060.虹の橋
「まぁ、贅沢を言うなら、このまま王都まで線路が繋がっていてくれると良いんだがな」
五匹子猫達を先頭とした電車ゴッコ中のコウヤが、そんな事をポツリと呟いた。
「どこまでも続く線路なら、王都にも繋がっていて欲しいよなぁ」
コウヤの言葉から、シロウも子供の時に聞いた童謡の歌詞を連想する。
そして自然と、ゆったりとしたテンポの童謡が頭の中で流れ、童心に返っていた。
「じゃあ、お城まで一直線に行くにゃ!(あせあせ)」
「「「「「ラジャー!」」」」」
「えっ?」
何気ない会話をしていただけだったのだが、それが事態を急変させた。
『変身』
【ピカァーッ!】
眩い光が一面を照らす。
列車の先頭にいた子猫達の五色の首輪の魔石が音声認識に反応して発光した。
「きゃーっ!」
「うおっ、まぶしい!」
「前が見えません」
「何事だ?」
「キャハハ、キャハハ!」
五匹の子猫の直後にいたルネが悲鳴を上げる。
その後ろに続いていたハツカとシロウも当然目くらましを食らった。
それはシロウに肩車をさせていたアニィも同様だったが、相変わらず喜んでいる。
そんな中、かろうじてコウヤだけが、シロウが盾となっていた事で難を逃れていた。
光が収束して五つの影が浮かび上がる。
そこには見覚えのあるケットシーの姿があった。
「ネコレッド!」
「ネコブルー!」
「ネコグリーン!」
「ネコイエロー!」
「ネコピンク!」
「「「「「五人そろって、ポイポイ戦隊・ネコレンジャー」」」」」
五匹のケットシーが各々にポーズを決めた。
【オマエ達だったのか!】
シロウは思わず大声で叫んでいた。
よくよく考えてみれば、こんな山中にケットシーが五匹も固まっている方がおかしい。
ここに居たのは、再びアニィを連れ戻しに来た、と考えるべきだった。
「ゴーゴー!」
「一気に行くにゃ!」
「お城まで直行にゃ!」
「ライトウェーブ射出!」
「レインボーロード展開!」
ネコレンジャーが射出した謎の怪光線が、進行方向に伸びていく
と同時に、シロウ達を囲んでいるロープの輪を境界に、光の膜が発生した。
「一体、何が起こってるんです?」
「シロウ、余計な事をしましたね」
「いまのは、俺じゃなくてコウヤだろ?」
「諦めろ、もうなるようにしかならん」
「キャハハ、キャハハ!」
ルネはパニックとなり、ハツカは冷ややかな視線でシロウを追求する。
完全に言いがかりを付けられたシロウは反論するも、いまはそれどころではない。
コウヤが言うように、ある種の諦めと共に、この後に待ち構えている展開に身構える。
運転手となっているネコレッドの前照灯から伸びた怪光線。
その光が形成した軌道上を、光に包まれた子猫列車が加速していく。
「すげぇっ!」
「まるで『動く歩道』ですね」
「ほう、面白い。これは移動魔法の類か」
「スゴイです!」
ネコレンジャーの後を追従するシロウ達は、この虹の絨毯の効果に目を奪われる。
それは、踏み面が階段状にならない水平型エスカレーターと同じ構想。
進行方向に向かって進んでいる虹の絨毯上を駆ける事で、子猫列車は加速する。
周囲の風景は、それこそ新幹線に乗っているかのように見る見ると流れて行った。
対して、その動力源であるシロウ達に掛かっている労力は、軽いジョギング程度。
この移動魔法があったからこそ、アニィ達は短期間で何度も姿を現していたのだろう。
そして列車の周囲を包んでいる光の膜が、一種の防御障壁となっているようであった。
「なかなか考えられている魔法だな」
「そうだな、さっきから道に飛び出している枝木をバキバキと折って突っ走っている」
「それが分かっていても、枝が迫って来るのを見せられるは怖いです」
「空気抵抗が遮断されていて、髪が乱れないのは助かり……ちょっと待ちなさい!」
ケットシーの移動手段に感嘆しつつ、まったりしはじめた瞬間、ハツカが声を荒げた。
ネコレンジャーは、本当に王都に向けて直進していた。
そう、目の前に迫った広く深い谷間など、お構いなしに……
「バ、バカ、止めろ!」
シロウも慌ててネコレンジャーを制止する。
「平気、平気なのにゃ」
しかし、ネコレッドは、お構いなしだ。
「そこは道なりに回って迂回してくださーい!」
「えー、でもアニィ王女が、行けって指を差してるのにゃ」
「キャハハ、キャハハ!」
ネコブルーは、アニィの指示を全く疑う事なく、実行しようとしている。
「虹の道は、ちゃんと向こう側まで繋がってるのにゃ」
「大丈夫、大丈夫なのにゃ」
「ゴー、ゴー、けってーい!」
ネコレンジャーは、ノリノリである。
こうなるとシロウの心が少し揺れた。
谷の両岸を股に掛けている虹の橋の上を歩く、と言う行為。
これは、子供の頃に一度は夢に見た光景。
それが、この異世界だと可能だ、と子猫達は言っている。
その魅惑的な言葉に、ちょっとだけ興味が惹かれた。
そしてハツカが黙り込んでいる事から、同じ感情を持ったな、と窺い知れた。
「魔法に関しては、子猫達の方が数段上だ。お手並み拝見といこうじゃないか」
