表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/61

宿屋での一幕

 宿屋に入ると目的の人達はロビーですぐに発見することができた。

 受付の横にある待合ソファーで待機しており、私達を待っていてくれたようだ。

 女性の方は昨日の顔面蒼白だった時と比べて、肌に色見が戻っている。

 クリスの完璧な仕事ぶりに改めて畏敬の念を抱いてしまう私がいた。


 声を掛けようとした瞬間、向こうも此方に気付き右手を掲げてくれる。

 私とソフィアも合わせて手を上げるが、盲目のクリスにそれが分かる筈も無く。

 苦笑を浮かべる男女に、気にしないでと笑顔で返した。

 クリスもそれとなく察して、頭を軽く下げる。


 ロビーで顔を合わせると村に迷惑を掛けたことを謝罪された。

 アクシデント耐性が強めの村だから、気にする必要はないけどね。

 ここは、二人が生きていることを素直に喜ぶべきだ。


 謝罪の後、彼等が宿泊する部屋に案内された。

 久しぶりに訪れた宿屋の一室。

 ソフィアも懐かしかったようで、暖炉上に設置された置物に指を這わせている。

 三年前くらいかな。

 ソフィアの錬金失敗により村中に火の粉が降り注いで、多方面に迷惑を掛けた。

 被害を被った村の全てを掃除させられること約三十日。

 私達は罰として宿屋の一室を掃除させられた日を思い出していた。

 暫くして、宿屋の給仕の声と同時に部屋をノックする音が聞こえてくる。

 どうやら紅茶を注文していたようだ。

 話すための準備が整ったと判断して、私達はそれぞれ近場の席に座る。


「さて、まずは昨日の礼を言わないとな。本当に有難う」

「ええ、私からすれば貴方達は命の恩人になる。本当に感謝しているわ」


 心からの礼に私達も思わず姿勢を正してしまう。


「まずは私達が何者か、それを言わなければ始まらないだろうな」

「そうね。私はセントラリア王国で魔法科の教師をやっているセンリよ」

「僕は主に格闘全般を教える講師として王国に雇われているロベルトだ」


 王国の学院に従事する教師。

 このキーワードを受けて、私の視線は幼馴染へと向かう。

 過去、障害を理由に入学を断られ、反骨精神で己を鍛え上げた二人だ。

 今となっては錬金術と魔法の研究が趣味となっている節があるけどね。

 特に気にしてないと思うけど、幼馴染としては視線が行ってしまうわけで。

 予想通りソフィアとクリスにこれといった変化は見られず、


「ふーん、でもどうして辺境の地で黒竜に襲われていたの?」

「任務の途中で襲撃にあったんだ。有能な若者を発掘するという王国直々のね」

「ポテプの森で新ダンジョンが発見されたという情報、耳にしたことはない?」


 今まさにそのダンジョンに向かおうとしていた私達は顔を見合わせる。

 その様子から大体のことを察したようで、


「僕達はそこに集まる優秀な若者を勧誘する任務に向かう途中だったわけだ」

「セントリア王国って人材不足なの?」

「まあ、そんなところだな」


 ソフィアの質問に対する曖昧さに抱く感想はこうだ。

 怪しい。

 優秀な人材が必要な場面ってどんな時なんだろうね?

 その人材を育てるのが学園の仕事だと私は思っている。

 ダンジョン攻略に行くような若者って、かなりの高レベルなんじゃないかな?

 魔術や武力を鍛える学校に通う必要ないような気がする。

 私達みたいにね。

 そう思っていると鑑定スキルが頭の中に語り掛けてくる。


『わざと民間に新ダンジョンの情報をリークしたと判断します』

(スカウトの件を聞けば、そう思うかな)

『未踏領域は本来、王国間において戦争の火種ともなりえる貴重な場所です』

(お宝次第では国家のバランスが崩れるよね)


 最近、それに近いことが起こっている。

 幼馴染三人で王都を訪れた時にお披露目された聖剣。

 鑑定スキルによると一振りで大地を裂く程の威力を秘めている業物らしい。

 噂によるとお披露目後の人材流入が特に凄かったようだ。

 地球で言うなれば、有名スポーツ選手を広告塔に立てる行いに等しい。

 つまり、発見される宝次第で有益な恩恵が受けられる可能性があるということ。


『独占が基本なダンジョン情報が民間に流れるのはおかしな話なのです』

(裏に何かがあるってことね)

『はい。彼等の返答の曖昧さから、真の理由は教えてくれないでしょう』

(面倒な話になってるっぽいな)

『そうですね。しかし、基本は人材確保が最優先事項なのだと思います』

 

 もし、そうであればとても嫌な話だ。

 普通の村人として暮らしたい私は尚更、本気を出してはいけないことになる。

 けれど、本気を出さないと秘薬が手に入らないかもしれない。

 嫌なジレンマだ。


 私が鑑定スキルと話していたモノと同等の内容が王国の教師達から語られる。

 新情報としては複数国家主導で動いているということ。

 大々的に冒険者達を集めている以上、統制は必要だ。

 混乱を防ぐため、各国が連携を取ってその場を仕切るのだろう。

 国単体ではなく複数国が求める優秀な人材。

 世界的にそういった者が必要だと言っているようにも解釈できる。

 そして、

 

「あの黒竜は妨害工作か、宝を独占したい者が遣わした魔物だったと考えられる」

「この地域であれほど強力な魔物が二匹も自然発生するなんて考えられないもの」


 黒竜については同意できる話だ。

 リムルムント村の周辺は弱小モンスターばかりだ。

 RPG風に表現するなら旅立ちの村。


 さらに教師達の話が続く。

 どうやら、三人の同僚が黒竜の毒牙に掛かって命を落としたらしい。

 運よく生き延び、逃げて来た先が私達の村だったということだ。


 しかし、話を聞く限り今回はヤバいかもしれない。

 超不本意ながら腕にはかなり自信がある。

 けれど、100レベル以上の魔物を大量に使役できる者がいたとしたら……。

 私……、レベル上がりまくりじゃん!

