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053.ルネの判断

 ◇◇◇◇◇


「こいつはヤバイな」


 シロウは、無謀にも一人で剣虎に斬り掛かって行った襲撃者を見て言葉を漏らした。

 ここまでは、なんだかんだとコウヤが仕掛けた作戦が功を奏していた。


 窪地を利用して身を隠し、霞炎(フレイムヘイズ)を使った誘導で襲撃者達を分散させた。

 その後、距離を取って追跡して来ていた狙撃手の一人をハツカが昏倒させる。

 仕上げに、分散して戦力が低下した襲撃者達を背後から各個撃破していく。

 そのつもりでいた。が……そこで一つ予想外の事が起きた。

 コウヤの霞炎(フレイムヘイズ)が予想よりも早く襲撃者達に追いつかれて破壊されてしまった。


 これによりシロウ達は、襲撃者達が合流する前に戦闘を仕掛けなければならなくなる。

 その結果、三人までは奇襲で無力化が出来た。

 しかし、四人目の剣士とは正面から戦わなければならなくなった。

 こうなると戦えるのはシロウだけとなっていた。


 コウヤの炎は、この夜間戦闘では目立ちすぎる。

 せめてもう少し人数を減らすまでは、この場の異変と位置を知られたくは無い。


 ハツカは奇襲以外となると、他の襲撃者達の警戒に回ってもらう必要がある。

 アニィは護衛対象であり、ルネは薬剤による治療と言う守りの(かなめ)

 基本的に、この二人の専守を最優先に立ち回ってもらわなければならない。


 ここでシロウは、魔物とは違い単純な殴り合いで決着が付けられない相手に苦戦する。

 ロウやハツカとの対戦時は、偶然や時の運に助けられた。

 しかし、今回は、そうはいかない。


 剣士はハツカの菟糸による制限を掛けれてはいるが、明らかに格上の相手であった。

 シロウの打撃は、男の剣と体捌きによって、ことごとく(さば)かれる。

 また、その間にも剣士はスキあればシロウの両手足を刈りに来た。

 その剣は、まだ浅かったが、しかし確実にシロウの身を削る。

 直前に、今回の報酬の先払いとして防具を一新していなかったら危険だった。


 そんな剣士との攻防は、互いの間合いの奪い合い。

 シロウは、剣士に剣を十分に使わせないように、と間合いを詰める。

 剣士は、身動きを制限されているがゆえに、シロウを少しでも引かせようと足掻く。

 

