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009.羊肉

 ◇◇◇◇◇


「ははは、あとは今日の夕食に、肉料理が追加される事になりますね」

「バーバリアンシープの肉って美味いのか?」

「ははは、そうですね。基本的にマトンと思ってもらえれば間違いありません」

「そうかぁ、楽しみにしておくよ」


 シロウは、ファロスの回復魔法による治療に付き添いながら、馬車の横を歩いていた。

 現在ファロスは、商隊の先頭から順に馬車を訪問治療している。

 今回は、重傷者がそれほど出なかった為、最初に対象者の治療は済ませてある。

 しかし教会の治療師が同行していると言う事で、治療の希望者が出ていた。

 そこでファロスは、自分が顔を出す事で安心してもらえるならと、順に訪問を始めた。


 シロウ達はファロスの護衛なので、それに同行するのが仕事である。

 しかしルネは、先の戦闘で心身ともに疲弊しきっていた。

 ハツカも、宝鎖の維持が出来ていない状態だったので安静にさせておく。

 そうなると残るのはシロウだけとなるので、いまに至っている。


 しかしシロウにとっては、これが最良だった。


 当初は頭が重く、朦朧(もうろう)としていた。

 しかし、風を感じながら歩いていると、少しずつ体調が良くなる。


 こんな事なら、ハツカも寝かせておくよりは、歩かせた方が良かったのでは?

