091.三すくみ
ハツカは、一つ、また一つと障害を飛び越え、前進する。
だが、その反面、突然の燕麦の復活と飛行能力の取得に思考が停滞していた。
あまりにも急な出来事に、気持ちの整理がつかない。
そんなチグハグな状態のまま、ハツカは、目的の反応が示す三体を眼下に捉える。
そして、視界に飛び込んで来た三体は、ある意味、予想通り戦闘を繰り広げていた。
その一体目は、子猫の剣士……いや、魔法剣士と言うべきだろうか。
右手に剣を持ち、時折、魔力障壁と思われるものによって攻撃を凌いでいる。
ただ、その戦闘を見ていると、少し挙動に違和感を覚えた。
その違和感の正体が分からず、しばらく注視する。
すると、次第に、左腕を負傷している事が読み取れた。
ともかく、この者が、噂のセンと言う子猫で間違いないだろう。
次に、この場に居た二体目に視線を向ける。
それは、全身に針のような毛を纏った巨大な蜘蛛の魔物だった。
おそらく、これが、コウヤの熱探知に引っ掛からなかった魔物の正体。
確か名前は『針蜘蛛』
全身から放たれる毛針による範囲攻撃を持つ魔物、と書かれた依頼表を見た事がある。
そして何より、長い脚と言う特徴を持つ蜘蛛の魔物だけあって、攻撃の間合いが広い。
その為、自ずと中距離での差し合いを強いられる。
これだけの事から判断しても、かなり厄介な部類に属する魔物である事は間違いない。
そして最後の三体目。
それは、黒爪狼ではなく、全身が赤褐色の体毛で覆われた人狼種だった。
「これは……どう言う事ですか?」
ハツカは、全身の傷を驚異的な自然治癒能力で回復させながら戦う人狼種に困惑する。
コウヤは、ここに黒爪狼が居る、と断言した。
しかし、この場に居たのは赤褐色の人狼種。
そして、ハツカの菟糸も、目の前の者は黒爪狼ではない、と識別していた。
「オマエ、何者にゃ」
状況を整理しきれていないハツカに、魔法で自身を回復させたセンが問い掛けてきた。
センは子猫達とは違い、問答無用で襲い掛かって来る事は無かった。
目前に二体の交戦者を抱えている以上、不用意に敵を増やしたくはなかったのだろう。
「私はハツカ、アナタがコウヤ達が言っていたセンで間違いありませんか?」
「コウヤが迎えに行った仲間かにゃ?」
「その認識で間違いありません。アナタは、黒爪狼と戦っていたのではないのですか?」
「それなら目の前にいるにゃ」
センは、針蜘蛛と交戦している褐色狼を指差して答える。
「あれが、黒爪狼なのですか?」
「針蜘蛛との交戦中に、急に変化したにゃ」
黒爪狼の討伐を目的として動いている子猫軍。
その指揮権を有するセンが、黒爪狼に関わる情報を偽るとは思えない。
と言う事は、本当に目の前の褐色狼が黒爪狼なのだろう。
つまり、コウヤが言った事に偽りは無く、菟糸の識別が間違っていた事が証明された。
「なるほど、把握しました」
現状で、菟糸の識別が、個人単位では機能していない事を確認する。
そして、ここからハツカは、本題に入っていった。
「それで、アナタの敵はどちらですか?」
「何を言っているにゃ、両方に決まっているにゃ」
その答えに、センが優先的に黒爪狼を倒そうとしている訳ではない事を感じ取る。
(つまりは、針蜘蛛の方を脅威と見ているようですね)
センは、黒爪狼を囮として利用出来れば、と考えているのだろう。
「では、針蜘蛛を仕留めます」
センの思惑が見えた事で、ハツカは簡潔にターゲットを指定し、針蜘蛛を拘束する。
そして、褐色狼に視線を向けて語りかけた。
「私が分かりますか? 分かるなら針蜘蛛の討伐に手を貸して下さい」
ハツカは、赤髪化した自分を、褐色狼が認識してくれるか不安になりながら問う。
