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081.野外炊飯

「いえ、そう簡単に思い込むのは良くありませんね」


 ハツカは、どうにも抜け切れていない平和ボケ的な自分の思考を訂正する。

 そして、黒爪狼が考えを変えて襲って来ない事を祈り、足を引きずって洞穴へと戻る。


 入り口まで戻ると、マジックバックから回復薬(ポーション)を取り出して足の治療にあてる。

 ついでに、もう遠慮する事は無いだろう、と火を起こして、お湯を沸かした。


 早朝の肌寒い中での、水を使った清拭(せいしき)を嫌ったがゆえの待ち時間。

 岩鼠の返り血で汚れたローブを脱ぎ、身体に付いた血も軽く落としていく。

 ベタつく粘液と鉄のニオイが、頭をクラクラさせる。


 髪に付いた血は、やはりなかなか落ちない。

 そうして、ついついボヤいていると、お湯が沸騰した。

 お湯に水を()して温度を調整すると、改めて清拭で汚れを落としていく。


 湯の香りと(ぬく)もりが、心身に染み渡り、癒される。

 心底、お風呂に入りたい、と言う思いが(つの)るも、この一時の幸福感を享受する。


 人心地(ひとごこち)ついて落ち着いた所で、今度は空腹を感じ始める。

 人間の身体とは現金なものだった。


 身体が求める欲求を満たす為に、朝食を取る事にする。


「普通に、お肉が食べたいですね」


 岩鼠に受けた負傷で血を流した事で、身体が肉を欲している。

 と言う言い訳の下、ハツカは朝からガッツリと自分の欲求を満たしにいく。


 マジックバックにある肉を取り出して、厚切りにして切る。

 そして、温めておいたフライパンに、そのまま乗せて片面を焼いていった。


 先に油を引く訳でもなく、ただただ肉を乗せて焼いているだけの調理。

 それは、調理と呼ぶには、おこがましい行為であった。


 ゆえに、当然のように肉は丸まっていき、フライパンにも引っ付いてしまう。

 だが、ハツカは、そんな事など、お構い無しだ。


 肉の下ごしらえには、(スジ)切り、と言うものがある。

 それは、赤身と脂肪の境にある筋に包丁を刺すようにして切っておく処理の事。

 そうする事で、肉を焼いた時に丸まったり縮んだりするのを防げる。

 また、別の方法として、サイコロ状に切って焼く事で、これを回避する事も出来る。


 ……のだが、ハツカは特に気にしない、と言うか、その事に頭が回っていない。

 豪快と言えば、多少は聞こえが良いが、ハッキリ言って雑である。


 その後、ハツカはフライパンに付いた肉を強引に剥がして、反対の面を焼いていく。

 これで、一品完成である。


 それでも、マジックバックによって鮮度が保たれていた肉は、十分なご馳走と化した。

 (あふ)れる肉汁を(したた)らせ、焼けた肉の香りが鼻腔(びこう)をくすぐる。

 ハツカは、食欲を掻き立てられ、一口だけつまみ食いをしてから皿に取り分けた。


 その後、フライパンに残っている肉汁を使って、適当に切った野菜を炒めていく。

 とは言っても、肉汁の油の量が多い為、余計な油を横に()けてから。

 肉汁の旨味が加わるとは言え、さすがに油まみれの野菜を食べたいとは思わない。

 そして、どちらの味付けも、こだわりの塩のみとなっていた。


 それは、味を調(ととの)えるセンスが、壊滅的な事を自覚しているがゆえの調理放棄。

 この状況下においてハツカは、食料を台無しにしない、と言う正しい選択をしていた。


「こうなると、お米が食べたいですね」


 この世界にも米はあるが、携帯食として持って来ていたのはパンであった。


 それは、基本的にルネが料理を担当していた事と、パンが主食の文化圏だったから。

 なにより、ハツカは電気炊飯器の無い状態での米の炊き方を知らない。

 ゆえに、手軽に手に入らないなら、と諦め、自分で米を炊こうとは考えなかった。

 そのツケが、いまになってハツカを後悔させる。


「こう言うのは、なにかとシロウが得意なんですよね」


 ハツカは、以前にシロウが語った林間学校でのキャンプの話を思い出していた。


 ◇◇◇◇◇


「先生、ハンゴウで米を炊く時の水の量って、どれくらいですか?」


 シロウは、同じ班となった友人と共に、引率の男性教師に訊ねていた。


 高校生となって始めての夏に行われた林間学校。

