089.赤髪化
なんの脈絡も無い状態から唐突に起きた赤髪化。
そのあまりにもな急変にハツカは、激しく動揺した。
だが、その変化はハツカだけに留まらなかった。
「コウヤも……これは、一体どう言う事ですか?」
不安に駆られ、振り返った視界に、同様の変化が現れたコウヤの姿が飛び込む。
コウヤもまた、髪が赤色へと変化し、その身に宿す魔力を増大させていた。
そして──
「それは、一体なんなのにゃ!」
「なんか、カッコイイのにゃ!」
「新しい遊びかにゃ?」
「どうやったにゃ、どうやったにゃ!」
「教えるにゃ!」
突然の変化に興味津々な子猫達が、コウヤに纏わり付き、じゃれ始めた。
「知るか、ただ、おれとハツカに同時に同じ変化が現れたと言う事は……」
ハツカも、コウヤが思い当たっている事には気づいている。
二人にある共通点とは、運命の女神様によって転移させられた転移者である点。
だが、この不可解な現象が起きた理由が、サッパリ分からない。
ハツカもコウヤも、何か特別な事をした訳では無い。
強いてあげるなら、互いに意見が食い違い、険悪な雰囲気になっていた事だろうか。
しかし、その程度の事で、現状のような変化が起きるとは到底思えない。
それでは、ハツカとシロウとの間で、いくらでも同様の現象が起きていたはず。
何より、それでは転移者同士が近くにいたなら、簡単に互いを強化しあえる事になる。
そして、その引き金が両者の反感なら、いがみ合いを増長させているようである。
それでは、運命の女神様から聞いた話しとの間に、大きな齟齬が生まれる。
運命の女神様は、転移者同士の争いを望んではいなかった。
その証拠に、同じ宝玉を分けた転移者同士による『同郷殺し』の危険性を訴えている。
同じ宝玉のカケラを持つ転移者を殺害した事を指す『同郷殺し』。
自分達の場合は『紅玉』が、このグループを形成している核となっている。
そして、このグループ内で『同郷殺し』が発生した場合、全員が、その影響を受ける。
これが【連帯責任の呪縛】と言われる転移者が抱えている問題点。
『同級殺し』は宝玉のカケラに変調をきたし、『逸脱者』と呼ばれる存在となる。
そして始祖の逸脱者となった者は、宝玉のカケラを通して他者を変質させる存在。
このような経路で、転移者に異常が現れて変質していく事を『エラント化』と言った。
この影響は、始祖の逸脱者を討伐しない限り終息しない、と説明されている。
ゆえに──
「この現象は、逸脱者の出現だと考えるのが、妥当だろう」
収束すべき結論を導いたコウヤの言葉が、ハツカの中に嫌な浸透をしていく。
「一体誰が、そのような愚行を……」
少なくともハツカとコウヤは、ルネや子猫達によって、身の潔白を証明出来る。
しかし、単独行動をとっていた者には、到底、逸脱者で無い証明など出来ようがない。
「これは、シロウを発見した時に、覚悟をしておく必要が出てきたな」
つまり、この場合は、シロウが、それに該当する。
「コウヤさん、それは、どう言う事ですか?」
ルネは、コウヤが突然、眉を寄せて考え出した事に不安を抱える。
しかし、コウヤは明確な答えを避け、ハツカは深刻な表情を浮かべた。
それによって疎外感を感じたルネが、再度、コウヤに問い直す。
そこでコウヤは、語るべきか逡巡したのち、重い口を開いた。
「場合によっては、虫の知らせ、と言う事も有り得る、と言う話だ」
「えっ?」
「……」
コウヤの言葉に、ルネは思考を停止させ、ハツカは表情を強張らせた。
「コウヤ、この地に私達三人以外にも転移者がいるとでも?」
ハツカは現状から、その考えが、かなり低いものだと考える。
「確かにそうだな、国境が封鎖されていた以上、可能性は低い。だが、絶対ではない」
ゆえに、コウヤはシロウが逸脱者になった場合と、その逆の場合を想定した。
「とにかく、まずは黒爪狼からは手を引いてもらいます。構いませんね」
ハツカは、ルネが黒爪狼に悪感情を抱いていない事を知り、強気に出る。
コウヤと子猫達には、思う所があるだろうが、積極的に動く気配は無い。
それは、交戦中と目されるセンの実力を疑っていない事が大きな要因だろう。
ゆえにハツカは、そのセンを説き伏せ、抑える事が出来れば、場は収まる、と考えた。
ハツカは、菟糸の探知範囲から消えた黒爪狼を追う為、行動に移る。
「待て、ハツカ」
そこに、再びコウヤの「待った」が掛かる。
先を急ぎたいハツカにとって、それはもう邪魔以外の何者でもなかった。
ハツカは、黒爪狼の位置を見失っている。
いまから黒爪狼の下へと向かう為には、まず探知範囲に再び捉えなければならない。
ゆえに、有効範囲内に入るまで接近しなければならなかった。
そして、そこにはセンの実力の問題も絡む。
センの実力が、黒爪狼を圧倒するようなものであるのなら、時間との勝負となる。
黒爪狼がセンに倒される前に、なんとかして止めに入らなければならない。
ゆえに、ハツカは、その焦燥感から、コウヤの制止を振り切る。
「ハツカ、おまえ、黒爪狼を見失っているのか?」
「えっ?」
つもりだったのだが、コウヤから掛けられた思いがけない言葉よって足を止められた。
 