しかし、褐色狼は思いほかアッサリとハツカの言葉に同意し、共闘の意思を示した。
その姿にハツカは安堵し、センは褐色狼に敬意を示すハツカに不信の眼差しを向けた。
ハツカは、センから不信がられている事に気づきながらも針蜘蛛の脚を拘束する。
センは、初見でハツカに対話を求めてきた。
つまり、戦闘中に襲って来て、わざわざ敵対関係を構築してくる事はない。
いくらハツカの事を不信がろうとも、針蜘蛛と戦っている限りは、協調するだろう。
ゆえにハツカは、自分達から敵対する意思は無い、と示しておかなければならない。
最終的には、黒爪狼への敵意を払拭してもらうのが理想である。
その為にも。針蜘蛛には退場してもらい、信用を得る為の礎になってもらう。
ハツカは、センが不遜な考えを持たないように、と心掛けながら立ち回りを考える。
何はなくとも、まずは得意な形に持ち込む。
菟糸で針蜘蛛の八本の脚のうち三本を拘束する。
センが、どのような戦い方を好むかは分からない。
しかしながら、手堅く針蜘蛛の動きに制限を掛けておいて損はない。
ハツカは、二人が動きやすい状況を構築していく事で、最善手の模索に取り掛かった。
対する針蜘蛛は、自身の脚に絡みついた不快感を払拭すべく、激しく身体を動かす。
針蜘蛛は、確かにハツカによって脚を三本、拘束された。
しかしながら、まだ残りの脚の自由は許されている。
ゆえに、針蜘蛛は脚を振り回し、群がってきた外敵もろとも拘束を解こうと謀った。
巨体に物を言わせて暴れ回る針蜘蛛。
しかし、その脚の一本は、すでに針蜘蛛の元を離れ、宙空を舞っていた。
それは、ハツカが三本の脚を拘束した直後に、褐色狼が早々に蹴り折ったものだった。
無駄のない清流の如き連携に、センは目を見張る。
それは、即席の共闘にしては、あまりにもタイミングが合いすぎた攻撃。
その事からセンは、ハツカと褐色狼が、既知の間柄である事を確信する。
わずかに遅れて、また別の脚が宙空を舞った。
『突風』
それは、センによって放たれた衝撃風の魔法。
針蜘蛛の外骨格を剣で容易に突破出来ないと判断したセンは、攻撃手段を切り替える。
その結果、褐色狼と同様に、針蜘蛛の間接部に突風を撃ち込み、破壊に成功した。
しかも、それは一本目の脚を破壊してなお貫通し、二本目の脚をも貫いた。
こうしてセイもまた、ハツカの拘束に合わせた事で、針蜘蛛の脚を二本吹き飛ばす。
短時間に畳み掛けた両者の怒涛の攻撃。
それは、共に巨躯を誇る針蜘蛛の間接を狙った部位破壊攻撃だった。
ハツカは、両者の息も狙いも合った攻撃に呆れ返る。
「アナタ達、それが出来るのなら、なぜもっと早くやらないのです?」
ハツカは、それだけの実力があるのなら自分の助けなど必要ないではないか、と思う。
そして、なぜハツカが来るまでの間に、負傷を負わされたのか、との疑念が過ぎった。
「三すくみの状態で、攻撃を一方に集中出来ると思うのかにゃ?」
「……まぁ、確かにそうですね、失言でした」
だが、その問いによってハツカは、逆にセンから呆れられてしまう。
ハツカからすれば、この状況を構築する算段が立つが、セイからすれば別である。
針蜘蛛と言う敵が現れたからと言って、討伐対象である褐色狼との共闘は在り得ない。
この共闘は、コウヤ達が王都に行き、そこでの邂逅があったからこそ築けたもの。
ハツカだけだったなら、こうはスムーズにセイの協力を得られなかっただろう。
いや、むしろ黒爪狼の擁護に回っている事から、敵対していてもおかしくはなかった。
ゆえに、この共闘は、コウヤ達の行動が回りまわってハツカにもたらした状況だった。




