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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
序章 祖父の代理で自主的にお使いに行く事になったのですが
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お使いくらい一人でできる年齢なんですが友人が心配性で困ります



 花咲き乱れる街。水謳う都。そう讃えられる大陸の中でも大国と呼ばれる国アーレンハイド。

 これだけを耳にすればさぞ自然に囲まれた平和な国なのだろう、と何も知らない者は思うものだが、実際の所は世界最大の騎士国家と呼ばれている。理想と現実はかくも違うものである。

 幾多の侵略を退け、同時に領地を増やしていく。そうして建国されて千年の時が過ぎ、今では世界で五本の指に入る程の大国となった。


 他の国では貴族の生まれである者だけがなる事を許された騎士という身分は、この国では王族に名を連ねる者だけではなく特に身分を持たぬ平民ですらなる事が許されている。そうなれば当然他の国よりも騎士の数が増えるのは言うまでもない。

 場合によっては街中を市民よりも騎士の方が多い、なんていう状況を目の当たりにする事もある程だ。


 難攻不落の軍事大国。


 他国ではそう称する者もいる程であり、いずれこの国と敵対するかもしれないと考える者からすれば敵に回すには厄介な国。

 だがしかし、そんな不穏な気配すら漂うこの国に行商に訪れた商人はこう語る。


「軍事大国っていうくらいだからどんな物々しい国かと思っていたけれど……なんだか予想していたのとは大分違ったねぇ……」


「いやぁ、随分と平和な所だったよ。噂もあてにはならないかなぁ。売りに行く物を間違えたかな、こりゃあ」


「確かに他の国と比べると騎士は一杯いたけど、何でだろうなぁ。あんまり騎士国家! って感じはしなかったんだよね。でも、まぁ、いい所だったよ」


 ――と。

 いずれも他の国の出身で、騎士国家には今まで来た事のなかった商人A~Cの証言である。

 こういった商人は過去にも多くいたので、彼らの証言は別段珍しいものでもない。


 中には聞いていた話と違いすぎて、その落差で余計に良く見えてしまったのかそのままアーレンハイドに移住する者まで出る始末だ。

 時折他国からこの国の情報を探りに行商人に扮した間諜ですらも、


「本当にここは軍事大国と呼ばれているあのアーレンハイドなのか?」


 と困惑する者さえ出る程だ。多くの者が想像する軍事大国という言葉から浮かぶイメージとかけ離れすぎて、本当にここはアーレンハイドなのかと門付近に駐在している騎士があまりにも問い詰められてしまい、ここ数年では門を通る他国からの客人には騎士自ら、

「アーレンハイドへようこそ!」

 と宣言するようになったというのは、王都住人からすると記憶に新しい話題でもある。


 似た名前の別国では? という疑問を持った者もいるようだが、生憎そんな国はない。ないったらない。



 けれど、そんないかにも平和ボケしたかのような国の雰囲気に騙されそうになるが、確かにここは世界に名を知られる軍事大国である。

 その表面上の雰囲気に騙され下手に手を出した国は、いずれもしっかり報復され中には滅んだところもある。

 故に内心でアーレンハイドを敵視している国は、油断できない・おいそれと手出しできない・なんて面倒な国なんだろう――このいずれかの思いを抱く事となる。



 ところでそんな実際あまりにもゆるすぎて軍事大国とは? と疑われるアーレンハイドではあるが、絶対的に安全というわけでもない。

 王国歴千年を迎えた頃、王都アーレンハイドではとある館の噂がまことしやかに囁かれていた。


 足を踏み入れたが最後、決して生きて帰る事が出来ない『帰らずの館』、または『人喰いの館』と呼ばれている古びた洋館。

 最初は本当にただの噂話であったはずだが、話に尾びれ背びれがくっついて今ではすっかり王都に住む市民の定番都市伝説となっている。


 古びた洋館そのものは、王都にいくつか存在しているのでそれっぽいものがあるというのも噂を助長していたのかもしれない。


 大抵の住民はその不吉な館の正確な場所など知るわけもなく、話題になったとしても単なる怪談話で終わるのだが中には肝試しと称してそれっぽい館に侵入する者も出る始末。

 単純に古いだけの正当な管理者がいる貴族の別荘に侵入してしまう者も出てしまい、それはそれで事件となってしまったわけだが……まぁそれは別の話だ。


 そういった事件もあったせいか、余計に噂は広まっていった。

 もしかしてあの館がそうなんじゃないか? というような『人喰いの館候補』なるとても不名誉な呼ばれ方をされる館もいくつか出てしまったが、それもまた別の話だろう。




 王国歴1005年 春 某月某日 晴れ



 王都の中心、大聖堂を囲むようにして広がる公園にて。

 王都に住んでいるだけの、ごく普通の一般市民であるイリス・エルティートはどうしたものかと視線を泳がせていた。

 たまたまガラの悪い連中に因縁をつけられた……わけではない。むしろ白昼堂々そんな事をする物好きはこの国にはいない。ちょっと叫んだら見回りに出ている騎士が数人すっ飛んでくるような国でそんな事をするのは、命知らずという言葉で済ませるにはどうかと思う。