 そのせめぎ合いを制したのは剣士だった。

 わずかな優勢をものにして、剣士は発炎筒を点火させる。

 その炎に身構えて引いてしまったシロウ。

 そして浮かび上がった剣虎の姿に反応して、剣士の拘束を解いて防御に回ったハツカ。

 剣虎の出現と発炎筒が剣虎に破壊された事で、霞炎(フレイムヘイズ)の消失の真相を察したコウヤ。

 諸々(もろもろ)に後手を踏んで、気がつけば三匹の剣虎の接近を許してしまった現状。

 そこに、剣虎に咥えられた女性を助けに行くように剣士が動いた事で、事態は動いた。


「シロさん、私達も彼女を助けに行きましょう」


 シロウが危惧したヤバイ言葉がリーダーであるルネから告げられた。


「おい、本気か?」


 そして、当然のようにコウヤから疑問の声があがった。


「なんで襲って来た連中を助けてやらなければならないんだ」


 そう言ったコウヤの主張は至極当然。

 互いに命のやり取りをさせられているのだ。

 魔物と襲撃者達が、勝手に潰しあってくれるのであれば、そのスキに逃走を(はか)るべき。

 しかしルネは、目の前の女性を見過ごせないと言った。


「ルネ、いい加減にして下さい」


 そしてハツカもルネの言葉に異を唱えて、たしなめる。

 すでにハツカは、三人の襲撃者達を菟糸を使って無力化していた。

 しかもそれは、ルネの意思を汲んで昏倒(こんとう)させるに留めている。

 本来なら追跡能力を奪うべく、足の一本も潰しておきたかったのだが制止されていた。

 そうやって敵の身も案じるルネの心根は賞賛すべきものではある。

 しかし三体の強力な魔物の接近を許した現状で、それを持ち出されては危険すぎる。

 まずは自分達の身を守る事を最優先に考えるべきだ、とハツカもコウヤに同意した。


 パーティ内での意見が二対一にわかれ、その視線はシロウへと集まる。

 こうなると、シロウも自分の意見を開示しない訳にはいかなくなった。


「俺の考えは、基本的にはコウヤ達と同じだ」


 そう答えた事でルネの顔が曇る。


「だがアイツらの後で剣虎に襲撃されれば、俺達だけじゃ対応出来ない。やるぞ!」


 しかし続いた言葉に、ルネの表情は引き締まった。

 スミロドンは、国境の街までの護衛依頼時に遭遇したヤガランテに匹敵する魔物。

 それを三匹同時に相手が出来るかと言われれば無理であった。

 だからシロウは、剣士に加勢する事を決める。

 しかし、あの女性の救助は二の次、と言うスタンスを取った。


「ルネ、結果的に剣士が救助に成功すれば良し。出来なかったとしても文句は無しだ」

「はい。シロさん、それで十分です!」


 ルネは、素早くスタッフスリングに発火薬を装填して構える。

 それは、夜戦となれば視界の確保の為に必要とされる光源の準備。

 また、霞炎(フレイムヘイズ)や発炎筒が真っ先に剣虎によって破壊された事実がある。

 その事から剣虎が炎に強い警戒心を持っている可能性も見えた。

 牽制になるのであれば、散布しておいて損は無い。


 ルネは、自身が戦闘で前面に出られない事を理解した上で、出来る事を模索している。

 その事が、ルネのパーティに合流したばかりのコウヤにも伝わる。


「まぁ、良いだろう。おれの炎は人命救助には向かん。殲滅戦で良いのなら乗ろう」

「コウヤさん、出来れば巻き込まないようにお願いします」

「善処しよう」

「まったく……シロウもコウヤもルネには甘いですね」


 いつの間にか三対一となってしまったハツカは、止むを得ず交戦を了承する。

 その合意を取り付けると同時に、ルネとコウヤは光源を散布した。

 発火薬と霞炎(フレイムヘイズ)により、周囲に一定の視界が確保される。

 照明として考えたのなら、星弾(スターシェル)を打ち上げた方が視界は確保出来る。

 しかし、そうしなかったのは、その眩い光で他の魔物を呼び寄せる事を危惧した為。

 コウヤは、無数の霞炎(フレイムヘイズ)を散布する事で、剣虎へのかく乱も同時に実行する。


 シロウは、そのかく乱の間隙を突いて剣虎への接近を試みる。

 と同時に、改めて浮かび上がった剣虎の姿の(いびつ)さを目のあたりにした。


 それは、発達した前肢に対して、後肢が、かなり見劣りしていた点。

 その為か、俊敏さに関してはヤガランテの下位種であるジャガランテ程度しかない。

 いままでは暗闇に乗じての奇襲であった為、気づかなかったが、これは一つの朗報。

 ただ、剣虎が自身の特性を理解して光源潰しをしていたのなら、知能はかなり高い。

 その事を踏まえた上で、シロウは、剣士の背後に回っていた一体に殴り掛かる。


 しかし、奇襲とは言いがたい攻撃だった為、その攻撃は剣虎にアッサリと回避される。

 だが、剣士への挟撃を防ぐと言う目的を果たせれた事を考えれば十分な成果。

 手持ちの戦力を削がれなければ、まだ十分に対抗が出来る。


「オマエ達、どう言うつもりだ?」


 シロウ達が剣虎との戦闘に介入して来た事で、剣士が(いぶか)しむ。

 それをシロウは、ぶっきらぼうに応えた。


「死にたくなければ協力しろ。後の事は、その時になってからだ」


 シロウは、助けに入った、とは言わない。

 お互いに、この窮地から抜けてしまえば元の敵対関係に戻る。

 だから、死にたくなければ一時休戦に応じろ、と示す。ゆえに──


「死ねぇ!」


「アナタこそ、時と場合を考えなさい」

「まったくだ。『炎弾(ファイア)』」


 ハツカに対して仕掛けて来た黒仮面の襲撃者は、問答無用で排除させてもらった。

 ハツカもコウヤも直接的にはトドメを刺していない。

 しかし、この愚か者は、いずれは剣虎の餌食にでもなるだろう。


 シロウは、とある一点に視線を向けて剣士に選択を迫る。

 その視線の先には、先ほどまで剣虎に咥えられていた女性が放り捨てられていた。


 シロウ達と三匹の剣虎。

 その両方を相手に無駄死にするか、共闘をするか……


 剣士は逡巡した後、シロウに向けて剣を振るう。

 その切っ先はシロウに向けられた矢を弾き、同時に非難の声を浴びせられた。


「ザムザ、なんでソイツを(かば)ってんだよ!」


 それは、ハツカが先に昏倒させていた狙撃手からの奇襲であった。


「リーレ、余計な手出しはするな。それよりもシーラを頼む」


 ザムザと呼ばれた剣士は、狙撃手(リーレ)を制すと剣虎によって倒された女性(シ-ラ)の事を託す。

 その事を改めて認識したリーレは、慌ててシーラの下へと駆け寄ろうとする。

 しかし、それをもう一匹の剣虎が割って入って阻止した。

 それは明らかにシーラを生餌(いきえ)として獲物を(おび)き寄せている様子であった。

 その姿に、かつて姉妹を救出した時の光景が頭を過ぎる。

 当時の事を思い出し、魔物への憎悪が再燃した。


「……良いだろう。オマエ達は戦力になる。ヤツらを撃退するまでは手を出させない」


「頼むから、ちゃんと統率してくれよ」


 相手を利用すると言う目論見(もくろみ)を共有すると、再び二手に分かれた。

 互いに信用が置けない者同士。

 下手に馴れあって戦闘をした方が、相手に気がそれて、魔物に後れを取りかねない。

 ゆえに、これはそう言った思惑から導き出された共闘の形であった。

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