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071.真空収納

 ◇◇◇◇◇


「おれも、あれを見せられた時は、思わず二度見した」


 コウヤはルネの話を聞いて、アニィが大槌を振るっていた様子を思い出す。

 あれはまさに『モグラ叩き』のようだった、と付け加えて……


 話を聞いたハツカは、喜々として岩鼠を叩いているアニィの姿を想像する。

 それは、あまりにも容易に思い浮かべる事が出来た光景。


 と同時に、ハツカは戦闘状態だった時に聞こえたアニィの笑い声を思い出す。


 あれこそが、モグラ叩きに熱狂していたアニィのものだったのだろう。

 そう考えると、その声で正気を取り戻したハツカも、ヤバイ精神状態だったと言える。


 必死だったとは言え、追い詰められすぎて、視野が狭くなっていた。

 それでも生き残れたのは、敵の侵入路を一つに絞っていたおかげ。

 そして、ハツカの周囲に、新たな通路が開通しなかった幸運である。


 事態が、一つ掛け違っていれば、アッサリと潰されていただろう。

 その事を視野に入れないで思考を放棄して戦っていた(あや)うさ。

 ハツカは、 自身の幸運よりも、その迂闊(うかつ)さ自覚させられていた。


「それにしても、本当にアニィが、そんな重そうな物を振り回していたのですか?」


 それとは別に、二人から話を聞いて、どうにも気になる点が、もう一つあった。

 それは、アニィが大きなハンマーを振り回していた、と言う事実。

 想像の上では、コミカルに浮かぶ光景も、実際の現象としては、やはり疑問に思う。

 だから、それを普通に言葉に出して聞き直していた。


「コレは、別に重くないのにゃ!(あせあせ)」


 ハツカが不思議に思っていると、アニィが無造作に真空収納(バキューム)から大槌を取り出した。

 そこから、軽がると放り投げられる大槌。

 それは地面に落ちると、カラン、と中身の無い音を立てて転がった。


「えっ? いまのはなんですか?」

「……本当に軽いですね」

「そんな物で、どうやって岩鼠の頭をカチ割っていた?」


 その軽い音を聞いたルネが、理解が追いつかずに困惑する。

 そして、大槌を拾い上げたハツカが漏らした言葉を聞いて、コウヤも疑念を持った。


「当たる瞬間に、空になっているハンマーに魔法で岩を出していたにゃ!(あせあせ)」


 アニィが『落岩石(ロックフォール)』と呼んだもの。

 それは正しくは戦技ではなく、魔法だった事が判明する。


「要するに、ケンカの時に石を握って殴ると威力が上がるようなものか」

「はぁ……そう言うものなのですか?」

「コウヤ……冒険者になる前(転移前)は、そんな事をしていたのですか?」

「これも一種のタネ明かしだ。知識として知っていただけで、やった事はない」


 アニィとコウヤの説明によって、アニィのトリック攻撃の全貌(ぜんぼう)が明らかになる。


 確かに、この攻撃なら洞穴と言う限定空間においても有効な攻撃手段となる。

 しかし、それを実行しようとすれば、膨大な魔力と魔力制御も必要とされる。


 それは、一撃ごとに岩の出現と消失を制御しなければならないからだ。

 タネと仕掛けが分かっても、誰にでも出来る方法ではない。

 ある意味、潤沢(じゅんたく)な魔力を持つアニィだからこそ出来た、遊び心満載の攻撃であった。

 そして──


「『吸引(サクション)』!(あせあせ)」


 アニィは、引き寄せ魔法『吸引(サクション)』を使って岩鼠を『真空収納(バキューム)』に回収しようと(こころ)みる。


 最初は、微風ほどしかなかった『吸引』の力。

 しかしながら、その勢いは、徐々に加速して威力を高めていく。

 そしてついには、その強力な吸引力をもって、散乱していた岩鼠を引き寄せ始めた。


 『真空収納』に吸い寄せられていく岩鼠の亡骸達。

 それはさながら、掃除機でゴミを吸い込んでいるかのような光景であった。


 異空間収納の一種であるアニィの真空収納。

 そこに岩鼠達が次々と収納されていく。

 それは、魔物の回収作業を容易にする、と言う一点において、革新的な魔法であった。


「きゃーっ、アニィさん、いきなり何をするんですか!」

「ルネ、どこにでも良いので、何かに、しがみ付きなさい!」

「なぜ、この魔法の組み合わせを選択した!」


 ──が、その吸引対象は、なにも魔物の亡骸だけに限らなかった。


 ここは、洞穴と言う限定空間。

 それを考慮して使ったアニィの『落岩石』は、素晴らしい魔法だった。

 しかし、この魔法には、その配慮が一切ない。

 効果範囲内にいたハツカ達も、当然のように真空収納へと引き寄せられていった。


「てへっ(あせ) うっかりさんなのにゃ!(あせあせ)」


 そして当然のようにアニィも巻き込まれて、真っ先に真空収納に吸い込まれていった。


