056.見覚えのある物体
◇◇◇◇◇
シロウ達が戦場から離脱して数分後。
ザムザによって仕留められた剣虎の前で、集団は再編成されていた。
「ザムザ、すみません。私が剣虎の接近に気づくのが遅れたばかりに……」
「それは問題ではない。むしろ、むこうの戦力が知れた事の方が大きい」
「そんじゃあ、さっさとアイツらを追おうぜ」
「いや、その前に再確認しておくべきだろう」
剣虎に後れを取って負傷したシーラが、ザムザに申し訳なさそうに言葉を告げる。
しかしザムザは、その事を責めはしない。
単身で剣虎ほどの魔物を相手に出来る者など、そうそういない。
それはザムザも同じで、また、あの時点で私情に走った経緯もある。
ゆえに、ミスを犯していたのは自分も同じだ、と自戒しながら生き残った六人に問う。
「あのケットシーを倒せると思っている者はいるか?」
それは、剣虎を一撃で葬った怪光線を前に、まだ戦える気力があるか? との問い。
「当たり前だ! オレのケットシーに対する怒りは、微塵も揺いじゃいない」
声を上げたのは、剣虎を無視してハツカに襲い掛かり、早々に排除された黒仮面の男。
彼は、アニィによって引き起こされた剣虎への無慈悲な一撃を目撃していない。
「おれは……無理だ」
「あんなのを見た後じゃあ……もう戦えない」
「……」
「うちらは、ザムザがやるって言えば、ついて行くだけだかんな」
「ええ、頭目の判断に従いますわ」
そして、剣虎が一瞬で消された様子を目撃した者達の反応は、こうだった。
彼らは、剣虎やシロウ達に一時的に無力化されていたが、それでも復帰し、戦った者。
ゆえに、アニィの剣虎撃退の瞬間を目撃し、思い違いを叩き付けられていた。
彼らの中では、ケットシーは魔法に特化した種族、と言う認識であった。
それは、以前にあった国境の砦の破壊が、ケットシーの魔法によるものだったからだ。
ゆえに、魔法を唱えさせなければ暗殺は可能、と言う認識で行動していた。
しかし、目の当たりにしたケットシーは、ノータイムで怪光線を放って見せた。
一瞬のうちに剣虎を消滅させた怪光線。
あれが魔法によるものだったのか、別の作用によるものだったのかは分からない。
しかし、ケットシー討伐に際しての前提条件を覆した。
遠距離攻撃での狙撃は、護衛の冒険者に防がれた。
接近しても、あの怪光線が控えているのであれば、返り討ちにあう姿が浮かぶ。
そう、そこに怪光線の実態など、どうでも良いのだ。
あの対応速度と高威力かつ広範囲攻撃が問題であり、その脅威度を高める。
彼らには、ケットシーを倒す、と言う未来が見えなくなる。
こうなると身内の仇も討てずに無駄死にする未来しか見えない。
それは彼らが望む未来ではなかった。
それでもシーラとリーレは、ザムザの判断に従う、と言ってくれていた。
しかし、残りの三人は完全に戦意が消失してしまっている。
この中には、ボスから仕事を得る事を目的としたファッション復讐者もいただろう。
そう考えていただけに、これは予想通りの返答であった。
「そうだな、このままでは戦えないだろう。今回は、これで引くぞ」
「ちょっと待て!」
ザムザが、リーレを除く三人の男を顧みて下した判断に、黒仮面の男が反発する。
「こんな何も無い状態でボスの下に帰れると、本気で思っているのか?」
黒仮面はボスの名を出して、ケットシー討伐の続行を推して来た。
「ケットシーの新たな情報を得た。ボスへの報告として十分な成果だと言える」
ザムザは、得た情報を持ち帰る事も大切な貢献だと主張する。
しかし、それを黒仮面は納得しなかった。
「それくらいなら、そこの負傷して使えない女を一人、報告に戻すだけで済むだろう」
「エディ、シーラを侮辱するなら、うちが相手になってやんよ?」
黒仮面の言葉にキレたリーレが、クロスボウの照準を向ける。
それに呼応してエディも剣を抜いてリーレに向けた。
「二人とも止めろ!」
剣呑な雰囲気を出し始めた二人をザムザが制止する。
この場の指揮権はザムザにある。
しかしながらエディの主張は、同じ感情で動いているボスの反応と一致するだろう。
それが分かっているから、ザムザはエディの言葉を一蹴する事が出来ない。
「それなら、どの程度の成果ならボスが納得すると考える?」
「せめて身体の一部くらいは持ち帰らないと、治まりがつかないだろうよ」
分かってはいたが、やはりそうか、とザムザも考えた。
相手が相手である以上、それでもかなりキツイ要求になる。
「ともかく、アンタが引き返すって言うんなら、指揮権をオレに渡しな」
そしてエディは本性を現した。
「ほう、それでオマエは得た指揮権を、どう使うつもりだ?」
「決まっている。疲弊しているヤツらを追って、今晩中に背後から潰してやるんだよ」
エディの的外れな計画に賛同する者はいなかった。
疲弊と言う観点で見るのなら、損傷度の高い自分達の方が不利に働く。
そして、追われている事を認識している冒険者達の警戒度は、現状が最も高い。
ゆえにザムザなら、こう考える。
冒険者達を発見後、こちらの存在を認識させて一定の距離を置いて監視。
以降、絶え間なくプレッシャーを掛け続けて、眠らせずに疲弊させる。
襲撃を掛けるなら早くて早朝。