 役割分担で米炊きを任されたシロウだったが、ハンゴウの使い方が分からない。

 小中学校の林間学校では、教師に教えられて使った記憶はある。

 しかしながら、もう忘却の彼方(かなた)の出来事であった。


 それは隣に立っている無口な友人も同じ。

 ゆえに、近くにいた引率の教師に訊ねに行ったのだが……


「それを含めて勉強だ。自分達で考えなさい」


 と放り出された。

 さすがは現国の教師だ。(べん)が立つ。つまりは、使い方を知らないらしい。


 他の班は、キャンプ場の炊事場で次々と食事の準備を進めている。

 その中でも、水場は長蛇の列と化していた。

 米を研ぐにしろ、カレーを作るにしろ、まずは水の確保から。

 もう、この長蛇は、起こるべくして起きた今回のメインイベントの一つであった。


 完全に出遅れたシロウ達は、困りながらも思案する。


 こうなると、キャンプだからカレーを作る、と考えていた自分達の愚かさが痛い。


 ちなみに隣の班は、最初の段階から米を炊く事を放棄していた。

 彼らは、お湯を沸かすと、用意してきた食材をバックから取り出す。

 そして今晩の夕食となるソーメンを茹で始めた。コイツら天才である。


 今晩と明日さえ乗り切れば良いのだから、下手な冒険をする必要は無かったのだ。


 シロウは、後悔しつつ、この難問を解決すべく思案する。


「要するに、炊飯器での水の分量と同じと考えても良いんだよな?」


 隣に立っている友人は、ただ(うなず)いて応えるのみ。

 一応、同意が得られたと解釈したシロウは、長蛇の列を無視して別の場所に向かった。

 隣にいた友人は、訳も分からずシロウについて行く。


 そこは、長蛇の水場から離れた別の水場。

 ここには、他の班は近づいていない。


 シロウは、その穴場の水で米を研ぎ、ハンゴウに米と水を入れていく。


 シロウは、ハンゴウの使い方は知らなかったが、米の水量の測り方は知っていた。

 ただ、それは炊飯器を使った場合の測り方。

 シロウは、炊飯器でなら、内釜に付いている目盛りを見ずに、水の分量を測れた。


 その方法とは、

『平らにならした米の表面に、手の平を片方入れて、手の甲が隠れるまで水を入れる』

 と言うものである。


 つまりは、片手分の体積の水を上乗せする、と言う事になる。

 もちろん、その時は、内釜を平らな場所に置いた状態で計測する。


 これがシロウが祖母から教わった『おばあちゃんの知恵袋』であった。


 それが、ハンゴウに適応した方法なのかは分からなかったが、シロウは実行する。

 多少のサジ加減の違いは出ても、極端に柔らかすぎたり固すぎたりはしないだろう。


 そう言った思惑の下で、シロウと友人は準備を進める。


 そうして作った二つのハンゴウ。

 しかし、班に戻る前に振り向いた時、友人はハンゴウを傾けて水を減らしていた。

 彼にとっては、水の分量が多すぎる、と感じたのだろう。


 だが、シロウは、その行為を意図的に見逃した。

 怒りもしなければ、(たしな)めもしない。

 二つのハンゴウに違いが出来たが、どちらかが上手くいけば良い、と考えた。


 そして友人には、一言だけ言って聞かせた。


「ここを使った事は、みんなにはナイショな」


 友人は、コクリ、と(うなず)いた。

 こうしてシロウは、共犯者と共に、トイレの手洗い場から、みんなの下へと戻った。


 こうして炊き上がった白米は、二つの結果をもたらす。


 一つは、ふっくらと仕上がったシロウのハンゴウのもの。

 一つは、カッチカチの芯が残った友人のハンゴウのもの。


「なんで片方だけ、こんな事になってるんだよ!」

「さぁ? 俺は、同じように作ったんだけどなぁ」


 班のリーダーに責められたが、シロウは事実のみを答える。

 上手く炊けなかった要因には、火加減や途中でフタを開けたなどの要素も考えられる。

 事実、片方は上手く仕上がっているのだ。

 班の他の人間の介入だって考えられる。


 ゆえにシロウは、無口な友人が片方の水を捨てて水量を減らしていた事実を伝えない。

 その代わりに、どこの水を使ったか、を完全に黙殺させた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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