表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/285

007.野蛮な羊

 商隊は身軽な人が歩く速度より、わずかに速い速度で街道を進む。

 シロウ達は揺られながら景色を眺め、会話を交わし、馬車の中で携帯食で昼食を取る。


 日差しを遮る馬車の天幕の下で、心地良い風が適度に流れて行く。

 ファロスは、そんな昼寝に最適な環境を満喫していた。

 その間近でシロウ達は、地獄の苦しみを味わう。


「ぎ、ぎもぢ、わる……い……」


「……」


「シロさん、ハツカさん、大丈夫ですかっ!」


 シロウ達は、思いっきり乗り物酔いを起していた。


「ナメていた。この程度の揺れなら我慢出来ると思っていたけど甘かった……」


「……」


 シロウ達以外の同行者達の中にも、気分を悪くしている者はいた。

 しかし、明らかにシロウとハツカの症状が重かった。

 それは、現代社会の自動車の揺れの少なさに慣れていたがゆえの弊害。

 この世界の住人に比べて、圧倒的に馬車への耐性が低くなっていた。


 馬車は、それほど速いとは思われない速度で進んで行く。

 しかし、それなりに整備された街道とは言え、やはり路面は荒れている。

 不意に起こる予想外の方向からの揺れが、シロウ達を容赦なく追い込んでいった。

  

「ファロスさん、起きて下さい。シロさん達が大変なんです」


 ルネが、乗り物酔いを起しているシロウ達並に、顔を青ざめさせて兄弟子にすがる。

 ファロスは休息から目覚めると、シロウ達を一瞥して症状を把握する。

 そしてアッサリとした感じで、ルネに診断結果を伝えた。


「ははは、初めて馬車に乗った者に、たまによくある症状ですね」


「たまによくあるとは、どう言う事ですか?」


「要するに、よく分かってないのです。しかし、一晩休むと治る事が分かっています」


「ルネ、ファロスが言うように、これは時間が経てば治るから大丈夫だ」


「シロさん、どうしてそんな事が分かるんですか?」


「前に、これより軽いもので同じ症状になった事がある」


「そうなんですか?」


「だから夜の見張りは俺がやるから、馬車が野営地に入ったら少し休ませてもらう」


「わ、分かりました」


 シロウは、それだけ伝えると、背もたれに身体を預けて脱力した。

 ハツカも言葉を発する事無く、長時間揺られて蓄積された不快感に絶えている。

 ゆえにルネは、この場は自分が護衛の務めを果たさなければ、と強く思った。


【カン、カン、カン、カン、カァァァーーーーンッ!】


 その時、馬車の外から鐘を叩く音が鳴り響いた。


「えっ、なんです?」


「ははは、どうやら魔物の襲撃を知らせる合図のようですね」


「なんでこんな時に限って魔物が来るんですか!」


「ははは、魔物には、こちらの事情なんて関係ありませんからね」


 ルネの決意がアッサリと揺らぐ。

 

「何もこんなに急に、状況が変化しなくても良いじゃないですかぁ!」


「ははは、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。まずは商隊の護衛が対処してくれます」


「そ、そうですね。そうでした。そうなのです!」


 ルネが変な三段活用をしながら、冷静さを取り戻して商隊の護衛の様子を(うかが)う。

 どうやら商隊を襲撃して来た魔物は、野生の羊の群れらしい。

 