可能なら国境を越えを可能な限り引き伸ばして、こちらの体勢を整える。
そう段取りをつけた後で襲撃するのが、最も効果的であろう、と。
しかしそれも、剣虎のような魔物が徘徊する場所で悠長に行える策ではない。
時間を掛けていては全滅のリスクが増すばかり。
それはボスの保有戦力を低下させる事を意味する。これでは利敵行為だ。
ゆえに、この場の最適解は撤退である、とザムザは考える。
生きてさえいれば、再びチャンスは訪れるであろう、と。
ただしこれは、かつてパーティが全滅した事があるザムザの判断基準。
対して、そう言った経緯を経験する事なく、ボスやザムザの庇護下にいたエディ。
そんな条件下で頭角を現し、実力を付けて来たエディは、その理解が足りない。
言い分としては分かっているだろうが、どうにも軽視している。
ゆえに、エディはボスの名の下に強弁を振るう。
こうなると撤退後に待つ、ボスの粛清を恐れた三人がエディの側に付いた。
まさに虎の威を借る狐状態である。
「臆病風に吹かれたアンタの後は、オレが引き継いでやるさ」
エディは、そう言い放って三人を引き込み、背後に控えさせる。
対してズムザの後ろには双子の姉妹のみが残った。
「では、ボスへの報告は、こちらで行っておこう」
「ボスに始末されに戻るなんて、アンタは本当にヤキが回ったな」
エディの言葉にリーレが突っ掛かって出るが、それをザムザが素早く制す。
そして剣虎によって負傷したシーラに肩を貸して撤収に取り掛かった。
ザムザにとって、この姉妹は、かつての仲間達が守った特別な存在である。
娘のように思っている姉妹を、これ以上、死地に深入りさせる気はない。
そうした私情が入ってしまうから、基本的にザムザは、姉妹の任務同行を嫌う。
しかし姉妹は、ザムザの力になれる事を、身につけた狙撃の手腕で売り込む。
そして狙撃手として考えた場合、姉妹は優秀だった。
親心と頭目としての役割。この板ばさみによってザムザは毎回苦悩する。
だが今回の件でボスに激情を向けられたなら、エディの言うとおりの粛清が待つ。
そうなれば……
ザムザは一つの決意を持って、袂を分かったエディと反対方向に足を踏み出した。
【ドスンッ!】
その時、ザムザとエディの間に、何か重い物体が倒れる音が響いた。
それは、闇夜と同化した黒々とした物体……いや、違う。
見覚えのあるコゲた物体。
節々から流れ出ている物は、その者の生命の雫。
それが意味する所は、その者が、いましがたまで生きていた、と言う事。
言い換えれば、直前に仕留められた、と言う事実の証。
そしてその物体こそ、先程までザムザが交戦していた者。
炎術師によって片足を失って逃亡した剣虎の亡骸に他ならなかった。
突如、目の前に出現した脅威の変わり果てた姿にザムザ達の中で警鐘が鳴る。
二手に分かれていたザムザ達は、手元のランタンで周囲を照らし見渡す。
しかし、その視界に剣虎を葬った者の姿は捉えられなかった。
闇夜に夜風が通り過ぎる。
いや、その風は次第に勢力を増し、乱れていった。
「ザムザ、上だ!」
リーレの声に導かれて上空を仰いだ先から、巨大な怪鳥が降下して来た。
大きく羽を広げて剣虎に降り立った怪鳥は、爪を獲物に食い込ませて奇声を発する。
それは獲物の所有権を主張する威嚇行為。
怪鳥は、明らかにザムザ達を警戒し、敵視していた。
「剣虎の天敵、猫鳥です!」
シーラが、立て続けに出現した凶鳥の登場に叫ぶ。
その魔物の名は、ストリックス。
フクロウの身体に猫の頭部を持つ夜空の王。
その姿は、フクロウに耳が付く、と言う名が与えられているミミズクに限りなく近い。
猛禽類に属しているタカやワシ、フクロウやミミズク。
猫鳥は、それら同様に空中を生活の場とする魔物の生態ピラミッドの頂点の一角。
そして現実のフクロウ同様、地上の捕食生物である猫科の魔物も捕食対象としていた。
「バ、バケモノめっ!」
エディが剣を抜き、猫鳥に敵対行動を見せる。
それは防衛本能が働いた反射行動。しかし、それが猫鳥を刺激した。
猫鳥は、剣の間合いから離脱するように空中にフワリと浮遊する。
その巨体に見合わない軽やかな動きに目を奪われていると、剣虎を中心にと周回する。
猫鳥は空中を旋回する事で、その姿を闇夜に溶け込ませていく。
そして空中で動きを止め、再び浮遊した、と思った瞬間、エディの目の前にまで迫る。
闇夜に溶け込み、距離感を狂わされた後の急降下攻撃。
点にしか見えなかった猫鳥の爪撃が、エディを襲う。
エディは、とっさに剣を割り込ませて猫鳥の爪撃を防御する。
しかし、猫鳥の爪撃は一種の撒き餌だった。
猫鳥の本命は爪撃ではなく、開いた足の指でエディを捕縛する事。
そして剣による防御を無視し、そのまま地面に押さえつけて締め殺した。
エディの頭が垂れ、身につけていた黒仮面が脱げ落ちる。
それは闇夜の中で、首が転げ落ちたかのような錯覚を与えた。
「「「うわぁぁぁーっ!」」」
エディの背後で、その様子を見ていた男達が狂乱状態となって猫鳥に襲い掛かる。
しかし、夜空の王は再び宙空へと舞い上がった。
そこは、剣しか持ちあわせていない男達が手出し不可能な空間。
絶対有利な立場を誇る夜空の王は、悠々と男達を葬っていった。




