行く事にする。三階も見るべきだろうかと一瞬考えたが、そのまま更に下の階へと向かった。

 一気に一階へ下りようかとも思ったのだがその前に二階の渡り廊下へと足を運ぶ。向こう側からこちらのドアを開けようとした時、何か重たい物でも置いて塞がれているようだったので、一体何が置かれているのだろうかと気になったためだ。


 また向こう側へ行く事になった際、わざわざ四階まで上がるのは面倒だし確認するだけして、もしドアの前を塞いでいる物を退かす事ができるならそうしておくべきだろう、そう思ったのだ。


 そうして足を運んでみると、ドアの前に巨大な花瓶が置かれていた。花瓶、というよりはもう壺と呼ぶべきだろう。小柄であるならば大人ですら一人くらいなら余裕で入れそうな、巨大な壺。花瓶と形容したのはその壺にぎっしりと詰め込まれていたからである。イリスが寝ていた棺桶に敷き詰められていたのと同じ花が。


 花が入っているから花瓶と呼んでいるにすぎない物体は、渡り廊下に続くドアの前にぴったりと押し付けられていた。これではいくら向こうから開けようとしても開かないはずである。

 少々骨が折れるが身体ごと押し付けるようにして、その花瓶を押してドアの前から移動させる。こちら側からドアが開くのを確認して、イリスは何事もなかったかのようにドアを閉めた。


 一階へ行って何事もなく玄関が開けば無駄な労力もいいところだろう。そう思いながらも階段の方へと足を進めて。



 ――何か、物音が聞こえた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