 そんな考えに至るも、馬車の速度は少々速い。

 体調の悪いハツカには、ただ単に辛い行進にしかならないのでは、と考えを改めた。


 そうこうしていると、シロウ達の馬車まで戻って来る。

 ファロスは、馬車を訪問するたびに、ちょっとしたお裾分けをもらって来ていた。

 その荷物持ちをさせられていたシロウは、やっとソレを降ろせると馬車に乗り込む。


「おい、大丈夫か?」


「……最悪です。何が最悪かと言うと、シロウの顔色が良くなっている所です」


「ヒドイ!」


「ハツカさんは、本当に辛そうなんです」


「ははは、もうシロウくんみたいに、外を歩いてみたらどうです?」


「そうだな、途中で無理そうだったら近くの馬車に拾ってもらえば良い」


「ははは、そうですね。野営予定の川辺も見えて来ています。気分転換にどうですか?」


「分かりました」


「あっ、ルネは一応、荷物番って事で残っていてくれな」


「は、はい、シロさん、分かりました」


 ハツカは、重い身体を起して馬車から出て歩き始める。

 その横をファロスとシロウは、しばらく付き添って様子を見守った。


 シロウは、そう言えばと思い出して、次の馬車に先回りする。

 その中には、重度の乗り物酔いとなっていたイサオが、グロッキーになっていた。


「おい優等生、生きているか?」


「ちょっとアナタ、いきなりなんですか」

「イサオを、からかいにでも来たのか? ならさっさと失せろ」

「二人とも、そうケンカ越しのような言い方をしちゃダメだよ……」


「うん、一応まだ大丈夫そうだな。ちょっと外を歩かないか?」


「えっ?」

「はぁ、アンタ何言ってるのよ。今のイサオが歩ける訳ないでしょ」

「なんだぁ、ケンカを売りに来たのか? ならオレが買ってやるぞ」


「オレも同じ状態だったけど、歩いてたら治ったから誘ったんだけどな……」


 シロウは言いたい事だけ伝えると、商隊の列を下がって来たファロスと代わる。

 そしてハツカの横を歩いて、ファロスが馬車から出て来るのを待った。


「何をしていたのです?」

「うん? ちょっと、からかいに行ってた」

「……悪趣味ですね」

「少しは楽になったのか?」

「……」

「俺はファロスに付いているから、疲れたら近くの馬車に乗せてもらえ」

「……」


 それ以降、ハツカとの会話は途切れた。

 シロウは、単純に体力の消耗を抑えようとしているのだろうと思う事にする。


 ファロスが馬車から出て来たのと同時に、イサオも出て来て歩き始めた。


 それは、シロウの言葉と実際に復調している事実。

 馬車の中でファロスが、シロウの事を話した事。

 そしてシロウの横を、フラつきながらも歩いているハツカの姿を見ての判断だった。


 ファロスが、残り少ない馬車の訪問を続け、シロウも護衛の仕事に従事する。

 その後方には、ハツカとイサオが連れ立って歩いていた。

 ハツカは、何かと話し掛けて来るイサオを(わずら)わしそうに無言を貫いている。

 シロウは、そんな様子を見て、まぁ、それも良し、と一安心した。

 少なくともハツカに何かがあれば、イサオが助けに入ってくれるだろうと。


 ファロスが最後尾の馬車に乗り込み、護衛の任が一応の完了を迎える。

 その後もシロウ達は、馬車に乗らずに歩いていた。

 その頃になると、ハツカも復調の(きざ)しを見せる。

 ハツカは、歩きと馬車への乗車休憩を繰り返して、少しずつ歩く距離を増やしていく。

 そして野営地に着く頃には、かなり顔色が良くなっていた。


◇◇◇◇◇


 予定されていた川辺の平地に辿り着くと、商隊は円陣を組んで停止した。

 これにより馬車は、一種の防風と魔物の襲撃に対する防壁の役割を(にな)う。

 そして護衛団は、役割分担をすると野営の準備に取り掛かった。


 一つは、川へ水を調達に向かう班。

 一つは、火起しと、かがり火を設置する班。

 一つは、調理を担当する班。


 馬車に囲まれた陣地の中心に焚き火を起して、調理班が夕食の準備を始める。

 その間に馬車の外周には、夜間の見張り用にと、かがり火が設置された。


 湯の沸く香りが、次第に夕餉(ゆうげ)の様相に変わっていく。

 そして次第に人々を焚き火の(そば)(つど)い、思い思いに夕食を取り始めた。


「まさか、あんな力技で治るとは……」

「ハツカさんの体調が戻って本当に良かったです」


 ハツカは、馬車の近くで座り、羊肉入りのスープを口にした。

 そこは数台の馬車で形成された集団の一つ。

 皆は、先程討伐して得た羊肉入りのスープと串焼きを存分に味わっていた。


「でも、本当に楽になって助かったよ」

「イサオは、マジで死にそうな感じになっていたからな」

「でもイサオが、フラフラの状態にも関わらず、魔物を仕留めてくれたのは助かったわ」

「それは、トムとヤンが、がんばってスキを作ってくれたおかげだよ」

「本当に、美味しい所を持っていってくれたぜ」


 そして腐れ縁のトムヤンクンも同じ集団の中にいた。

 どうやらシロウが思っていた以上に、襲撃時にはイサオもグロッキーだったようだ。

 だが同時に、魔物を仕留める一撃を加えたのも彼だったようだ。


 なんだかんだとシロウは、イサオが戦っている所を見た事がない。

 シロウは朦朧(もうろう)とした状態で、魔物を力加減無しで殴り倒した。

 それは自分をも壊す、火事場の馬鹿力でしかなかった。

 だからシロウは、そんな力任せとは違うイサオの戦い方を見たかったな、と思う。


 シロウは、程よく焼けた串焼きを一本もらって食べる。

 羊肉の串焼きには、きざんだ野菜と香辛料が揉み込まれていて臭みが消されている。

 ファロスがマトンのような肉だと言っていた物は、普通に牛肉のような感じだった。

 ただ使っている調味料の関係で、なかなかにスパイシーな仕上がりとなっている。


 ちなみに羊肉には、ラムとマトンと言われる肉がある。

 一般的に、ラムは生後一年未満の仔羊、マトンは生後一年以上の羊、と言われている。


 しかし正しくは、ラムは永久歯が生えてない仔羊。マトンは永久歯が生え揃った羊。

 その中間には、ホゲットと言われる永久歯が生え揃う前の羊の肉も存在する。


 それらの肉の特徴は以下となる。


        ラム   ホゲット マトン

 臭み・風味  薄い    →   濃い 

 肉質     柔らかい  →   固い


 こう言う特徴がある為、スープにはキノコやリンゴ、ハーブも加えて煮込まれていた。

 気温が少し下がってくる中、この温かな煮込みスープが、シロウの身体に染み渡る。


 これで、近くでトムが騒がしく食い散らかしていなければ、気分は最高だっただろう。

 毎回、ケンカ腰に絡んで来るトムの大きな声は、食事時には、あまりよろしくない。

 適度な会話なら良いが、食事は、やはりそれなりに落ち着いて食べたい。


 シロウは羊肉を堪能すると、他の者達が本格的に酒に手を出す前に撤収する。

 護衛連中は、さすがにないと思うが、酒飲み達に絡まれるのは避けたかった。


 シロウは馬車に先に戻って、夜の見張りの為に仮眠に入る。

 商隊の護衛がいるから万が一は無いと思いたいが、用心をしておいて損はない。

 ルネ達が就寝するまでの間が、シロウの貴重な睡眠時間となる。

 幸いにして、仮眠は三時間は取れそうだった。


 不足分の睡眠は、明日の馬車での移動時に取る事になるだろう。

 シロウは、また乗り物酔いになるのかと思うと気分が沈む。

 しかし、自分が思っていた以上に疲労していたようだ。

 いつの間にか、スヤスヤと夢の中へと沈んでいく。


 こうしてシロウの護衛初日は過ぎていった。

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