006.主張
「それにしてもイサオさん達は、よく護衛依頼を受けられましたね」
シロウが、ぎこちなく立ち回っているトム達を眺めていたらルネが話し掛けてきた。
「たぶん優等生が上手く立ち回ったんだろう。他の連中だと印象が悪すぎて弾かれてる」
「それと、あの新調されたマント。良い生地が使われていました」
「ハツカさん、私達のだって悪い物ではありませんよ」
「ははは、そうですね。ルネ達の物は身の丈にあった物だとは思いますよ」
「雇い主からすれば、それを入手出来ている事が実力を計る目安になります」
「つまりアイツらの羽振りの良い装備は、割の良い依頼を受ける為の呼び水って事か」
「彼らにとって装備は買う物ではなく、一時的に借りる物と言う考え方なのでしょう」
「ああ、装備の買い値と売り値の差額がレンタル料って感じなのか」
「な、なるほどです」
「ははは、彼らは面白いね。それだと、かなりの出費を強いられている事だろうにね」
「イサオさん達は、冒険者ランクを上げる事を優先しているって事なのでしょうか?」
「ランクが上がれば、危険は増すが報酬も増える。資金回収は後回しって事なのかもな」
「そうですね。私のように調合素材に、お金や採取時間を掛けなければ……」
【それではこれより、南の国境の街に向かって出発します】
ルネは日頃から感じていた自分が足を引っ張っている、と言う思いを吐露する。
しかし、その言葉に、出発を知らせる通知が重なった。
馬車は先頭から順を追って、ゆっくりと動き出す。
ルネにとって見慣れた街並みではあったが、一段高い馬車から見える風景に感動する。
狩猟都市と街道を仕切っている門までの、わずかな距離を子供達が並走して駆ける。
そんな子供達にファロスは手を振って応えていた。
門を抜けると一陣の風が吹き抜けた。
心地良い温かな日差しを含んだ穏やかで優しい風。
それは、この旅程が滞りなく進んで行く事を暗示しているかのようであった。
「取らぬタヌキの皮算用です」
馬車が門を抜けて、しばらく経った頃、ハツカがルネに言葉を掛けた。
ルネは言葉の意味が分からず困惑する。するとシロウが意図を察して補足した。
「出発前にルネが言っていた疑問の答えだよ」
「ははは、なんとなく分かりました。無理を重ねた計画は、脆く崩れるものですよね」
ファロスもハツカの言葉の意味を察して、ルネに翻訳する。
「俺達は、あんな金を投げ捨てるような急ぎ仕事をする必要なんてないだろ」
ルネはシロウに言われて、やっと察する。
イサオ達の事を羨むように思った事を、口に出していたのだと。
その事実に気づいて、ルネは、あわあわと赤面した。
「ルネが、もっと飲みやすいポーションを作ってくれれば問題ない。不味いのはイヤだ」
「ははは、そうですね。効きが良い薬品は、どうしても苦くなりがちですからね」
「は、はい、がんばります」
「大丈夫、ルネは料理が上手ですから」
「そうだな、ハツカは味覚が少しズレているもの【ヘベシッ!】
シロウの言葉を遮るハツカの無言の一撃が炸裂した。
「ちょ、ちょっと、ハツカさん、いきなりシロさんを殴る事はないでしょ」
「私は、まともです」
「じゃあ、目玉焼きには何を付けて食べるんだよ」
「塩です」
「ほら、おかしい。普通は醤油だろ」
「ゆで卵も塩です。どこもおかしくありません」
「目玉焼きとゆで卵は別料理だろ」
「シロさん、どうしてこんな話になっているのでしょう?」
「では、ルネは何を付けて食べますか?」
「えっ、そうですね、私は、お味噌が美味しかったです」
「ヒドイッ、聞いた事がないものが出てきたっ!」
「シロさん、ヒドイです。お味噌を作っている時に出来るのが醤油です。お仲間ですよ」
「まぁ、そうなんだけど、味噌かぁ……」