「ははは、どうやらバーバリアンシープの群れに見つかったようですね」


「ずいぶんと野蛮そうな名前のヒツジ……見た目にはヤギのように見えるのですが?」


 バーバリアンシープは、後ろに弧を描くように伸びた角を持つ魔物だった。

 一般的な羊のイメージとは違い、その体毛は茶色の短毛で覆われている。

 特に額部(ヒタイ)は分厚く固い毛皮で覆われていた。

 また、アゴから胸元、前足の付け根から半分ほどに長いタテガミが生えている。

 その姿は、あまりにもヤギに似ていた。

 その為、この魔物を誤認して被害にあう者が後を絶たない。


「ははは、ヒツジとヤギの特徴を持った魔物と言われていますからね」


 バーバリアンシープの肉や毛皮は、ヒツジ同様に、その良質さが重宝されている。

 また、オスの立派な角も、ヤギの角同様に高額で取り引きがされていた。

 そう言った見解からすれば、この魔物は美味しい狩猟ターゲットとなる。


「残念な点を挙げるなら、ヤギ同様に乳の出が悪い点でしょうかね」


「ファロスさん、今は、あの魔物を撃退する為に必要な事を教えて下さい」


「おっと失礼、そうですね、あの群れは、一匹のオスとメスの集団で行動します」


「つまり、群れのリーダーであるオスを撃退すれば良いんですね」


「いいえ、群れはメスがリーダーとなって行動しています」


「なんなんですか、その集団構成は! オスは何をやっているんですか?」


「オスは繁殖期になると他のオスと、メスとの繁殖権を賭けて争います」


「そ、それだけですか?」


「ははは、自然界の中では、よくある話しですよ」


「つまりオスを守って、群れを大きくしていくのがメスのリーダーの役目ですか?」


「ははは、上手い事を言いますね。あとはオスの示威(じい)行為の補佐でしょうか」


「示威行為ですか?」


「つまり、定期的にオスの強さを見せつけて、群れを(まと)め上げるているのです」


「なんだか、ものすごく男性を立てる良妻のようですね」


「ははは、そうですね。この襲撃されている状況がソレなのですが」


「えっ?」


「つまり、示威行為目的で馬車を襲撃して来るから『野蛮な羊(バーバリアンシープ)』なのです」


「ヒドイですぅ!」


 ルネは、その横暴さに悲鳴を上げた。


「ははは、本当に仲睦(なかむつ)まじい夫婦のような魔物ですよね」


「こんな殺伐とした仲睦(なかむつ)ましさが、あってたまりますかっ!」


 ルネはファロスの説明を聞いて嘆きながら、外の様子を覗う。

 魔物の数は、20頭と言った所。

 商隊の中心に位置する山積みの一番大きな馬車を目指していた。


 魔物は、縦長に伸びた商隊の横腹を突くように突撃する。

 しかも魔物達は、横並びに広がって突撃を仕掛けて来ていた。

 護衛団は、各自が受け持っている馬車を守る為に迎撃態勢に入る。


 襲撃者の習性から、護衛団はオスの標的にされる大型の馬車の応援に加わりたい。

 しかし、その思惑が分かっているのか、本命以外にも同時に攻撃が仕掛けられていた。


 群れのリーダーは、明らかに周囲の戦力の露払いを意図して馬車に戦力を送っている。

 全ては中央の大型の馬車に群れのボスを送り込み、その偉大さを示す為の郡行。

 各馬車に、一頭ないし二頭の魔物が怒涛の勢いで突貫する。


 ルネ達の馬車は、中央より後方に位置しており、一頭の魔物に狙われていた。

 ルネは自らの武器である長杖を持って馬車から飛び降りる。

 周囲の対応を参考にしようと様子を見ると、後方の馬車からトム達が出て来た。

 トムとヤンは剣を抜いて魔物を迎え撃つ体勢に入る。

 そこから一歩引いた位置に、ヨロヨロとした状態のイサオの姿があった。

 どうやら彼も、ハツカ達と同じ状態になっているようだった。


「おい、なんでテメェらは、一人しか出て来ねぇんだっ!」


 トムが、馬車からルネしか迎撃に出て来ていない事を目聡く突く。


「二人は戦える状態ではありません。そちらのイサオさんも同じなのではないですか?」


「ケッ、あの二人もかよ、だらしがねぇな」

「いや、本当にすまない……」

「こっちも援護する余裕は無いから、危ないと思ったら逃げなさい」


「分かっています」


 ルネは、トム達の言葉はキツイが、こちらを気遣ってくれている事に感謝する。

 そしてフラフラな状態で出て来たイサオの身を案じながら、長杖の準備を始めた。


 ルネの長杖の先には一本の長いヒモが結び付けられている。

 そのヒモの反対側には輪が作られており、杖の先端に引っ掛けられていた。


 ルネは、右手に杖を持ち、杖の先端から輪を外してヒモを首に掛ける。

 そして左肩から垂らしたヒモの折り返し部分の包部(パウチ)に調合薬を装填した。

 最後に身体の正面で輪を再び長杖に掛けて、そのヒモも首に掛ける。

 背後から首を回り二重となったヒモが、包部(パウチ)で調合薬は固定する。

 ルネの右手には長杖。

 左肩からは、装填された調合薬が、ぶら下がっている状態。

 こうしてルネは迎撃準備を整えた。


 それはスリングと言う投石器を棒に取り付けた『スタッフスリング』と言われる物。

 スリングの飛距離を弓に匹敵まで伸ばし、強力な打撃力を生み出す投擲武器である。


 ルネは、子供の遊び道具でもあったスリングと調合薬を組み合わる。

 その射程距離は投擲する物にもよるが、スリングの1.5倍となる。


 ルネは、迫り来る魔物に狙いを定める。

 スタッフスリングを頭上に構え、調合薬を装填したスリングを後方に垂らす。

 そして、スタッフスリング振りかぶり、思いっきり振り下ろした。


 その単純な動作は、棒を介した事でテコの原理が働く。

 また、両手を使って投擲出来るからこそ調合薬のような大きな物にも対応出来ていた。


 振り下ろした動作が、スリングの輪を自動的に長杖から外して、調合薬を射出する。

 射出された調合薬は、90メートルの距離を飛翔し、魔物の手前で着弾して炎上した。


 それは、ルネが魔物を追い払う為に使用している発火薬。

 決して派手な効果は無く、火属性魔法のような脅威とも成り得ない攻撃。

 しかし、その射程距離と発火と言う事象が魔物の注意を引く。


 スタッフスリングには、装填速度と言う弱点がある。

 発射までに要する時間が、弓などと比べると明らかに長い。

 だが、相手がこちらを警戒して近寄ってさえ来なければ、ルネにとっての勝利だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