052.三つの思い違い
◇◇◇◇◇
──そして現在
ザムザは、並走して駆けている三つの薄明かりのうち、中央をものを追っていた。
向こうが三手に別れた以上、こちらも確実に捕捉する為に戦力を割くしかない。
三人一組に分かれて、標的達が足元を照らしているランタンの薄明かりを追う。
ザムザが中央を担当したのは、ここが本命でなくとも左右に応援に向かえるからだ。
また、合図が無くとも、ここからなら多少なりとも左右の明かりの様子が覗える。
ザムザは、出発前にロウから聞いた情報と照らし合わせて、標的達の動きを推測する。
まず狙撃で分かった事は、最初にケットシーを背負っていたのが女リーダー。
狙撃を阻止た直後に、ケットシーを背負い直した女が鎖使い。
これで最も厄介と思われる鎖使いが、ケットシーの護衛に付いてしまった。
こうなる前に仕留めたかったが、そう甘くはなかった。
ロウの話から推測すれば、鎖使いは女リーダーと共に行動していると思われる。
戦闘力の無い女リーダーを抱えて戦闘が可能なのは、鎖使いくらいしかいない。
そうなると外れの二つは、男達が囮として駆けている事となる。
二人とも、かなりの実力者であると言う話だが、要するに男だと分かれば放置で良い。
それは左右に展開させている狙撃手の姉妹も分かっているはず。
いたずらに戦力を消耗させる事は無い。ハズレだと分かれば中央に戻って来るだろう。
探し当てるべき対象は、鎖使いの女だ。
その鎖使いは、女リーダーとケットシーと言う二つの荷物を抱えている。
ゆえに、このまま追跡を続ければ、次第にその位置は判明するだろう。
ザムザは三つの光点を注視する。
体力がある男達なら、この速度を維持する事が出来るだろう。
しかし女リーダーとケットシーを抱えた鎖使いの集団は、そうはいかない。
この場にいる者達の中で、真っ先に体力が削られ、尽きるのは彼女達になる。
つまり、逃走速度が落ちて来たものが高確率で本命。
並走する三つの光点。
しかし、その速度は、一向に衰える気配が無い。
ザムザ達は、光点の足並みの良さに違和感を感じながらも、普通に距離を詰めていく。
そして、その距離を20メートル程まで詰めた時、三つの光点が順次消えていった。
光点を追っていた事で暗闇への適応をわずかに失い、暗視能力も一時的に低下する。
その瞬間、ザムザは奇襲を受けた。
ザムザの足元から突如出現した鎖に襲撃され、反射的に横へと回避する。
それは、どこからか聞こえた微細な物音に助けられた偶然。
鎖は、水面から大きく飛び跳ねた魚のように地中から現れ、再び地中へと消えていく。
「くっ、トラップか。だが当たりだ。やるぞ!」
ザムザは、前方を見据え、後ろに引き連れている二人に、警告と同時に援護を頼む。
だが、それに応える者は誰もいない。
いや正確には、振り向いた先で、二人が倒されて意識を失っていた。そして──
「バカな、なぜオマエ達が後ろにいる!」
倒された仲間達の後ろから、追っていたはずの冒険者達が強襲を仕掛けて来た。
先頭を駆けて来たのは篭手と脛当て、そして胸当てと言った防具のみを身に着けた男。
そんな無手の男が、無造作に突っ込んで殴り掛かって来た。
そのあまりにも無防備で強引な攻撃は、どう見ても素人。
ザムザは男を待ち構えて、その腕を落としに掛かる。
──が、ザムザが振るった斬撃を絡み取るように、再び地中から鎖が襲い掛かった。
しかも、今度は二本目の鎖で軸足への拘束も同時に行わる。
ザムザは咄嗟に腕を引き、腕の拘束は逃れるも、左足は捕縛され身動きを封じられた。
そこに男の拳が襲う。
この時、ザムザは三つの思い違いを生じさせていた。
一つ目は、ザムザ達が追っていた明かりを、シロウ達の照明だと思い込んでいた点。
彼らは、武術大会の優勝者である炎術師の能力を勘違いしていた。
その能力は、強大な魔力と火力を操る炎の魔術師、と言う認識。
しかしコウヤの本当の能力とは、そうではない。
コウヤの固有能力は『気炎万丈』
『気炎』は燃え上がる炎のように盛んな意気込み。
『万丈』は非常に高い事で「丈」は長さの単位を表す言葉。
つまり、燃え上がる炎のように、他を圧倒するほどの様子を表す言葉となる。
その名称からも勘違いされやすいが、そこに『丈』がある事を忘れてはならない。
それは、ちょうどの数量・程度・範囲を計る意味を持つ。
すなわち『能力の制御』を意味していた。
ザムザ達の常識では、優秀な魔術師とは強大な魔力と攻撃魔法を持つ者とされていた。
その為、炎術師と呼ばれる者が、あのような弱々しい炎を生成するとは思いもしない。
いやむしろ、あのように希薄な炎の生成する者、出来る者など、いままでいなかった。
ゆえにコウヤは、魔術師達から、炎の扱いに長けた炎術師と呼ばれる。
