準備
村の中央広場には小さな噴水がある。
それを取り囲むのは六つの井戸だ。
噴水は子供達の遊び場で、井戸はママ達が談笑する憩いの場となっている。
王都や日本にある立派な上下水道なんてのは存在しない。
生きるために必要な分だけ水を汲み、自然の恵みに感謝する。
それが私達、リムルムント村に暮らす人々の共通認識だ。
昼過ぎから賑わいを見せる広場だけど、早朝は私達以外に誰も居ないみたい。
相談するには丁度良い、ということで私は開口一番に、
「さてさて、ダンジョン攻略に必要な買い出しとかって何かある?」
「まずは僕からでいい? ソフィアにちょっとお願いがあるんだ」
柔和な笑みを絶やさない銀髪少年の名はクリス。
彼の瞳は常に閉ざされている。
目が見えない代わりに白杖を使って、日々を過ごしているのだ。
村の皆には盲目の魔法使いとして慕われる私の幼馴染である。
クリスが二枚の紙を取り出す。
ひとつは数字と点字がセットになった一覧表。
もう一枚は点字として刻んで欲しい術式を記載しているみたいね。
鞄からそれらを取り出す姿に戸惑いは一切見られない。
私なんか適当に鞄に突っ込んでは、無駄に捜索フェイズが入るのに……。
視覚が無い分、決まった場所にしまう、がクリスの生活における約束事なのだ。
「創作術式を組んだから、新しくリボンに印字して欲しんだ」
「リボンの錬成ね。素材はいつもので良い?」
「うん、問題ないよ」
ソフィアはローブの内側、右腰に下げてある義手を装着する。
手書きの紙に羅列された数字と一覧表を見比べ、瞬時にリボンを作り出すと、
「ほい、お待ち! どう、出来を確かめてみて」
「ちょっと、なぞってみるね……。よし、大丈夫。オーダー通りに刻まれてる」
「いえーい! クリスの新魔法、楽しみにしてるね!」
「まあ、あまり期待しないで貰えると嬉しいかな、なんて」
クリスが先に手を上げ、ソフィアがハイタッチを決める。
幼馴染の仲睦まじい光景に私も自然と笑みが零れてしまう。
一応、クリスの準備はこれで終わりかな。
「クリスの準備はこれで完了?」
「うん。悪いとは思うけど、食材なんかはいつも通り二人に任せるね」
「了解。それじゃあ、ソフィアは何かある?」
「私は適当に雑貨屋で仕入れるよ。ダンジョンに何がいるかも分からないし」
「相変わらず、行き当たりばったりな性格……」
「有能な錬金術師は手持ちの素材を駆使して艱難辛苦を乗り超えるのさ!ってね」
バチンとウィンクを決めるソフィア。
不安だな。
先日も素材が足りないと私のお気に入りの鞄が犠牲になったんだけど、それは。
この赤毛の少女は何を言っても聞かない所があるので要注意だ。
我が道を勝手にひた走って地雷を踏む。
そして、私とクリスも道連れに爆死するのだ。
過去、彼女のせいで上がったレベルもあることを私は忘れてはいけない。
「逆に聞くけど、リルアは準備する物あるわけ?」
「私は剣かな」
「えっ? 剣なんて使ってたっけ?」
「いや、拳で殴るよりかは遥かに攻撃力を抑えられるかなって……」
「まあ、他の人達に実力を隠したいのは分かるけど無駄だと思うんだよ、……」
「そんなことないよ! だって、私の拳における攻撃と耐久値って異常なんだよ!」
「そ、そうなの?」
「この前、王都を観光した時に聖剣のお披露目があったでしょ?」
「あー、確かに見た感じヤバめな代物だった覚えはある……」
「その聖剣の五倍くらいステータスが上なんだよ! そんなのおかしいよ!」
ちなみに通常状態の話ね。
本気で力を込めた場合の値は知りません。
見たくない現実は直視しないタイプなので。
数百年前に魔王を討伐した勇者が使っていたとされる聖剣。
それを装備するより、殴った方がマシっておかしいでしょ!
「というわけで一番、安い剣を買いに行きたいのです!」
不意に私の中で何かが騒めく。
剣というキーワードに鑑定スキルが勝手にスキル検索を開始する。
視界端に望んでもいない剣のスキル一覧が大量に表示され、ログが流れていく。
いらねぇから、剣のスキルとかマジでいらねぇから!
よく見ると10個に一回、同じスキル名が差し込まれているような……。
コイツ、お勧めスキルを刷り込もうとしていやがる。
(ちょっと止めてよ! 剣のスキルとかいらないから!)
『そんなに邪険にしなくても……』
(邪険にするわ! 昨日、騙されたばかりだしな!)
『何故、私と喋る時だけオラオラ口調なのでしょうか?』
(自分の胸に聞いてごらん。どれだけ醜悪な存在か分かると思うけどね!)
『Aカップは確かに……(笑)ですね』
(それ私の胸のサイズ!!!! 気にしてるんだから言うなよ、馬鹿馬鹿!)
『自分の胸に聞けと言われたもので、つい』
(マジ、ムカつくーー! 何はともあれ、剣のスキルは取得しない、以上!!)
会話を無理矢理に打ち切った。
それから、つい胸を触ってしまう私。
うぅ、やっぱり小さいよね。
確かにスキルは私の内なる存在だけど、気持ちを察して胸ネタは止めて欲しい。
そうやって精神攻撃を繰り返し、疲弊した所でガツンとかましてくるのだ。
ダンジョンに到着するまで何だかんだ私の精神を逆撫でしてくるに違いない。
マジ、何なのこのスキル。
誰か欲しいなら是非とも受け取って欲しい。
まあ、出来ないことを望んでもしょうがないのだけど……。
意識を現実に戻すと幼馴染二人が笑顔で私のことを待っていてくれた。
鑑定スキルと喋っている間は察して待機してくれるのが彼等の決まり事らしい。
表情がくるくる変わる様が可愛いと言われるけど、内心は酷いモノである。
「ごめんごめん。いつもの発作だからさ」
「おっぱい……」
「っ!? ちょっと、ソフィア!」
「アハハハ、だって真剣な顔して胸を揉んでるんだもん。あぁ、面白い」
「くぅ、意地悪言わないでよ、もう!」
「ソフィア、そこまでだよ。二人共、買い物が済んだら行きたい所があるんだ」
「別にいいけど、何処に行くの?」
「宿屋。昨日助けた二人組が僕達と話をしたいって」
「あー、昨日は村の皆が休めって、話すことも出来なかったからね」
私達はお互いに頷き合い、まずは武器屋に立ち寄った。
鑑定スキルの妨害に合いながらも、何とか一番安い剣を購入。
その後は雑貨屋でソフィアの素材と食材を手に入れる。
買い物を済ませた私達はクリスの指示に従い宿屋へと向かった。
一体、何の話があるんだろう。
大きな国の関係者とかだと面倒だな。