幼馴染三人組
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この話だけ三人称っぽく書いていますが、次章から主人公視点です。
――こっちだよ。
――ここまで来れば、きっと大丈夫。
静寂は突然、破られるものである。
のどかな村に響き渡る焦燥を含んだ救済の声――。
「誰か、誰かいないか!」
頭に鳴り響く声に後押しされ、村の入口に飛び込んでくる一人の男。
誰でも良い、気付いてくれ、と大声を上げ助けを求める。
両膝に手をつき、身体を支える様子から立っているのが精一杯といった様子だ。
肩口をよく見れば赤黒い血がべったりと付着している。
最初に、異変に気付いたのは近くで商いをしていた老婆だ。
老婆を皮切りに男の元に村人達が集まっていく。
「ど、どうしたってんだい!? これ血だろ? 怪我でもしたのかい?」
「これは、仲間の血だ。早く診てやってほしい!」
男の視線が村の入口に注がれると、村人の視線もそちらに誘導される。
そこには、重症の女性が座らされていた。
村の名を示す立て看板に身を預け、気を失っているようだ。
周囲にはおびただしい出血により、血溜まりが形成されている。
一刻を争う状況であることは明白だ。
「どうしてあんな怪我を?」
「魔物に襲われた……。何とか逃げて、この村までやって来たんだ」
「災難だったね。あの子もすぐに、助けてあげないとね」
その時だった。
村を横断するように通過する巨大な黒い影。
それは、村と森を繋ぐ街道に静かに舞い降りた。
血の匂いを嗅ぎつけ、男女の後を追ってきた異形。
漆黒の身体を持つ竜は大きな雄叫びを発し、
「ぎしゃああああああああああ!」
村中に響き渡る叫びに男は剣を握り、己を奮い立たせる。
魔物を引き付けた要因は自分にあると勇気を奮い、村人の前に出た。
「俺達を追って来たのか……。何とか時間を稼ぐ! 皆は逃げてくれ!」
恐怖に震える男と対照的に村人達はどこか落ち着き払っていた。
誰も彼も表情に焦りは無く、やれやれと苦笑する者までいる。
のほほんとした雰囲気に焦燥を抱いた男は、
「早く逃げるんだ! 皆は知らないのかもしれないが、あれは伝説の……」
「伝説なら私達の村にもいるよ。飛びきり凄いのが三人も」
「はっ!? 何を言って……」
「ほら、おいでなすった」
老婆が顎で示す先、三つの影がゆっくりと村の入口に向かっていた。
銀髪の少年は瞳を閉じたまま白杖を手に。
黒髪の少女は盲目の少年のために誘導役を。
赤毛の少女は左肘から先が無い腕を振り回す。
最初に言葉を発したのは隻腕の少女で、
「結構、強そうね。誰が最初に行く?」
「「ソフィアで」」
「ちょっ、即答するの止めてよ。私が戦闘狂みたいじゃない」
「役割分担。私とクリスで女性の怪我を治すから」
「リルアは戦いたくないだけでしょう?」
「心外だわ。人の命が掛かっている場合は別。それにもう助けたしね」
いつの間にか黒髪の少女の側で横たわる人影。
そこには大怪我を負った女性が寝かせられていた。
「あー、いつの間に助けたんだか……。ほんとリルアの身体能力ヤバいよね」
「はいはい。私は一般人でありたいの。大きな声で言わない」
「そういえば、魔物がいなくなってるけど……」
「時間稼ぎにワンパンしといたから……。すぐに戻ってくるんじゃない?」
「何処までぶっ飛ばしたのよ……。ついでに倒しちゃえば良かったのに」
「女性を担いでたから無理できなかったの。担ぐ前に殴っとけば良かったね」
二人の少女の横で少年はマイペースを貫いていた。
視力の無い彼は手探りで女性の手を握り、症状を診て安堵する。
「うん。この怪我なら治せそうだ」
少年は頷きと共にポケットから複数のリボンを取り出す。
それを三本の指で楽器を奏でるようになぞっていく。
展開されるのは高位の治癒魔法。
その光景を見ていた男と老婆は、
「詠唱も無しに、あんな一瞬で高位の治癒魔法を……」
「クリスは指先で並列詠唱をこなすのさ」
