055.眠れる脅威
「コイツ、どきやがれっ!」
シロウは悪態をつきながら剣虎の腹部を蹴り上げるも、剣虎の身体は微動だにしない。
剣虎の強靭な前肢と体重よって押さえ込まれた体勢では、蹴りにも力が入らない。
マウントを取られた体勢から、顔に向かって長大な二本の犬歯と両手の爪が伸びる。
これが人間相手だったなら、隙をついて顔面に頭突きをかましてやりたい所。
しかし剣虎からは、それを許さな左右の犬歯が伸びている。
こちらには二本の腕しかないのに、その倍の手数があるのはズルすぎだ。
シロウはグチりながら剣虎の犬歯を左手で掴み、右前脚を右手で掴み交差させる。
両者の間で交差された剣虎の右前脚が、左前脚からの攻撃を阻害する。が……
「この体勢、失敗した……」
シロウは、明らかに窮屈かつ力が入らない体勢に追い詰められていく。
次第に犬歯との距離がつまり、滴ってくる唾液と口臭から獣臭が強くなる。
剣虎の腹を下から足で押し上げて引き離そうとするも、体格差がそれを許さない。
「頭を左に傾けろ」
突如届けられた声に、シロウは反射的に首を反らす。
『首刈りの大鎌』
剣虎の背後から凄まじい力を感じさせる巨大な鎌が振り下ろされる。
その軌道は剣虎の首の位置を通過すると、シロウの顔の真横の地面に突き刺さった。
「おい、しっかり捕まえておけ」
「無茶を言うな。あと、いまのマジで怖かったぞ!」
シロウが、回避行動に出た剣虎を抑えきれなかった為、チャンスを潰す。
その事をザムザが地面から大鎌を引き抜きながら叱責したが、シロウもマジギレした。
大鎌は地面から引き抜かれると同時に、その姿を平凡な剣へと戻す。
そこには先程まで感じていた力の気配はなくなっていたが、興味は尽きない。
「だけど助かった、で、今のは何?」
そしてシロウは礼をしつつも、悪びれも無くザムザの手の内を探った。
が、当然ザムザは答えない。
シロウは魔法が使えないので、魔力を感知する事が出来ない。
だが、あの大鎌の力は、そんなシロウに察知が出来た。
と言う事は、何か別の作用によるものだったのだろう。
平凡な剣に何かが纏わり付いて大鎌を形成して見せた技。
大きく地面を穿った形跡は、その力によって威力を増大させた事を物語っている。
その事から、いわゆる切り札の一つだったのだろう、と言う事は想像に難くなかった。
「オマエが倒されれば、こちらにも被害が増える。しっかりと支えろ」
ザムザの言葉は半分は本音で半分は建前だった。
ザムザもシロウも、この三匹目がいる事で互いに仲間達と合流が出来ない。
三匹目の支配権を相手に握られると、魔物を使った襲撃による全滅の危機がある。
ゆえに、ザムザは復帰した仲間に片割れの剣虎を託し、単身で加勢と牽制に入った。
そこにはシロウが、わずかな時間とは言え、単身で剣虎を足止めしたと言う実績。
ザムザの戦技で剣虎を仕留めるられる可能性と目算が含まれていた。
そして何より最悪なのが、シロウが倒れた後、二匹の剣虎に襲撃される可能性。
ザムザは、その可能性の排除の為にも、このタイミングで行動に出ていた。
しかし、その時は唐突に訪れた。
『アニィフラッシュ』
シロウの耳に、何やらヤバイ単語が届いた。
一面を照らし出した光源に目を奪われる。
そこには剣虎に突き飛ばされたのか、倒れているハツカの姿があった。
その隣には、眠っていたはずのアニィが立っている。
その表情は、発光元の影響の為、とてもじゃないが見て取れない。
しかし、両手を左右に広げ、顔の横にヒジを曲げた両拳を構えた姿は見覚えがある。
あれは何度か新作が作り続けられている元祖スーパーロボットの必殺の構え。
そして放たれたのは、胸部からではなく顔面からの『鼻から怪光線』
「なんじゃそりゃ!」
思わずそう叫んでしまったシロウを責められる者など、その場にはいない。
アニィから放たれた怪光線は、放射状に広がり剣虎を跡形も無く消し去ってしまった。
コウヤやネコレンジャーの攻撃が点や線の攻撃なら、アニィの攻撃は面の攻撃。
その威力と効果範囲から素早い剣虎の動きを捉え、一撃の下で葬り去ってしまった。
「ヒドイな」
「まったく……ギャグですね」
「なんなんですかアレは!」
コウヤを始めとした面々が、目の前で起きた非常識に頭を抱えている。
ただ、これでピンチが増した、と言う事実が残された。
「……(あ~せ~)」
剣虎が一匹消えた代償として、寝起きで不機嫌になっているアニィの脅威が加わった。
いまだ眠気眼なアニィが、フラフラと千鳥足で歩いている。
「ふにぃ~、ネムネムにゃ~(あせ)」
つまりそれは、アニィが敵味方の識別が出来ていない事を意味していた。
そんな状態で、先程の攻撃が再び放たれたら、誰が被害にあってもおかしくない。
その時、先程までシロウと交戦していた剣虎の咆哮を上げた。
剣虎は、アニィに向かって一直線に襲い掛かる。
そこには、いままであった狩猟者が見せる慎重さや狡猾さは無い。
単純に、仲間が理不尽な暴力によって葬られた事に対する報復行動だったのか。
はたまた、パニック状態に陥った事による衝動行動だったのか……
その真偽はともかく、剣虎は初めて短絡的な行動に出ていた。
『炎弾』
そこにコウヤの炎が放たれる。
「完全に仕留めきれなかったか、だが上々だ」
コウヤの炎が、剣虎の側面を捕らえて半身を焼く。
炎は、着弾地点から全身に広がるも、地面を転がり回った剣虎によって消化される。
それでも直撃した片足だけは焼滅を逃れなかった。
剣虎の一部とは言え、その事象はアニィにも匹敵する。
そう言った意味では、コウヤも十分に化け物の域に達していた。
その結果、片足を失った剣虎は逃走する。
この場において、それは十分な成果であった。
「アニィさん、もう魔物は逃げましたから、ゆっくりお休み出来ますよ」
「ふみぃ? ……おやすみにゃ~(あせ)」
「なんで私の背中に戻って来るんですか……」
コウヤが二匹目の剣虎を撤退させた事で、ルネも我に返る。
そして、これ以上アニィによる不確定要素を起こさない為に声を掛けていた。
アニィは、その言葉を受けると、しばし頭を傾ける。
そして当然のように、ハツカの背中に戻って行った。
ハツカは呆れながら、菟糸を紐のようにしてアニィを背負い、燕麦で包む。
ルネは、アニィがしっかり背負われた事を確認すると、残った剣虎へと視線を向けた。
そして、負傷していた女性が退避しているのを確信すると、シロウに目配せを送る。
「じゃあ、俺達は先に退散させてもらう」
シロウはザムザに一声掛けて戦闘区域からの離脱を告げる。
それは一時的とは言え、共闘した者への礼儀だった。
そしてこれ以上は、戦闘への加担も、行く末も見てやる義理も無い。
シロウ達にとってザムザ達は、護衛依頼に於ける敵対勢力。
このわずかな時間差をシロウ達は、ザムザ達を撒く為に利用させてもらう。
こうしてシロウ達は、剣虎とザムザ達の手から逃れて戦場を後にした。