 イリスが困っている原因は、目の前にいる女性で、イリスの友人でもあった。

 別に喧嘩をしているわけではない。けれど目の前の友人の表情は穏やかとは到底言い難い。何でこんな険しい表情になっちゃったかなぁ……とイリスは原因を考えるも、そんなに機嫌が悪くなるような事を言った覚えがまるでなかった。


 割と暇を持て余している自分と比べ、友人は忙しい。だからこそ久しぶりにここで遭遇した時に、久しぶり元気してた? などと当たり障りのない声をかけた。たまたま時間に余裕があるという友人もイリスに声をかけられて足を止め、そこで久々に世間話をしていただけだ。



 イリスの友人でもあるモニカ・ノエル・ハートレイは、一見するとお淑やかな女性だった。事実彼女は貴族なので立ち居振る舞いからしてお淑やかであってもそれは当然である。

 貴族のご令嬢と平民であるイリスが友人である、という部分に少々首を傾げられそうだが、他国と比べてこの王都アーレンハイドではそこまで身分は重要視されていない。

 そして王都の中心に広がるこの公園は、どの区画からでも足を運ぶ事ができ、どの区画にも行く事ができる場所だ。

 そんな場所で貴族と平民が遭遇するのは何一つおかしな事でもない。ただの貴族であるならば、念の為従者の一人や二人は連れ歩いているものではあるが。


 しかしモニカは一人だった。それは彼女が着ている服を見れば、供をつけずに歩いている理由も一目瞭然だ。

 彼女はこの国に六ある騎士団のうちの瑠璃騎士団の団長である。瑠璃騎士団といえば後方支援タイプの魔術師で構成されてはいるが、だからといって直接戦えないわけでもない。他の騎士団と比べても遜色ない実力者ばかりである。


 美人が怒ると怖い、とはよく言われているがそれに加えて今のモニカは戦場にでも立っているのかと疑う程鬼気迫る何かを背後にして、イリスを凝視していた。


 何も知らない第三者が見れば、イリスが何かしでかして騎士に説教を受けている光景にしか見えないだろう。イリスにとって運が良かったのは、この場所がかなりの広さを誇る公園で、そこかしこに騎士の姿も見受けられるのでモニカの存在がそこまで珍しくないという事と、まだ言い争うまではいっていないので周囲の注目を集めていないという事だけだった。


「イリス……? 一体どういう事ですの?」

「いやどういう事も何も……え? 私何か変な事言った? もしかして謎の言語でも咄嗟に作り上げてしまってその意味を問われてたりする……?」


 イリスは必死に頭を巡らせる。いや、おかしな言語を生み出した記憶はない。ならば原因は今までのやり取りだ。ここでモニカと出会ってから今に至るまでの会話を思い返す。


 ……特におかしな事を言った覚えはない。心の底から全く。

「久しぶり元気してた?」

「えぇ、お久しぶりですね」

 そんなよくある挨拶から入って、最近どうしてた? みたいな世間話に突入しただけだ。

 実際イリスは見た事がないけれど、王都の外にはモンスターも出るという。それらを定期的に討伐するのも騎士の仕事だが、その討伐は少し前に終了している。忙しい時期は終了しているから、騎士団の方も多少は余裕がでてきたとモニカも言っていた。

 ここまでの流れに問題は特に感じられない。


「そういうイリスの方は最近どうですの?」


 なんて、今度はモニカに返されたのだ。そしてそれに答えた。そこからだ、モニカの機嫌が急降下したのは。



「イリス、貴女がおじい様からお使いを頼まれたという部分は問題ありません」

「う、うん」


 まるで自分の考えている事を見透かされたかのようなタイミングで言われ、イリスは神妙に頷くだけだった。

 まず間違いなく機嫌が悪くなったのはこの話題のせいだと思ったのだが、問題がないというのなら一体何が悪かったのだろう……?


