097.魔鳥の巣
◇◇◇◇◇
シロウの捜索を再開して数刻。
陽が多少傾き、気持ち程度だが涼しい風が感じられるようになった頃。
「やばい、百舌鳥に見つかった、来るぞ『炎弾』」
「マジックカード発動『雹雨』にゃ」
コウヤの火球が飛び、ネコブルーの札束から雹の豪雨が発現して降り注ぐ。
コウヤ達は、自然の涼しさとは別の寒気を感じさせるオブジェの下で戦っていた。
そこは、黒爪狼の反応が消えた川の上流に位置する場所。
百舌鳥と呼ばれるモズの魔物の巣がある大木の下であった。
そしてその頭上には、魔物の死体が数体、大木の枝に串刺しにされて放置されていた。
それは『早贄』と呼ばれるモズ類全般で行われる行為。
モズは、鋭い爪と嘴を持つ猛禽類の中では、タカやワシと比べて足の力が弱い。
その為、この種は獲物を掴んで食べる事が難しかった。
そのくせ、小柄ながらに好戦的で、空腹の如何に関わらず、本能的に獲物を狩る。
ゆえに、取りあえず枝に突き刺して、空腹になったら啄ばんで食べるのである。
そんな獰猛な習性を持つ魔鳥の巣の下で、コウヤ達は交戦していた。
では、なぜコウヤ達が、このような事になっているのかと言うと──
「コウヤさん、川辺で発見したシロさんの篭手の片割れがありました」
「百二足の亡骸の近くにあったそうです。どちらも百舌鳥によって運ばれた物でしょう」
捜索を再開しようとした時に、川辺でシロウの篭手の片方を発見したからであった。
いままで全く手掛かりがなかったシロウの痕跡の発見。
そして川の下流は、センが黒爪狼の発見の為に子猫達を使って監視網を構築している。
その事から、上流を探す、との結論に辿り着くまでに、そう時間は掛からなかった。
そこからは子猫列車での移動を併用したコウヤの熱探知での捜索を展開する。
しかしながら、シロウと思われる反応が引っ掛からず、痕跡も見つからなかった。
シロウは、行方不明になった時、マジックバックを置いて行っている。
その為、持っている所持品は少ない。
飲み水を確保する為に、水場を求めるだろう。
また、夜営をするには、暖を取る為に焚き火を必要とする。
その事を踏まえ、コウヤは、水場と火が使われた痕跡を探していく。
しかし、その思惑は、またもや外れる。
人間の移動範囲を大きく上回る捜索をしているにもかかわらず、何も見つからない。
「これは、どう言う事だ?」
コウヤは、その疑問を思わず口に出す。
水場と火を使った痕跡。
この二点に重点を置いたコウヤの読みは外れ、ハツカの探知にも何も引っ掛からない。
その、あまりにもの痕跡の無さから、死亡説が頭を過ぎる。
しかし、本当にそうだったとしても、他の遺留品が見つからない事が悩みの種だった。
魔物に襲われて、その身が胃に収められていたとしても、衣類や防具は残る。
必ず、それらの残留物が落ちているはずなのだが……
コウヤは、大きく息を吸い込み、そして吐く。
落ち着いて冷静に考えをまとめようと、もう一度息を吸う。
そうして空を見上げた先で、それを発見した。
「おい、あの悪趣味なオブジェはなんだ?」
それは、地面を見ていた事と樹木の影になっていた事で気づかなかった魔物の日干し。
串刺しにされた百二足や装飾蠍の姿は、黒爪狼のオブジェを上回っていた。
「おそらく百舌鳥と言う魔鳥の巣です。狩った獲物を保存食にするそうですから……」
ルネは、話しには聞いた事はあっても、目にするのは初めてだった。
その為、確証は持てなかったが、あのように枝で串刺しにする魔物は他に類が無い。
ゆえに、こう答えたのだったが、直視する事が出来ずに、すぐに視線を外した。
「微かにですが、シロウの反応あります」
「えっ?」
ハツカの口から出た言葉に、ルネがビクリと反応する。
それは、本来なら喜ぶべき報告。
しかしながら、ハツカが指を差し示した場所は、その魔鳥の巣であった。
「動いてはいませんし、反応が希薄です。おそらくは川辺で拾った篭手の片割れかと」
「だが、これは確認しておく必要がある」
ハツカはルネの手前、言葉を濁したが、シロウの遺体の一部、と言う可能性もある。
だが、ここで半端に目を瞑って通り過ぎる訳にはいかなかった。
コウヤは、熱探知で周囲の様子を覗う。
巣には熱反応は無い。
それは、百舌鳥が居ない事と同時に、生存者も居ない事を意味する。
コウヤは、しばし思案した後、話しを切り出す。
「百舌鳥は、巣から離れているようだ、調べるなら、いまだな」
「では、私が巣の中を探してきます。百舌鳥が戻った時の対応をお願いします」
「了解だ」
「子猫達も頼りにしています」
「「「「「ラジャー」」」」」
ハツカは、子猫達に一言伝えて、菟糸を大木の枝へと伸ばす。
空を飛ぶ魔鳥を相手にする場合、主力となるのは、攻撃魔法が使えるコウヤとなる。
子猫達にも攻撃方法はあったが、実は使える手段は、あまり多くは無い。
ネコイエローの羽靴では、空中を高速で翔ける魔鳥の速度には付いていけない。
同様の理由で、必殺のネコレンジャーキャノンも、捕捉が困難な事が予想される。
残る手段にネコブルーの札束があるが、カードは使いきりな為、手数が足りない。
現実的な対処方法として有効なのは、やはり遠隔攻撃が出来るコウヤだけであった。
ゆえに、ハツカは、子猫達にコウヤの護衛を任せて、魔鳥の巣へと赴く。
「目が見えないハツカさんだけだと、何かあった時、危険です。私も行きます」
そんな中、ルネがハツカのサポートとしての同行する、と言う。
「……ルネ、菟糸を使えば私だけでも巣まで登れます」
「ですが、何かあった時の事を考えると単独行動は良くありません」
ハツカとしては、コウヤ同様に、シロウの遺体があった場合を想定していた。
もし、この最悪の事態が的中した場合、ルネのショックは計り知れないだろう。
そう考えたからこその配慮であったのだが、ルネの決心が揺らぐ事はなかった。
「分かりました、それではお願いします」
こうして、百舌鳥の巣の調査が始まり、シロウの篭手の残りの片割れが発見される。
そして現在、ハツカはルネを抱えて、菟糸で巣から降下し、コウヤ達と合流した。




