082.ハンゴウ炊飯
◇◇◇◇◇
「シロさん、なんて事をしているんですか!」
キャンプの話を聞いたルネが、シロウのとんでもない行動に声を荒げた。
「いや、俺達の所では、トイレの近くの水でも、それほど不衛生じゃないからな?」
「同意出来ませんね」
「シロウの言い分も分からなくはないが、自分がやられた時の事を考えたらアウトだ」
「え~、なんでだよ~」
「キャハハ、キャハハ!」
ウェキミラ邸で、国境越えの準備をしながらしていたバカ話。
そのあまりにもな内容に、ハツカもシロウの事を軽蔑した。
「ただ、ハンゴウには、ちゃんと米や水を測る目盛りが付いていたらしいんだよ」
シロウは、あとで知ったと言うハンゴウの使い方を教える。
ハンゴウでの米の量を測る時はフタを使う。
外フタに隙間無く一杯になる量が、米三合。
内フタに隙間無く一杯になる量が、米二合。それが二杯で、米四合となる。
炊く時の水の量は、ハンゴウの内側にある二つの目盛りで測る。
高い位置にあるのが、四号炊きの水量の位置。
低い位置にあるのが、二合炊きの水量の位置。
三合炊きする場合は、二つの目盛りの中間に水量を調整して炊く。
「まぁ、俺は面倒くさいんで、手で測るのが一番だと思うけどな」
それで通用した、と言う実体験からなのだろう。
やっぱり米が欲しくなった、と言って持って行く食料に追加しようとしていた。
「気持ちは分からなくもないが、米なんて炊いている時間は無いと思うぞ」
「あと、火から降ろした後にハンゴウを引っくり返すとか、いろいろあったかと……」
だが、それをコウヤが却下し、ハツカも煩わしさから拒否する。
二人とも、どう考えても、それが現実的だろう、と考えての判断だった。
シロウは、ナベさえあれば炊けるだろ、と粘ったが、今回は見送らせた。
そのあとも、ソーメンなどの乾麺があればなぁ、とボヤく。
あれらは時間は掛かるが、水でも普通に戻せるんだぞ、と言って……
だが、【この話には注意が必要である】
パスタやソーメンなどは水で戻しただけだと、生の状態となる。
この生の状態とは、主成分である小麦粉などと水を捏ね合わせた状態。
一見すると、ただの粉末と水なのだが、この小麦粉と米を入れ替えて考えてみる。
小麦粉も米も、その主成分の七割はデンプンである。
そして、米を想像してもらえば分かるように、生の米とは、石のように固い。
その米を炊飯器の釜の中で研げば、次第に内側のテフロン加工が傷つき剥がれていく。
米を『洗う』とは言わず、『研ぐ』と表現する日本語の意味を考えて欲しい。
この行為とは、釜に砂利を擦り付けているようなものなのである。
固い生米を砕いて飲み込んだとして、消化、吸収がされない事は想像に難くないはず。
つまり、生の状態の麺も、そのまま食べるとお腹を壊す物体なのだ。
パンも米も、生で食べず、必ず加熱した状態で食べられている事を忘れてはならない。
そして、水で戻した麺を食べるなら、加熱する必要があった。
シロウが言っているのも、単純に乾燥状態から生に戻せる、と言う点だけである。
ただ、水で戻しただけでも食べられる物は存在する。
それは、加熱処理後に乾燥させられている類のカップ麺や袋即席麺などである。
これらなら、水を入れて、長めの時間を置く事で食べる事が可能である。
それらの違いを理解せずに、この行為を実行すると、お腹が痛い目にあってしまう。
ともあれ、ハツカは、そんな話を聞かされてウンザリする。
手元に無い物の話を、いつまでするのだろうか、と思うのであった。
◇◇◇◇◇
「あの時に、米を仕入れておけば良かったですね」
ハツカは、焼き上げたステーキと野菜炒めを前にして後悔する。
シロウが言ったような方法で良いのなら、やる事は単純である。
おそらくは、ハツカにも米を炊く事は出来たであろう。
しかしながら、あの時のハツカは、とにかく面倒くさがった。
出来上がったものが、お粥やおコゲ、はたまた芯が残った物になる事を嫌った。
時間をかけて作った物が残念な物となり、それを口にする事を拒んだ。
その心の機微が、いまのハツカの食事に反映されてしまう。
「まぁ、これはこれで良しとしましょう。いただきます」
一口大に切り分けたステーキを改めて口に運ぶ。
本来は、ミディアムレアを好むハツカだが、いま口にしているのはウェルダンである。
完全に火加減の調整を見過ごした、良く焼けた状態の肉。
だがハツカは、生焼けや炭にさえなっていなければ良し、と言う心境だった。
少なくとも、この世界の肉をレアで食べたいとは思っていない。
ハツカは、身体強化の恩恵を受けている転移者である。
しかしながら、その効果が、食中毒などに対しても有効なのかは分からない。
ゆえに、衛生管理の考えが希薄な世界の肉を 半端な火通しで食べる勇気は無かった。
焼き過ぎ感がある肉は少々固い。そして、噛み切れない。
それは、筋切りなどの下ごしらえがしてないのだから当然の結果。
味付けも塩のみだが、ハツカは、元々シンプルな味を好んでいるので問題ない。
むしろ、空腹に勝る調味料は無い、と言われる意味を実感しつつ、満足していた。
昨晩と違い、コソコソとする必要が無くなったので、ハツカは気楽に食事を取る。
しかしながら途中から、その空気が悪くなっていった。
「もしかして、アナタも食べたいのですか?」
そう、黒爪狼が、食事を始めたハツカの方を、ずっと見ていたのだ。
それに気づくと、どうにも食べづらくなってくる。
まるで、自分だけが食事をしている事を責められているような気になっていった。
ゆえに、ちょっとした気まぐれで、黒爪狼に訊ねた。
すると黒爪狼は、顔を背けて応えた。
よほどプライドが高いのだろう。素直に欲しい、と言う態度を見せない。
ただ、ステーキのニオイに反応して、鼻をヒクヒクさせているので興味はあるようだ。
ハツカは、その姿を妙に、いじらしく感じてしまった。
「助けてもらいましたし、これは、そのお礼です」
黒爪狼が、空腹で襲ってこないとも限らないので、ステーキを取り分けて提供する。
最初、黒爪狼は皿に乗せられたステーキを警戒するような素振りを見せた。
しかしながら、その一部を切り分けて食べて見せると、そのあとは黙々と食べ始めた。
「そう言えば、魔物を何匹も倒していたのに、全く手をつけていませんでしたね?」
黒爪狼が倒した魔物とは、基本的に襲って来た者のみである。
そして、その亡骸は積み上げられ、いまは黒爪狼の拠点を形成する礎となっていた。
また、黒爪狼が口にしていたものと言えば、目にした限りでは薬草類のみ。
その為、黒爪狼の食性は不明のままとなっていたのである。
「まさか、その姿で草食だったと言う事はないですよね?」
もしそうだったのなら、肉の味を覚えさせてしまったハツカの行為は最悪である。
嫌な汗が流れるのを感じるハツカだったが、黒爪狼は首を左右に振って否定した。
この事によって、黒爪狼が人間の言葉を理解している事が確定する。
そして、余計な責任を背負わずに済んだ事にホッと胸を撫で下ろした。
その後、ハツカは、大人しく食事に戻る。
その傍らで黒爪狼は、体力の回復を図るように再び目を閉じ、地に伏せた。
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