「ははは、どちらも塩を使った調味料ですね」
「つまり塩が基本です。一番です。どこもおかしくありません」
「いや、違うだろ、塩だけだと物足りないから他の調味料があるんだよ」
「ファロスさんは、何が一番美味しいと思いますか?」
「ははは、目玉焼きには塩コショウを掛けて醤油を垂らすのが一番美味しいと思います」
【当たり前だっ!】
シロウが、思いっきりツッコミを入れた。
「ファロスさん、そこに高価なコショウを入れるのは反則です」
「ウスターソースやケチャップが出て来たのなら、まだ許せました」
「味噌や醤油と違って、その二種類は、まだ市場で見かけた事がないな」
ファロスに全員の批判が殺到した。
「ははは、一度で良いから、そんな贅沢をしてみたいと思っただけですよ」
「もうこの話しは、お終いにしましょう」
ルネが完全に呆れてしまい、この話題を切り上げた。
そしてファロスとの会話を、薬師としての助言を求めるものへと変えていった。
シロウは基本的に難しい事を考えずに殴っているので、そう言う話しには興味が無い。
しかし、不意に聞こえて来た調合薬の効果に、余計な事を教えるな、と焦らされる。
ファロスが、あると便利だと言って教えていたのは催涙薬らしき薬品。
ルネは普段、魔物を追い払う為だと言って発火薬を投げつけていた。
そこにそんな凶悪な物まで加わったら、巻き添えを食らう未来しか見えない。
シロウが慌てて催涙薬の使用を禁止させる。
するとファロスが、洗浄薬もセットで教えるから大丈夫だと笑った。
それは明らかに、巻き込まれる事が前提になっている提案。
シロウが恨めしそうな眼差しでファロスに抗議すると、今度は別の薬品を教え始めた。
それは、催涙薬に更に強烈な異臭を放つ効果を付加した異臭薬。
魔物除けにも対人用の撃退にも優れた物だよ、と嬉々として教えている。
その時点でシロウは、ファロスの話しを、身の危険的な意味で聞き逃せなくなった。
「なんで、そんな傍迷惑な調合薬ばかり教えようとするんだよ!」
「ははは、大丈夫ですよ。ちゃんと消臭薬もセットで教えますから」
「それだと、ニオイは消せても、催涙効果は一緒に消せないだろ?」
「シロさん、そっちは洗浄薬や水を使って洗い流せば大丈夫ですよ」
「ははは、別にポーションを使って洗い流しても良いんですよ」
「エゲツねぇ! 戦場や狩場で、携帯水を消費させるって凶悪だぞ」
「更に着色効果があれば、視認による追跡が容易になります」
「ははは、それは面白い着眼点ですね」
「ハツカ、それって防犯用の蛍光カラーボールの発想だよね?」
「更に携帯可能な小型サイズで、霧吹き状に吹き掛けられると、なお良いです」
「なるほど、相手が人なら、そちらの方が確実に薬品を吹き掛けられそうですね」
「完全に痴漢撃退用グッズじゃねーか!」
「シロさん、ハツカさんのアイデアは、とても良いと思うのですが、ダメなのですか?」
「うっ、確かに言われてみれば、使う分には利点が多い……か?」
「シロウは被害者の視点で見ています。きっと身に覚えがあるのです」
「ヒドイッ、冤罪だぁ、今までだってラッキーイベントの一つも無かったのにぃ」
「……いやらしい」
「グホッ、何気に今のが、これまでで一番、心に突き刺さった……」
シロウはハツカの辛辣な責め句に打ちひしがれる。
そして、今までに感じた事が無い不思議な感覚に身を震わせた。
「もしかして、これが反抗期?」
「ははは、それはどうでしょうね。そう言えば、ルネの時は……」
「ファロスさんっ!」
「ははは、さて、ここから国境の街までの道のりですが……」
ルネは、シロウを慰めるファロスの言動が自分に飛び火したのを察して制止する。
その朗らかな笑みには強い意志が宿り、ファロスに話題を変えさせた。