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078.夕暮れ

 ◇◇◇◇◇


「クシュン」


 再び目を覚ました時、焚き火が消えて真っ暗になっていた。


着火(イグニッション)』の魔法を使い、手早く入り口の方向を確認する。

 一眠りして落ち着いた事で、寝る前の不安が希薄となり、歩みに(よど)みがなくなる。


 入り口の垂れ幕をくぐり、外に出ると、いつの間にか日が暮れて薄暗くなっていた。

 焚き火の最初の焚き付けに使う枯れ葉を手に入れようと、周囲を見渡す。

 そして、百二足(ヒャクニ)の亡骸がある事に気づいて驚いた。


「そう言えば、なぜか私の隣で倒されていましたね」


 真っ二つにされて倒されている事から、シリィがやったものなのかもしれない。

 しかし、その割りには、切断面が、かなり粗かった。

 

 ハツカの燕麦の防御障壁を貫いた『背通しの巨槌(ヴォーパルハンマー)』では、こうはならない。

 剣による斬撃なら、切断面が粗すぎる。

 力任せに、へし折ったような痕跡が、別物の仕業であるように感じられる。


「他にも何かが潜んでいる、と言う事ですか……」


 ハツカは、身の危険を感じ、手早く焚き付けを集めて回った。

 洞穴を隠蔽している枝葉の下に落ちている小枝を、手当たり次第に集める。

 本来は枯れ枝を集めるものだが、いまのハツカに、そのように選んでいる余裕は無い。

 生木も、焚き火の横に置いておけば、多少は乾燥する。

 後々の為にも、これらを回収して、洞穴へと戻──


【パキッ】


 背後で何かが折れたような音がした。


 焚き火の火の粉の音に驚いた時と同様にハツカの鼓動が跳ね上がる。

 ハツカは、ゆっくりと振り返り、音がした方向を(うかが)う。

 だが、そこには亡骸となっている百二足の姿しか確認がとれない。


 息を潜ませ、耳を澄ます。

 しかし、辺りは静寂を保ち、何事もなかったかのように時間が過ぎていく。


「……本当に(あき)れますね」


 ハツカは、自身の滑稽(こっけい)さを笑う。

 前日までには考えられなかった、自身の醜態(しゅうたい)

 あんな些細な物音にすら、ビクビクとしてしまう事に、心底、自分を卑下(ひげ)した。


「もう亡骸となっている百二足が動くはずも無いのですから……」


【ガサッ】


 そう思い直した直後、再び何かが動く気配がした。


 一度なら思い過ごしかと考えられるが、それが二度続くと偶然とは思えない。

 ハツカは改めて、音がした百二足を凝視する。


 すると、先程までは死角となって気づかなかった影の存在に気づいた。

 それは、一見して人間のように見えた。


 この地にいる人間となると、ハツカ達とザムザ達、そしてシリィが考えられる。

 ゆえに、この場合は圧倒的に敵対者である可能性が高い。

 ハツカは、落ち着いて相手の素性を確認すべく、身を潜めながら様子を覗う。


 こちらも百二足の死角を利用して、奥の様子を探る。

 そこでハツカは息を()んだ。


(なぜ、ここに『黒爪狼(ブラッククロー)』が、いるのですか!)


 最悪の存在との邂逅(かいこう)に、ハツカは慌てて口元を押さえる。

 百二足の亡骸の下で、黒爪狼は、何かを口に含み咀嚼(そしゃく)していた。

 その姿を目の当たりにしたハツカは、自身が食べられる未来を想像して恐怖する。


(なぜ、菟糸は黒爪狼の接近を探知していないのですか!)


 黒爪狼に気づかれまいと、声を押さえ込んだハツカ。

 しかしながら、完全にパニック状態となっていた。


 ハツカは、宝具が使えない状態である事を完全に失念している。

 いままで当たり前のように開示されていた情報。

 それを制限されたからこそ、あれほど不安に駆られていたと言うのに……


 ハツカは、咄嗟に菟糸を展開しようとする。

 しかしながら、それが出来ないと、この時になって再認した。


(そうでした、いまは宝具が使えないのでした)


 ハツカは、現実を突きつけられて、少しづつ状況を理解する。


 昨晩、子猫達(ネコレンジャー)は、この近くで黒爪狼を見失った、と言っていた。

 そして、亡骸となっている、あの百二足の状態。

 あれは、シリィではなく、黒爪狼に倒されたものだったのではないか?


 そう考えると、シリィが自分にトドメを刺さなかったのは、刺せなかったから……

 自分を刺す前に、シリィと黒爪狼との間で交戦が始まったからではないだろうか?


 黒爪狼とシリィとの決着が、どのように着いたかは分からない。

 しかし、黒爪狼の方も、かなり負傷していた。


 ハツカは、ゆっくりと洞穴に向かって後退しながら、大よその経緯を推測する。


(黒爪狼は、自分が仕留めた獲物の回収に戻って来たのでしょうか?)


