059.入国
◇◇◇◇◇
「まぁ、なんだ、結果的には良かったんじゃないか?」
アニィが川に流されて数十分後、シロウは脱力しながら下流の橋を渡っていた。
川に流されたアニィを救助したのは、件の下流の橋の近く。
ハツカの菟糸が、ギリギリ届いたのは良かったが、場所が場所だけに緊張が走った。
当初、追手の待ち伏せを警戒したが、ハツカの探知に全く引っ掛からない。
その事を不思議に思い、罠の可能性も考えた。
こちらの事が、すでに発見されているのではないか、と周囲の様子を確認する。
奇襲に備え、いつでも逃走が出来るように、シロウがルネ達の荷物を担ぐ。
──が、それも杞憂に終わった。
橋の周囲の探知を終えたハツカが、問題が無い、と確信を持って告げて来た。
それでも何かしらの方法で、ハツカの探知を掻い潜った可能性を視野に入れる。
ただ、本当に何事もなく、橋を渡ってフェイロイ王国領に入る事が出来た。
そのあまりにも拍子抜けな結果に、少なからず全員が、どっと疲れていた。
橋を渡り道なりにフェイロイ王国領を進んで行く。
道案内をアニィにしてもらっているが、花や蝶を見つけるたびにフラ付いている。
直前に川で溺れていた事もあったので、見ていてどうにも危なっかしい。
アニィにとっては、ここは庭のようなものなのだろう。
が、あの姿を見ていると、どうにも気が気ではなかった。
と言う訳で現在、ハツカとアニィの手首が、菟糸によって繋がれていた。
「まるで犬の散歩のようだな」
「どちらかと言うと、手錠じゃないか?」
「二人とも人聞きが悪いですね。どこからどう見ても子供用の迷子防止ヒモです」
全員が同じものを見ているが、どうにも印象に差があった。
どれも手綱を持つ者から距離が離れすぎないようにする物。
しかしながら、その対象に大きな差があった。
ペットが犯罪者か、はたまた落ち着きがない子供か。
だた、菟糸が鎖である以上、どう見ても、ただ事のようには見えない。
ゆえに、コウヤやシロウの印象にも間違いはなかった。
「なんだかアニィさんが、とても痛々しく見えます」
「キャハハ、キャハハ!」
アニィ王女は、今日も元気だ。
しかし、アニィがケットシーでなければ、ルネの意見が一般的なものだろう。
「オマエ達、アニィ王女に何してるにゃ!」
ゆえに、この光景を目撃した第一村猫に、当然のように絡まれた。
アニィが鎖で繋がれている様子を目の当たりにした子猫の顔が紅潮していく。
その様子に、シロウ達に緊張が走った。
「おいハツカ、さすがにマズイぞ」
「最悪のファーストコンタクトだな」
「こう言ったケースを完全に見落としていました……」
「キャハハ、キャハハ!」
「アニィさんも笑ってないで、フォローしてくださーい!」
しかも間が悪い事に、第一村猫の声に釣られて、他に四匹の子猫が集まって来た。
群がった子猫達がアニィの現状を見て、興奮し始める。
こんな道中で、何匹もの子猫に囲まれる事は想像していなかった。
いつの頃からだろう。子猫に会うのは村や町の近くになってから、と思い込んでいた。
ゆえに、ハツカの行動を軽視して、放置してしまった。
完全に不意打ちを食らったシロウ達。
そこに第一村猫が、大声で詰め寄って来た。
「アニィ王女ばかり、珍しい遊びで遊んでズルイにゃ!」
お子ちゃまの国と呼ばれるフェイロイ王国の住民を侮っていた。
いや、子猫達の思考パターンを、まだ理解していなかった、と言うべきか。
子猫達は、興奮しながら興味津々とアニィ王女を見ている。
「まぁ、問題にならなくて良かったじゃないか」
「じゃあハツカ、子猫達の相手をよろしく」
「ちょっと待ちなさい、この数を私だけで相手をしろと言うのですか!」
「キャハハ、キャハハ!」
「それではみなさん、大人しく順番を守ってくださいね」
「「「「「にゃー!」」」」」
「ルネ、そう言う事ではないのです……」
ともあれ、子猫達に敵意を向けられる、と言う事態は避けられた。
生贄にされたハツカの前に子猫達が並ぶ。
その光景に、ハツカが恨めしそうな目でシロウを睨んでいた。
「(いや、今回は自業自得だからな)」
シロウは、そう思いながらハツカの視線にうなだれる。
結局、あとになって腹パンを食らう未来が確定した、と。
何気にハツカの一撃は本気で痛い。
それが転移者に与えられた身体強化の影響だと分かってからは、日に日に恐怖が増す。
そして、こんな魔物が出かねない場所で遊んでいるのも危ないよなぁ、と考え始めた。
その結果──
「「「「「シューシュー、ポッポ、シューシュー、ポッポ、ポッポー!」」」」」
「キャハハ、キャハハ!」
「ところでシロさん、これって、なんですか?」
「電車ゴッコだ」
「いや、蒸気機関車だろ、コレ……」
アニィと子猫達は、ロープで作った大きな輪の中で縦一列に並んでお散歩している。
そう、シロウは一匹ずつ相手をするのではなく、まとめて扱う事にしたのだ。
「だって、ガタン、ゴトンって言うより、こっちの方が面白味があるだろ?」
「まぁ、子供受けしそうな響きではあるがな」
「シロウ、だからと言って、なんで私達まで一緒に輪の中に入る必要があったのです?」
そして現在、この列車は十両編成となっていた。
「えっ、ハツカさんは楽しくありませんか?」
どうやら、ルネは楽しんでいたようだ。
「ルネには羞恥心は、ないのですか?」
「何がです?」
正しくは、ルネは孤児院に戻ったら小さな子達と一緒に遊んでみよう、と思っている。
ゆえに、ハツカが抱えているような感情には至っていなかった。
「……もう良いです。あと、一緒に付きあっているコウヤの気が知れません」
ハツカは、ルネと感情の共有が出来ない事が分かると、今度はコウヤに話を振った。
「ふっ、手品師とは道化師だ。悟ったような魔法使い様とは違う」
「……そうですか」
ある意味、コウヤはブレない。
目的のお宝を手に入れる為なら、努力を惜しむ気はないようだ。
ゆえに、ハツカは常識的な自分だけが疎外感を感じている事に納得がいかなかった。