そしてコウヤは、この状況に身を任せて、虹魔法の検証に入っていた。
「無理、無理、絶対にダメですからねっ!」
そんな中、ルネだけが必死の抵抗を試みて叫び続ける。
しかし、子猫列車は、お構いなしだ。
運転手のネコレッドが、そのまま虹の橋に足を踏み出して、勢い良く駆け上って行く。
「あっ!」
──はずだったのだが、その一歩目を踏み外した。
突如、全員に浮遊感が襲い掛かる。
「ゴメン、ゴメンにゃ」
「うわぁ、レッド、なにやってるにゃ!}
「イエロー、エリアルシューズで飛ぶにゃ!」
「グリーン、ムリにゃ。最初に飛び上がる為の足場がないと無理なのにゃ!」
「ブルー、『凱旋』で撤収プリーズ!」
「レッド、昨日のカードで品切れ中にゃ!」
「墜落けってーい」
ネコレンジャー達は、諦めと共に自己完結してしまった。
「うわぁ、マジかぁ!」
「子猫達の口車に乗せられて、夢を見たのが間違いでした」
「だからダメだって言ったんです!」
「もう後の祭りだ。喚く前に助かる方法を考えろ」
「キャハハ、キャハハ!」
ルネがパニックになっている間、コウヤが眼下に『炎弾』を撃ち込む。
その衝撃によって崩された壁面の土砂と共に、数本の樹木が倒壊した。
「おい、これ以上被害が大きくなるような事をするな!」
シロウはアニィを抱えながら、コウヤの奇行を追及する。
「直接岩場に落下すれば、ただでは済まん」
「多少なりともクッションになれば違う、と言う事ですか?」
「そうだ。あと、そっちの子猫を崖に放り投げろ」
「はぁ?」
「足場があれば飛び上がれるんだろ?」
「なるほど、そう言う事でしたら私がやりましょう」
「はにゃー!」
ハツカはルネを抱えた状態から、菟糸でネコイエローを捕縛すると壁面に放り投げる。
そのネコイエローは崖に激突する瞬間、空中で回転して壁面に着地。
そして反動を利用してジャンプすると、エリアルシューズを起動させて飛行した。
「いきなり何をするにゃ! 危ないにゃ!」
そこからネコイエローは、当然のように自分を放り投げたハツカの下に戻って来た。
そう、文句を言いに……
しかし、コウヤは時間が惜しいと、それを制した。
「ちゃんと飛べたじゃないか。さっさとお仲間を回収して来い」
「あっ、本当にゃ! 行ってくるにゃ。シュワッチ!」
コウヤに指摘されたネコイエローは、妙な掛け声と共に他の子猫達の救助に向かう。
そこでは、自分を先に助けろ、と醜い争いが起きていたが、好きにやらせておいた。
「……で、俺達はどうするんだ?」
そしてシロウは、残された自分達の処遇について訊ねた。
「ハツカは、そのままルネを抱えて菟糸を壁面に撃ち込んで減速か、燕麦で滑空だな」
「妥当ですね、ルネは私にしっかり捕まっていて下さい」
「は、はい、お願いします」
ハツカに言われて、ルネはギュッとしがみつく。
「で、俺達は?」
対して、なんの対策も無しに落下中のシロウは、再度コウヤに質問した。
「落としておいた木の枝葉が生い茂っいる所に着地する事だな」
「なんだよそれ!」
「おれも同じ条件なんだ。文句は言うな」
そう言うとコウヤは、肩に掛けていたバックを引き寄せて自分の下にキープした。
少しでも衝撃を緩和させるつもりでいるようだ。
シロウもそれに倣う事にすると、まずはアニィをハツカに預ける事にする。
ハツカに合図を送ってアニィを回収してもらう。
これでアニィもルネ同様にハツカの燕麦の庇護下に入った。
少なくとも、そこが一番生存率が高い場所。
あとは自分の身の安全に集中するだけとなったのだが……
「なぁ、コウヤのバックってマジックバックか?」
「いや、おれのは普通の物だ。おまえ達のような便利な機能は付いていない」
「だよなぁ……」
「訳が分からないな、一体どうした?」
「これ、入れた物が異空間に収納されるだ? つまり、ある意味、中身が無い……」
「……盲点だったな」
嫌なタイミングで、マジックバックのクッション性の有無に気づいてしまった。
「野営用の毛布でも取り出せ。それで少なくとも裂傷は軽減される」」
「そうするしかないか……」
「あと、間違っても下に川や池があったとしても、そこには落ちるなよ」
「なんでだよ、そっちの方がケガをしないで済みそうじゃないか?」
「この高さから落下した場合、水はコンクリートのような強度になるぞ」
「えっ、マジ?」
「衝撃で折れてくれる枝や、先に一緒に落としておいた土砂の方が、まだマシだ」
「そ、そうなのか、了解」
シロウはコウヤに思いっきり脅されて、眼下を覗き込む。
そこには数本の倒木によって樹冠部が重なってはいる。
確かにクッションのようにはなっているが、所々に枝が突き出ている箇所もある。
その先端部に恐怖しながら、あとの治療はルネに任せようと覚悟を決めた。
「それと頭は両手でガードしておけ。どこに跳ね飛ばされてダメージを負うか分からん」
そのコウヤの言葉を最後に、シロウ達はバキバキと音を立てながら倒木上に落下した。