 やだよ、そんなの。

 秘薬を狙う意味とか全くないでしょ。

 実は私の持つ固有スキルの特性上、普通に倒す分ならレベルアップしない。

 しかし、鑑定スキルが絡むと逆に大幅レベルアップする可能性があるのだ。

 ちなみに、負けるかもという思考は全くありません。

 今まで散々同じ様な場面に出くわして、勝利してきたからだ。

 基本、一撃で。


「強力な魔物を使役する使い手がいる。恐怖を抱いても仕方ない」


 震える私を見た王国の教師は恐怖のせいと勘違いしたようだ。

 まあ、ある意味で凄い恐怖だよ。

 ダンジョンに行った結果、100が200レベルに上がってるとかさ。

 どんだけ、経験値効率の良いダンジョンに行ったんだよ(笑)。

 とか言われて村の人に茶化される未来が見える。

 200レベルは流石に盛りすぎだけど……。

 強くなるの嫌だし、行かないのが正解ね。

 よし、幼馴染を説得して今日を普通の一日として平和に過ごそう!

 ソフィアとクリスに満面の笑顔を向けて、


「やっぱり、止めよ! 普通が一番よね!」

「いいけどさ。秘薬を手に入れて錬金で増やせば……、おっと、人が来たようだ」

「許せない……。人の命を奪う魔物使いなんて私が成敗しちゃるけん!」

「リルアってさ……、ちょろいよね。強さの半分は頭の緩さだと僕は思うけど」


 クリスの言うことにも一理ある。

 けれど、それは過去の私。

 レベルが下がった私は理路整然とした村乙女として普通の幸せを謳歌するのだ。

 もう二度と悪徳スキルに騙されない。

 私のコロコロ変わる意見を訝しんだ女性教師は、


「ええと……、それでダンジョンには行くのかしら? 行かないのかしら?」

「行くよ。魔物使いの件も気になるし、それに仇を取らなきゃね」

「仇?」

「先生達の同僚、殺されたんでしょ? 捕まえて、罪を償ってもらわないとさ」


 色々ふざけては見せたが、既に心の中ですべきことは決まっていた。

 魔物使いの件を聞いた時点で、ダンジョンに行かないという選択はない。

 人の命を奪う悪党を捕まえることは最優先事項だ。

 そのついでに秘薬も手に入れてしまえばいい。

 レベルは上がるかもだけど、私にとって人命の方が優先順位が高いしね。

 場を見守っていたソフィアとクリスが、


「お人好しが行きたいというので、僕達はダンジョンに向かおうと思います」

「期待しないで待ってて。運よく対峙できたらラッキーってことでさ!」

「君達の強さなら心配していない。逆に礼を言いたいくらいさ」

「私達には仲間の無念を晴らすことができない……。だからお願い……」


 女性教師の消え入りそうな願いを受けて私達は頷く。

 幼馴染三人の総意が揃ったところで新ダンジョンへと旅立つことにしよう。

 

「君達が無事に帰還したら、是非とも王国の学園に迎え入れたいと思っている」


 私達はその言葉に軽く会釈をして、ドアを閉めた。

 学園か……。

 今更、行く必要があるのだろうかという思いはある。

 けれど、リムルムント村という閉じた世界で過ごして来た私達。

 私は転生者だから小中高と学校に通った経験がある。

 けれど、幼馴染二人は集団生活を行った経験はない。

 何より大勢で馬鹿するのとか、イベント毎は良い思い出になるしね。

 新たな友情と知見を広げるために学園に通うのはありかもしれない。


 思うことは色々あるけど今はダンジョン攻略に集中しようかな。

 今回、敵は沢山いるのだ。

 私と同じく宝を狙う冒険者達。

 ダンジョンを守護する魔物。

 教師達を襲った謎の魔物使い。

 そして、私の中で意気揚々と鼻歌を披露中の鑑定スキル。

 待っていましたと言わんばかりの状況に、かなりご機嫌のようだ。

 精神的に大分ハードな旅路になりそう。


 センリさんとロベルトさんだっけ。

 本来なら教師として倫理的に私達を止めるとかしそうだけど、それが無かった。

 二人とも目の下にうっすらと隈が浮かんでいたな。

 眠れなかったんだと思う。

 仲間を失い、死ぬ一歩寸前まで追い詰められた。

 気丈ではあったけど、精神はかなりボロボロになっている筈だ。

 人の命を理不尽に奪う存在。

 最低限の成果として仇は必ず取ってあげようと思っている。


 最低限と言いつつ秘薬は必ず私が奪取するけどね。

 隣には最強の幼馴染が二人もいるし。

 それに、私には果たすべきある信念がある。

 まあ、狡猾なる鑑定スキルに育てられた異世界最強の少女だから大丈夫でしょ。

 それについては、大分不本意ではあるけどね。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