「本当に何をやっているんですか!」


 ハツカが、菟糸でアニィを簀巻(すま)き状態にして捕まえ、真空収納から引きずり出す。

 これが、ミィラスラ王国が恐れる恐怖の一角なのである。

 ここだけを見れば、とてもそうだとは思えないマヌケな所業(しょぎょう)であった。


 加速し続ける『吸引』の効果。

 その吸引力は、更に勢いを増していく。


「わぁーっ!」

「一体、なんなのにゃ!」

「今度は横に落ちるにゃー!」

「みんなと一緒に、空中遊泳にゃ~」

「ぶっとび~」


 そして唐突に、ネコレンジャーが岩鼠に(まぎ)れて、ハツカ達の目の前を流れて行った。


「なんでアナタ達まで吸い込まれているんです!」

「おまえ達、黒爪狼(ブラッククロー)を追っていたんじゃなかったのか!」

「この近くで見失ったのにゃ~」

「そんな事はどうでも良いですから、助けてあげてくださーい!」


 ツッコミどころが追いつかない。

 ハツカは、アニィを手元に引き寄せると同時に、ネコレンジャーにも菟糸を伸ばす。

 その間にルネ達が吸い込まれないようにと、同じく確保して近くまで引き寄せていた。


 ハツカの菟糸は、宝鎖と呼ばれる鎖の宝具。

 その仕様は、最大で50メートルまで伸ばせる遠隔使用が可能な武器。


 しかしながら、その射程距離は、出現させている宝鎖全てで共有される距離。

 つまり一本のみでも、複数使用してでも、その総長は同じ50メートル。

 一本目が10メートル使用していれば、残りは40メートルまでしか伸ばせない。


 ゆえにネコレンジャーの救助の為に、ルネ達を近くまで引き寄せておく必要があった。


 この咄嗟(とっさ)の判断は、ジャガランテ戦以降、試行錯誤を繰り返していた経験の賜物(たまもの)


 この時すでに、アニィ達の確保の為に、使える菟糸の射程は半分ほどしかなかった。

 しかしながら、使用中の菟糸を引き寄せ、一本に絞った菟糸を放つ事で距離を稼ぐ。


 この時点で伸ばせたのは、距離にして30メートル強。

 そこで、かろうじてネコイエローの手に菟糸が届いた。

 そこからは、羽靴(エリアルシューズ)で飛行していたネコイエローが、他の子猫達の下へと向かう。


 本来ならアニィ同様に菟糸を身体に巻いて固定したかったが、いまはその余裕が無い。


 この間にアニィが『吸引(サクション)』の魔法を解除していたが、その効果は(いま)だに顕在(けんざい)

 その効果と威力は、一瞬にして消失するものではなかった。


 思い返してみれば、『吸引』の初動も、徐々に威力を高めていく仕様だった。

 同じ魔法のオンとオフなのだから、その作用も同じだったようだ。

 言うなれば、扇風機のファンをオフにしても、惰性で回転しているようなもの。


『吸引』の減衰率(げんすいりつ)が、どの程度のものかが分からない以上、悠長(ゆうちょう)にはしていられない。


 そんな中、ネコイエローが奮起した。

 羽靴で飛行して、他の子猫達の下まで菟糸を引っ張っていき掴ませて回る。

 ハツカも、可能な限りアニィ達を引き寄せて射程距離の確保に走る。


 こうして、ハツカとネコイエローの機転で、菟糸を掴ませる所までは持っていった。


「ルネ、コウヤ、すみませんが私の身体を支えて下さい」


 ハツカは、二人もすでに体力の限界に達している事は分かっていた。

 しかしながら、この場においては、もう頼らざるを得なかった。


「分かりました」

「アニィも手伝え、ネコの手も無いよりマシだ」

「アイアイサー!(あせあせ)」


 そこからは『吸引』の効果が切れるまでの我慢比べとなった。

 すでにハツカには、子猫達を引っ張り上げるだけの力は残されていなかった。

 それはそうだろう。岩鼠達との連戦を経た上での大量の救助劇である。

 ハツカは、いま出現させている菟糸を維持する事のみで精一杯となっていた。

 

 それから、どれくらいの時間を、こうしていたのだろう。

 ハツカは、もう時間の感覚が分からなくなっていた。


 ただ、最後に覚えているのは、無事に子猫達を引き上げてルネが振り向いてきた姿。

 そして、救助が遅れていれば、子猫達が無事では済まなかっただろう、と言う事。


 ハツカの宝鎖運用とネコイエローの機転、そして最後に支えてくれたルネ達。

 その協力があったからこそ、この救出劇は実を結んだ。


 そう感じて安堵した瞬間、ハツカの意識が遠退く。


 ともあれ、危うく全滅の危機に(おちい)ったが、こうして幸運にも全員が生還した。

 しかしながら、その代償として、生も根も使い果たしたハツカが昏倒(こんとう)する。


 ここに(いた)り、ついにパーティの戦力は底をついてしまった。

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