 そんな疑問が顔に出てしまっていたのか、モニカの眉間に僅かではあるが皺が刻まれた。


「問題はその後です。おじい様の代わりに荷物を受取りに行くとおっしゃってましたわね。けど、貴女の行こうとしている場所というのは……そこはもしかしなくても、噂になってる『人喰いの館』じゃありませんか!?」

「正確には候補らしいんだけど……あー、いや、そうらしい、ね?」


 祖父もそういやそんな事を言っていた。別に『人喰いの館』『帰らずの館』の噂を知らないわけじゃない。一度や二度はその言葉を耳にした事もある。


「そうらしい……って」

 モニカは何かを言おうとして、それでも肝心の言葉が出てこないのか口をぱくぱくとさせている。言葉が出たとしてもそれはイリスにとってあまりいいものではないだろう。言葉にならずとも、今の時点で雰囲気が伝わってくる。


「あのね、モニカ? その……確かにその噂は知ってる。でもその噂が本当の事かどうかってのとはまた違うと思うんだよね。それにあの館、単純に古いだけの物件」

「行ったのですか!?」


 イリスの言葉を遮るように問い詰める。その勢いにちょっとだけ驚いたが、イリスは小さく頷いた。


「え、うん。昨日。ちょっと下見に。だからね、大丈夫だよ」

「一人でですか!?」

「そりゃまぁ……」


 ただのお使いに一体誰を連れていけというのか。友達か。いい年してお使いに付き合って、などと言って誘う方が難易度高いのではないだろうか。それなら素直に肝試し感覚で誘った方が楽ではあるが、本来の目的を忘れそうな展開にしかならないなと思うのでやはり一人で行くのが正解だと思える。


 そんな風に考えていると、がしっと両肩を掴まれた。

「え?」

「確かに一部はただの噂かもしれませんけど! それでも火のない所に煙は立ちませんのよ!? どうしてそんな危険な場所に一人で行くのですか!」

「お……おぉぉおお落ち着いてモニカ……!」


 そのまま肩を揺さぶられる。モニカの方がイリスより若干背が高いため、イリスは必然的に彼女を見上げる形になるのだが……やはり彼女の表情は険しいままだった。

 いくら見た目が華奢であったとしても、モニカも騎士として鍛えられている。見た目以上に力強く揺さぶられていたためイリスの視界がぐるぐると回り始めた頃――


 ぴたり、モニカの動きが止まる。

 相変わらず表情は険しいままだったが、その瞳は何かを決意した者の眼差しであった。


「わかりました。わたくしも、ついていきますわ」

「え、ちょ、モニカ?」

「何ですの!? まさかダメだなんて言いませんわよね!?」

「いや、その……いいの?」

「決まってるじゃありませんか!!」


 力強く肯定してくるモニカに、イリスはやや困ったように首を傾げた。

 いや、ついてきてもらっていいの? という意味ではなくどちらかというと騎士としての仕事はいいのかという意味なんだけど……という言葉はイリスの口から出る事はなかった。


 それよりも先に、モニカに声がかけられたからだ。


「あぁ、モニカ。ここにいたんですか」


 そう言って二人の前にやって来たのは、白を基調とした制服を着た騎士だった。

 恐らく騎士というものを想像しろと言われたら高確率で想像されるであろう、物語に出てきそうないかにもすぎる外見の青年は、イリスとモニカを見比べ一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべる。


「……お取込み中でしたか?」

「えぇ、そうですわね。……ところでアレク、一体何の用ですの?」

「私が、というわけではないのですが。貴女の所の団員が探してましたよ。この後城の方で先日の件についての会議をやるとかで」

「……あぁ、そうでしたわね。……アレク、貴方これから時間はありますの?」

「え? えぇ、今日の所は一通り終わらせましたけど」


 その言葉にモニカはにこりと微笑む。何も知らない者が視ればそれは思わず見惚れてしまいそうな綺麗な笑みだったが、イリスは何となく嫌な予感を覚えた。

 そっと両肩を掴んでいた手を離され、何故だかずいっとアレクの方へと押し出される。


「そう。でしたらアレク。わたくしの代わりにイリスの用事に付き添って、無事家まで送り届けて下さい。傷一つでも負わせたら貴方の耐久度を測るテストと称してシャイニングエッジぶちかましますから」


 何とも物騒な言葉が聞こえた気がするが、問い返すよりも早くモニカは踵を返して立ち去ってしまった。


「光系最大の攻撃術ですか……それは厳しいなぁ」

「え……えぇー……?」


 いやそれ何か違うそうじゃない、と突っ込みたい衝動に駆られたものの、イリスの口から出たのは言葉にもならないただの音だった。

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