「一体どうやって?」
「あのリボンには異国の地で生まれた技術、点字が刻まれている」
「点字? 聞いたことの無い技術だ」
「文字を凹凸で表現する技法さ。あれなら、指の数だけ並行して詠唱ができる」
点字を利用した詠唱により、重傷を負った女性の身体がみるみる全快していく。
柔らかな笑みを浮かべた少年は、
「後はソフィアが頑張る番だよ」
「はいはい。あの馬鹿、逃げればいいのに戻ってきたわ」
村の入口に土煙と共に舞い降りた漆黒の竜。
その頭は怒りを示す様に真っ二つに分裂し、怨嗟の声を振りまいていた。
一の身体に二頭を持つ魔物。
その特徴を持つ魔物は変異種として伝説級の力を持つとされている。
村に住む若者はそれを見て、
「二頭を持つ魔物なんて初めて見たわ。確かにこれは強そうだ」
「何を悠長に眺めているんだ! 少女一人では無理だ。まして、隻腕じゃないか」
男の言葉に一番に反応したのは隻腕の少女だった。
「隻腕? じゃあ、これなら文句ないでしょ!」
丈長のローブを捲し上げ、隠していた義手を装着する。
義手が左肘を噛んだ瞬間、白銀の閃光が周囲を包む。
同時に浮かび上がるのは、無数の剣だ。
一つ一つの剣には魔を宿す宝石が嵌め込まれている。
「数多の異世界に存在する素材で創造せし魔剣。どこまで耐えられるかな?」
過去、呪いにより失われた左腕。
亡霊と化した腕は異世界を彷徨い、その世界にのみ存在する素材を運んでくる。
採取した素材は義手が作り出した小さな亜空間に送り込まれ、
「私の義手は格納庫でもあり、素材を一つに配合する錬成陣の役割を持つ」
黒竜を取り囲む様に魔剣が配置される。
少しの静寂の後、剣群が獲物を仕留めようと宙を舞う。
肉を抉り、魂を砕き、爆炎が生じ、疾風が渦巻く。
数多の効果により、竜は動くことも出来ずに七色の光に束縛される。
全ての剣の投擲が完了した時、その場に残るモノは何も無かった。
「角くらい素材として残しておいた方が良かったかも」
「いつも、ソフィアはやりすぎなのよ。跡形も無いじゃない」
「お前達! 後ろだ!」
急な呼び声は村に駆け込んできた男のモノだった。
黒髪の少女の背後に一頭の竜が舞い降りたのだ。
三頭を持つ漆黒の竜。
先の上位種であり世界の平和を揺るがす程の魔物が少女へと襲い掛かる。
振り下ろされる爪撃。
それを片手で受け止める黒髪の少女。
瞬間、村を縦断するように深い亀裂が地面を走る。
黒竜が振るった破壊力の余波が村に激震を起こしたのだ
暴風が吹き荒れ、周囲に存在するベンチや軒先に立て掛けられた箒が宙に舞う。
目の前の光景に対し、流石に慌てる様子を見せる村人達。
だが、黒髪の少女は涼し気な顔で、
「へー、やるじゃない。敵じゃないけどさ」
ただ一発。
拳を前に突き出すだけの動き。
だが、誰も捉えることの出来ない一撃は三頭の竜を跡形も無く消し飛ばした。
落ちるのは微かな漆黒の欠片のみ。
それを見ていた赤毛の少女は、
「誰がやりすぎなのかしらね、誰が?」
「しょ、しょうがないでしょ。結構、強そうに見えたんだもん」
「言い争いは後だよ。早くこの女の人を宿屋まで運ぼう」
王国一つを滅ぼす程の災厄をいとも容易く乗り越えた三人の少年少女。
遠目でその姿を見ていた男は呆気に取られた表情で老婆に問い掛ける。
「何なのだ? あの子達の力は?」
「さあね、私も知らないよ。ただ言えるのはあの子達が私達の仲間だってこと」
「仲間?」
「そう、大切な村仲間さ。悪戯すれば怒るし、一緒に楽しく笑い合うこともある」
老婆の言葉に初めて笑顔を見せた男は静かに瞳を閉じた。
辺境の村に恐るべき逸材が存在する、このことを国王に伝えねばと。
――良かった。
――皆、助かったね。
男女の無事を見守る者達。
彼等は安堵すると、ふっと気配を消し、この場から消失してしまう。
不思議な声と異世界アルファは繋がっている。
ここで"物語"の主人公である黒髪の少女へと託そう。
これは、異世界に転生した少女が慎ましく、たまに誰かのため奮闘する物語である。