それは伊達や酔狂で付けられた二つ名ではない。
その意味を正確に捉えられなかったからこそ、ザムザは欺かれ『霞炎』を追った。
結果、前方の囮の炎が消えるとほぼ同時に、仲間が奇襲で倒された事に繋がる。
ザムザが鎖使いの初撃を回避出来たのは、仲間への奇襲時に発生した物音が切っ掛け。
そしてそれが、続いて強襲を掛けて来た男への反応を間に合わせた。
ザムザは鎖に左足を絡め取られながらも、殴り掛かって来る男に剣を振るい応戦する。
男の初撃を回避したザムザは、剣で斬り掛かり、男との間合いを離す。
いつまでも拳が届く範囲で戦っていては、こちらが十分な斬撃を放てない。
本来なら、こちらから間合いを離して調整したい所。
しかし、いまは鎖によって身動きを封じられている。
こちらから離れられない以上、男に下がってもらうしかない。
そうして取り直した間合いであったが、その間も鎖は足を潰しに締め上げて来ている。
かろうじて具足によって守られているも、それがいつまでもつかは分からない。
男の攻撃を捌きながら、腰のベルトに差していた発煙筒に手を伸ばす。
ザムザにとって幸いだったのは、冒険者達の戦い方が個人主義であった点。
鎖使いは、ザムザの左足を拘束するも、それ以上の加勢はしない。
それは、男に攻撃を任せている、と言う感じではない。
どちらかと言うと、どう手を出して良いのか? と戸惑っている感じの動き。
それを見てザムザは、個々の能力は高くとも連携が取れていない相手、と認識した。
パーティとしての脅威度が下がる事を見通したザムザは、タイミングを計る。
そして男の拳を受け流すと同時に、手に持った発炎筒の頭薬を擦りつけて着火した。
着火と同時に上がった激しい炎と煙が、男を怯ませて後退させる。
周囲を照らす炎の光によって始めて視認した冒険者達の顔は、本当に若い。
いずれの者達も、ロウが言うような実力を身に付けているようには到底思えない。
それは、発炎筒によって後退した男が、間合いを取り続けた事にも現れていた。
ザムザにとって、男が間合いを取ったままでいる事は、実にありがたい。
発炎筒により仲間達には、こちらにケットシーがいる事は伝わったはず。
仲間達が駆け寄って来るまでの時間を稼げば、形勢の逆転が見込める。
そう考えたのが、ザムザの二つ目の思い違いであった。
発炎筒の炎によって浮かび上がった冒険者達の表情が強張る。
その直後に左足の拘束が緩み、ザムザの頭上に影が落ちた。
異変に気づき身を翻した時、ザムザは、この状況に陥った切っ掛けを思い出す。
全ては追っていた薄明かりが消えた事が、この事態の始まりだった。
それは、冒険者達が奇襲を掛ける為に仕掛けた罠だと思っていた。
しかし、そうではなかった。
罠であるのなら、そのまま炎を追わせて背後を強襲する。
または、同時に魔法の効果を切って、暗闇に紛れた奇襲する、などが考えられた。
だが現実に起きたのは、炎が順次に消滅してからの奇襲。
そのチグハグさに気づくべきだった。
予想外の背後からの奇襲に、そこまで考えが及んでいなかった。
ゆえにザムザは、背後から覆い被さるように襲い掛かって来た魔物への対応が遅れた。
「なっ! 剣虎だと!」
それは、長大な犬歯と異常に発達した前肢と肩を持つサーベルタイガー。
強力な押さえ込みで獲物の動きを封じ、広角に開閉する下顎から犬歯を打ち込む。
その一連の狩猟に捕らえられて散っていった冒険者は数知れない。
「まさか、あの炎の消失は、剣虎によるものだったと言うのか!」
ザムザは、剣虎の飛び掛りを身を返して逃れる。
だが、剣虎の不意打ちを完全には逃れられはしなかった。
長大な犬歯に左腕を引っ掛けられ、その手から発炎筒を取り落とす。
しかし、それが剣虎の興味をザムザから発炎筒へと移らせた。
剣虎は、その攻撃対象を発炎筒へと向け、発炎筒を破壊する。
それにより再び世界が暗闇と化した。
剣虎の襲来に備え、身構えたザムザの耳に、幾重もの怒号と悲鳴が飛び交う。
その聞き覚えのある響きに焦燥を抱きながら、数瞬の時を襲撃を捌きながら耐える。
そして再び顔を出した月明かりにより浮かび上がった剣虎の姿を見て絶句した。
そこにいたのは、三匹に増えた剣虎。
これが三つ目の思い違い……いや、これまでの動揺から抜け落ちてしまっていた盲点。
追っていた三つの炎は、わずかな時間差をもって消失した。
ならば、それが一匹の魔物による仕業だと思考を留めるべきではなかった。
新たに現れた一匹の手負いの剣虎。
いくつかの斬撃と矢で射られた痕跡を持った獣。
その口には、いましがた仕留めたとされる獲物を咥えていた。
力なく脱力し、動く気配を失ったそれは、かつての仲間達が救った双子の姉妹の一人。
それを見た瞬間、ザムザは後先など考えずに、剣虎に向かって切り込んで行っていた。