 ハツカは、洞穴に退避すると、百二足の近くにいる黒爪狼を監視下に置く。


 陽が沈み、月明かりのみの世界がやってくる。


 ハツカは、その月明かりの恩恵を受ける事が許されない洞穴内で、暗闇と同化する。

 それは、黒爪狼が百二足の亡骸の下に陣取り、火を起こす事が許されなかったから。

 下手な物音を立てれば、黒爪狼に気づかれる。

 気づかれて戦闘になれば、宝具が使えないハツカでは、一方的に蹂躙(じゅうりん)されてしまう。


 そして、それは火だけに留まらない。

 マジックバックから食料を取り出そうにも、ニオイで気づかれる恐れがある。

 何が切っ掛けで気づかれるか分からない以上、下手な行動を起こせなくなっていた。


「(異世界に来てまでダイエットしたいとは思わなかったのですが……)」


 一日くらいなら問題ない、と思いながら壁にもたれ掛かる。


 黒爪狼によって身動きが取れなくなってしまったが、これはこれで良い面もあった。


【キー、キー】


 甲高い鳴き声が響き、次々と消えて行く。

 この洞穴を住処としていた元住人の岩鼠(ロックチャック)が、黒爪狼に倒されていく。


 長期出張から帰って来たと思われる元住人。

 彼らは、夜間遅くに帰宅した途端(とたん)、通り魔に襲われて土に還っていった。

 最新の防犯警備(セキュリティ)に守られた住居と考えれば、なかなかの物件である。


「(警備員が襲撃者(ストーカー)でなければ最高なのですが、ね)」


 黒爪狼が、岩鼠の排除で場を離れたのを見計らって食事に入る。

 とは言え、口に出来たのは水だけだったが、空腹を(まぎ)らわせる事は出来た。


 黒爪狼が、岩鼠を退けて、再び百二足の亡骸の下に戻って陣取る。

 どうやら百二足の亡骸を一種の防壁として、拠点としているようだ。

 百二足の足の鋭い爪を外側に向け、馬防柵のようにしている。


 黒爪狼自身にも無数に刻み込んだ武装を、いまは身を守る道具として利用している。

 その知能の高さに、ハツカは、ますます警戒心を高めた。


 だが、圧倒的な力を持つ魔物、と言う訳でもない事が見えてくる。

 群がって来る魔物の襲撃を撃退しているも、徐々に弱っていっているのが分かる。


 その要因と思われるのが、百二足の毒。

 話に聞いていた、人狼種特有の自然治癒能力が阻害されているように見える。


 おそらくは、黒爪狼の自然治癒能力には、解毒作用が備わっていない。

 その為、百二足による外傷と思われるものが、いつまで経っても残っていた。

 ここから予想されるのは、肉体の活性化と同時に、毒回りも促進されている可能性。


 その考えを補足したのが、黒爪狼が口にしていた物だった。


 黒爪狼を最初に見た時、何かを噛んでいた。

 当初は、それが百二足の一部だろうと思っていた。

 だが、それが植物を口に(くわ)えている姿だと確認が出来た事で、不思議に思い始める。


 犬が散歩中に道端の草を食べる、と言う話を聞いた事があった。

 その理由とされるものには、四つの説がある。


 1、お腹の調子が悪い時に、草を食べて嘔吐(おうと)する事でスッキリする為。

 2、ビタミンやミネラル、植物繊維を補給する為。

 3、何かを誤魔化す行為、および、気持ちを落ち着かせる為の行為。

 4、ただ単に食べたいから食べる、と言う嗜好品(しこうひん)


 つまり、ここで思い浮かんだのは、1の体調不良の改善としての摂取(せっしゅ)

 魔物も、解毒作用がある薬草類を利用している可能性であった。


 あまり聞いた事が無い、魔物の薬草利用の行動。

 しかしながら、知能が高い人狼種なら、十分に考えられる行動である。


 そしてそれは、黒爪狼の自然治癒能力に解毒作用が含まれていない事の証拠ともなる。


「(私の考えが正しければ、今晩を乗り越えれば助かるかもしれませんね)」


 ハツカは、黒爪狼の衰弱具合を見ながら、助かる可能性を見い出す。


 その後、黒爪狼は二度、魔物の襲撃を撃退する。

 黒爪狼の実力は、衰弱してもなお健在だった。

 近づく者は全員こうなる、と圧倒的な戦力を誇示して威嚇する。


 そして、自身の縄張りを主張する証のつもりなのだろうか。

 倒した魔物の亡骸を一箇所にまとめて積み上げていた。


 ハツカは、その不気味なオブジェに嫌悪感を抱く。

 しかし、他の魔物も同様の不気味さを感じ取ったのか、以降、近寄る者がいなくなる。

 自身の弱体化を晒す事なく、敵対者を退けた黒爪狼。


「(私が思っているよりも、はるかに手強い相手なのかもしれませんね)」


 ハツカは黒爪狼の事を、絶対に敵対したくは無い相手、として認識を更新した。


 静かに流れて行く夜間の空気。

 しかし、その静けさとは裏腹な緊張感に晒され続けたハツカは、疲弊していく。

 そして、肉体と精神に蓄積された疲労が限界に到達し、いつしか眠りについていた。

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