058.国境の河川敷
深夜の襲撃をやり過ごしてのシロウ達の国境越え。
途中で夜行性の魔物との戦闘を避ける為に何度か迂回をする。
その甲斐もあってか、ザムザ達の追撃を受ける事もなく朝を迎えた。
そして昼に差しかかろうとした頃に、国境線の川に辿り着く。
「大きな川ですね。どうやって渡ります?」
ルネが、川辺の周囲を見渡しながら、橋がないかと探し始めた。
目の前にある山間の川は、それなりの水深と川幅、そして水流がある。
下流にある程度流される事を前提にするのなら、渡る事は出来るだろう。
しかし、水棲の魔物の襲撃や急な増水が発生したなら対応が出来ない。
「普通なら、下流にある橋を探して渡るべきだろうな」
コウヤが、途中で迂回した方角から、下流にあるであろう橋の方向を指し示す。
しかしそこは、ザムザ達が真っ先に先回りして抑えているであろう正規ルート。
ゆえに、橋を目指すのであれば、再び一戦交える事を想定しなければならなかった。
「その他となると、川を突っ切る事になるよな?」
「そうするしかなかったとしても、ここでの渡河は無しだ」
コウヤは、川を渡るなら、川幅が狭くなる上流や浅瀬を探すべきだ、と言う。
「それなら上流を目指しましょう。普通に濡れるのが嫌です」
「でもハツカさん、今日は暑いので、服が濡れてもすぐに乾きますよ?」
「……ルネ、アナタは何を言っているのか分かっていますか?」
「えっ? 何がですか?」
ルネは、ハツカが言っている意味が分からない。
ただ、むしろ今日は水浴びには、もってこいの日では? と思っている。
「キャハハ、キャハハ!」
そして、アニィが水辺で水遊びを始めているのを少し羨ましそうに見ていた。
ハツカは、そのルネの様子に気づいて頭を抱える。
「ルネ、アニィが涼しそうなのを羨む気持ちは分かりますが、少しは慎んで下さい」
そう言うとハツカは、ルネの近くまで行き、耳打ちで話しを始めた。
すると、ルネの顔が少しづつ赤みを帯びていく。
ハツカもルネも風通しの良いローブを基調とした薄い布地の衣装を身に着けている。
その衣装を着て水の中に入ると言う事は、身体に布地が纏わり付く事を意味する。
それはすなわち、自身のボディラインが浮き彫りになると言う事。
また、風通しの良い薄い布地は、水に濡れた事により透けてしまう。
それはある意味、素肌を晒しているよりも、異性の感情を煽る扇情的な姿。
ハツカは、ルネに身に着けている薄い布地が水に濡れると、どうなるか、を説明した。
ルネの素朴さと発育の良い胸部装甲を少し疎ましく思いながら……
「あ、あのぉ、やっぱり濡れると大変なので、慎重に行きましょう」
ルネが状況を理解して、慌てて自分の言葉を訂正する。
それに対してシロウもコウヤも冷静に返した。
「そうだよなぁ、上流の浅瀬を探そう」
「おれもローブに纏わり付かれて溺死したくないんでな」
「溺死? 水に溺れるって事ですか?」
「そうだ、どんなに泳ぎが上手いヤツでも、服を着ている状態では、そうそう助からん」
「むしろ、泳ぎが上手いヤツほど、水中で服を着ていた場合、溺死するらしいよ」
それは、半端に泳ごうとしてしまうからこそ起きる死因。
水中に落ち、衣類が身体に絡みついた場合、衣類は体力消耗を加速させる要因となる。
そこで本人が泳ごうとしてしまった場合、更に体力を消耗させてしまう。
「だから川に入るなら、服は鞄にしまって、鞄は濡らさないように持ち上げて渡る」
「裸になるんですか!」
ルネがシロウの言葉に顔を真っ赤にして叫んだ。
「いや、下着くらいなら身に着けていても平気だけど……」
「し、下着姿でですか!」
「シロウ、ルネは泳いだ事がないのでは?」
ルネの反応に、シロウが何を言っているんだ? と思い、ハツカが補足を入れた。
「そもそも『泳ぐ』と言うものが、よく分かっていません……」
「ああ、ルネの教会の周りは森林地帯だものな。泳ぎとは縁がないか」
ここで、いままでのルネの反応の意味を理解した。
シロウ達三人の転移者は、なんだかんだと水泳の授業を受けている。
その為、水難事故に対しての知識も、少なからず所有していた。
対してルネは、森林に囲まれた狩猟都市の住人。
浅い小川や井戸水を使った水浴びの経験はあっても、泳ぎを必要とした経験がない。
それゆえに水に対しての脅威が希薄となっていた。
「泳ぎが全く出来ない者がいる以上、水に入っての渡河は却下だ」
「すみません、私一人の為に……」
ルネは、申し訳なさそうに頭を下げて落ち込む。
その様子を見て、三人はフォローを入れる。
「いままでのは魔物と遭遇して、川に入らざるを得なくなった場合も想定しての話だ」
「水深がある川に入って渡るのはリスクがある。もともと除外対象の手段だよ」
「もし水の中に落ちる事があったら、慌てずに力を抜いて仰向けになって浮きなさい」
「呼吸を確保して、水を飲まないようにしていれば、そうそう溺れる事はないよ」
「はい、分かりました」
素直なルネは、三人の話を真剣に聞いて頷いた。
「だけど同時に魔物が近くにいたら、その限りではないだろうけどなぁ」
ただ、シロウが最後に、そう茶化すと、ルネは顔を膨らませて怒っていた。
「ある意味、これで無謀な選択肢がなくなったと喜ぶべきでしょう」
ハツカは、全員が泳げた場合、強行策としての渡河があった、と言ってルネを慰める。
そして方針が決まった以上、人目につく川辺からの移動を薦めた。
「では、アニィを回収して移動しましょう」
「キャハハ、キャハハ!」
ハツカが、水遊びをしていたアニィに視線を向ける。
すると川の中ほどまで入り込んで、バシャバシャと遊んでいた。
「アニィ、そろそろ川から上がって来て下さい」
「キャハハ、キャハハ!」
ハツカが、アニィに呼びかける。
しかし、アニィは、一向に川から上がって来ようとしない。
「アニィさん、戻って来てくださーい」
「キャハハ、キャハハ!」
ルネも、ハツカに続いてアニィに呼びかける。
しかし、楽しげにしたままで川から上がって来ようとしない。
そしてアニィは、少しずつ下流に流されて行った。
「おい、アレって、遊んでるんじゃなくて、溺れてないか?」
コウヤの一言によって、全員が固まる。
そして、はじめて事態の真相に気づいた。
「きゃーっ、アニィさーん!」
「アニィ、溺れてるなら、楽しそうにしてんじゃねぇーよ!」
「キャハハ、キャハハ!」
「しかも、一番やってはいけない体力の消耗を増長させてます」
アニィは、ドンブラコ、と川に流されて行った。




