冒険の始まり
やってしまった。
昨日、村を襲撃した三つ首の黒龍。
ワンパンした結果、レベルが3も上昇してしまったのだ。
しかも、三桁の大台に乗るとかさ。
この世界でレベル100越えした人類なんて見たことがない。
魔物はたまに見るけどさ……。
私の心中を察することなく、鑑定スキルが頭の中に語り掛けてくる。
『おめでとうございます! 限界突破により前人未到の100レベルに達しました』
(攻撃の瞬間に黒龍のレベル見たけど、30程度だったんだよ。おかしくない?)
『鑑定スキルに不具合が生じたのでしょう。ちなみにレベル110の魔物でした』
(鑑定スキルってお前のことだけどな!!)
転生時に女神から貰った鑑定スキル。
コイツを喜んで受け取ったのが、そもそもいけなかった。
異世界で平穏に暮らしたい私を最強にしようと狡猾な罠を張ってくる。
転生してから、騙され続けること十五年。
結果、災厄をもたらす魔物を軽々と倒せるくらいの強さになってしまった。
最近はうまく企みを回避していたけど、まさか情報改竄してくるとは……。
もう絶対、鑑定スキルは使わない。
使わないからね!
「おはよう、リルア! 珍しく頭抱えてるけど、どうしたの?」
「レベルについて悩んでいるのよ」
「いつもの発作か」
「病気みたいに言わないでくれる」
幼馴染であるソフィアが私の右隣に座る。
緑のローブを羽織った隻腕の少女でミディアムヘアーが可愛らしい。
ソフィアは私の前に置かれた皿を確認すると、厨房に聞こえるよう大きな声で、
「おばちゃん! 私もリルアと同じので」
「トト鶏のサンドイッチね。少し待ってな」
心が荒んでいるのは私だけか。
いつも通り元気そうな幼馴染を見て小さく溜息。
気分転換にと窓の外を見れば、農園が延々と続く光景が広がっている。
私達が生活する村の名はリムルムント。
農業を生業とする何の変哲もない長閑な村だ。
転生した私はこの村で何をしているのか。
地球での知識を活かして、村の子供達の教師役をやっている。
私が転生した異世界アルファは教養レベルがお世辞にも高いとは言えない。
辺境の村では教師がいることの方が珍しいくらいだ。
生まれた地で村のために貢献し、平和な日々を送る。
普通の村人として、異世界アルファで生きていければと思っているのだ。
そんな私には毎日の日課がある。
早朝はカフェ"サンタマルガ"で朝食を必ず取ること。
同じ様にそれを日常としているソフィアが私の隣に座っているわけで……。
「久々に会心の一撃を見たよ! いつも、リルアって躊躇いながら放つじゃん」
「騙されたからね。もう、最悪……。また、レベル上がったし……」
「どのくらい? 鑑定系ってレアスキルだから私持ってないし、教えてよ!」
「いーやーだ! 思春期に自分の異常なレベルに悩む乙女心を抉らないで」
自分で言ってなんだが、転生者に2回目の思春期ってあるのだろうか。
いや、無いな。
色々な意味で溜息をつくと同時にソフィアの朝食が運ばれてきた。
おばちゃんが柔和な笑みで親指を上げると、ソフィアもそれを返す。
「トト鶏が二枚重ねに! おばちゃん気が利くね。リルアは食べないの?」
「私はもう、食事が喉を通らないわ」
美味しそうに食べるソフィアを見て、朝はお腹を満たすことにしよう。
目の前のサンドイッチはお昼ご飯にすればいいか。
そんなことを考えていると、
「ねぇ、リルア。面白い話があるんだけどさ」
「何か怪しいんだけど……。期待しないで聞いておく」
「北にあるポテプの森で新規のダンジョンが発見されたみたいなんだよね」
「私、絶対行かないから。新規ダンジョンって隠しボスとかいそうだし」
ボスが怖いから行かないのではない。
意図せずにボスを倒してしまって、経験値やスキルを取得するのが嫌なのだ。
こういう時に限って鑑定スキルは意気揚々と私を騙しに掛かってくる。
未踏領域には近付かないことが一番。
もし行くとしたら、冒険者や騎士団の調査が完了した後でいい。
それなら危険も退けられるし、悠々自適に素材採取もできる筈だ。
「リルアのことだし、行かないって言うと思ったよ。残念……」
「そうそう。平穏が一番だよね、うん」
「ほんとに残念。レベルを下げる秘薬が奥地に眠るって噂があるんだよね」
「さあ、早く準備をしてソフィア。クリスも来たがると思うから連絡しといて」
完全に手の平をクルッと返す私。
鑑定スキルは私としか会話できないので、ソフィアが罠を張ることはない。
先生役も大丈夫だろう。
今日から農作物の種植えが始まる。
子供達も手伝いに駆り出されるので7日間くらいは暇がある筈だ。
それにしても、レベルを下げられる秘薬か……。
どうせなら、10くらいドカッと下げて欲しい。
これなら黒龍討伐の功績を差し引いても、大分おつりが来る。
いやいやいや、欲張っちゃ駄目。
ここは三桁の大台から、二桁に戻せれば御の字と考えるべきよ、うん。
カフェでの朝食を終え、念のため子供達の親に不在の知らせを入れる。
巡る家々は木造建築が基本だ。
農村であるため作物を保管する倉庫は厳重な石造というのが特徴かな。
イメージで言うと中世の田舎町。
人口150くらいの比較的、小さめの村だ。
然るべき各所に連絡をしてから、約束の場所へと向かう。
中央広場に向かうと、いつもの面子が顔を揃えていた。
私、普通の村人(仮)のリルア。
隻腕の錬金術師ソフィア。
点字魔法の使い手クリス。
さて、新ダンジョンに挑むため、まずは村で冒険の準備を始めましょうか。