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005.旅の道連れ

 陽が昇り、列を連ねて集う馬車の前で、三人の男性が挨拶を交わしていた。

 そのうちの一人は、この商隊を取り仕切っている商人のラッセ。

 もう一人は、護衛団を束ねている団長のリカルド。

 最後の一人が、教会の修道士のファロス。


「ラッセさん、リカルドさん、今回は、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「おう、今回もよろしく頼むぜ」


 そして修道士のファロスは、ラッセとリカルドに道中の安全を祈る言葉を掛ける。

 それは、もともとは一人の神父が行商人に祈った言葉。


 神父は足を痛めて、街道から少し離れた木陰で休んでいた。

 そこは人が多く行き交う街道であり、魔物による襲撃が絶えない危険な区間。

 しかしその街道は、豊富な鉱石の採掘場へと繋がる唯一の道。

 神父を含め、必要に迫られて採掘場へと赴く者達は、足早に進むしかない道であった。


 そんな中、一人の若い駆け出しの行商人が、馬車の足を止めた。

 彼は、わざわざ街道から神父の下へと駆け寄り、馬車へと誘う。

 しかも彼は、神父を休ませる為の場所を確保する為に、積荷の一部を廃棄した。

 それは行商人が、やっと手に入れた古馬車から察して、決して小さくはない損失。


 行商人は、神父の体調を気に掛けながら、ゆっくりと馬車を進める。

 それは、魔物から見れば良い標的となったであろう。

 行商人の馬車は、何台かの馬車に追い越されながら進む。

 そして行商人が遭遇したのは、魔物ではなく、街道脇に横転した馬車の姿だった。

 行商人を追い越して行った彼らは、ことごとく魔物の襲撃を受けていた。


 彼らと行商人との間にあったのは、わずかな時間の差。

 しかしその話しは、伝聞の過程で内容が曲解されて伝わる。


 採掘場がある村まで送り届けられた神父は行商人に、帰路の安全を祈って言葉を贈る。

 純粋な感謝の言葉は、行商人を守った力のある祝福の言葉だったのだとされていった。


 真相が人々の記憶から薄れ、皆が信じる真実が広がっていく。

 行商人達は、そのありがたい真実と祈りの言葉を語り継いでいった。

 そして教会の一部の者達は、真相を知りつつも、それを一種の風習として内包する。


 ゆえに商隊に同行する際は、安全を祈るの言葉を掛ける事が慣わしとなっていった。


 ファロスは、一通りの挨拶を終えるとシロウ達の下へと戻って来る。

 そのシロウ達はと言えば、割り当てられた馬車に荷物を積み込んでいた。


「皆さん、お待たせしました。二日間よろしくお願いします」


「はい、精一杯がんばります」


「ははは、ルネは、ちょっと肩に力が入り過ぎのようですね。そんなので大丈夫ですか」


「ううっ、ファロスさん、私は、もう冒険者です。子ども扱いしないで下さい」


「ははは、そうでしたね。シロウくんもハツカさんも、よろしくお願いします」


「出来る事をやります」


「いざとなったらシロウを囮にします」


「そう言う状況になってた時点で、もう絶望的だけどな」


「ははは、確かにそうだね」


「笑い事じゃありません。シロさんも出発前から、そんな話しをしないで下さい!」


「えっ、そっち方向に話しを振ったのってハツカだよな?」


 シロウは、理不尽な責任転換が、息をするように行われた事に驚愕する。

 その主犯であるハツカはマントを羽織り、相変わらず口数と感情の起伏が少ない。

 加えて、その腰には、新たに擬装用のショートソードが帯剣されている。

 その為、見た目だけは、それなりの雰囲気を纏う剣士のように周囲には見えていた。

 そんなハツカは、シロウの抗議に答える事もなく、素知らぬ顔で聞き流している。


「シロさんは、いつもそうやってハツカさんに絡むのは良くないと思います」


 ルネは、不機嫌そうな顔をシロウに向けて、悪者に仕立てて来る。

 それは、ハツカにばかり構っているように見えているルネの反発。

 そんなルネも、ハツカとお揃いのマントで、気持ちばかりの装備更新をしていた。


「ところでシロウくんは、マント無しで大丈夫なのかい。それなりに夜は冷えるよ」


「今の時点で前衛の俺が、そんな動きにくい格好をしている方が、おかしいだろ?」


 シロウは、荷物の中には所持していると指差して答える。

 全員が顔見知りと言う事もあって、護衛依頼ではあるが、どうしても漂う空気が緩い。


「あっ、テメェらが、なんでこんな所に居やがるんだ!」


 シロウ達の緩んでいた気が張り直される。

 そこにいたのは、見覚えのある三人組の冒険者。


「おっ、トムヤンクンか」


「ちょっと、その呼び方、止めてくれないかしら」

「ボクの名前は、(クン)じゃなくて(イサオ)だからね」

「ソレ、スープの名前だって聞いたぞ。オレらの事をナメてんのかっ!」


「えーっ、俺の認識だとタイ国の料理で、世界三大スープって言われている物なんだぞ」


「何っ! 世界の頂点に位置する大国の料理か。このトム様にふさわしい物のようだな」

「イサオ、そうなの?」

「ヤン、正しくは『煮る(トム)混ぜる(ヤム)エビ(クン)』って意味で、エビは海の生き物の事だよ」


「なるほど、言葉の意味から察するに、エビと言う物が入っているスープのようですね」

「そうなのですか、ハツカさん?」

「トムヤムクン、ブイヤベース、ボルシチ、フカヒレスープが、世界三大スープです」


「おい、ちょっと待て! なんで四つもあるんだよ!」

「アナタ達、ウチらの事をバカにしているの!」

「ああ、それもよく聞く話しだね」


「おそらく、三つに絞り込めないくらい、それらが素晴らしい料理だったのでしょう」

「なるほど、流石ファロスさんです」

「それでトムヤンクンは、ここで何してるんだ?」


「それは、オレが先に聞いた事だろうがっ!」

「ウチらは、この商隊の護衛として雇われて、ここにいます」

「教会の修道士さんが一緒って事は、キミ達も護衛依頼を受けているのかい?」


「はい、ファロスさんは、私の兄弟子に当たる方で、その縁で護衛依頼を受けました」

「ファロスです。国境の街まで、よろしくお願いします」


「はい、ウチらにお任せ下さい」

「って事は、オマエ達は、オレ達の指示に従う立場って事になるんだよな?」

「トム、そんな言い方は止めなよ」 


「構わないよ。魔物が出て戦闘になるようなら指揮の上位は、そっちだ」


「そうだ、オレが上で、オマエが下だ」


「その時が来たらな。戦闘中に無為に混乱を招くような事はしたくない」


「ふん、良い心掛けだ」


「ただ、平時は俺達も客みたいなものだぞ」


「おっ、なんだ、文句でもあるのか?」


「いや、今みたいな事をしていると、そっちの立場が危うくなるぞ、って言う忠告だよ」


 シロウはトムに、こちらの様子を遠巻きに覗っている商隊の人間がいる事を指し示す。

 するとトムの方も状況を察して、やや態度が軟化した。


「わ、分かっている。イサオ、ヤン、もう行くぞ」

「ああ、それじゃあ、ボク達は仕事に戻るよ」

「出発までは、まだ時間がありますが、馬車に乗って大人しく座っていて下さい」


「おう、がんばれよ」

「それでは、馬車に乗って出発を待つとしましょうか」


 シロウは、トムの妙な対抗心を適当にあしらうと、お互いの為に距離を置く。

 そしてファロスの言葉に従って、大人しく馬車に乗って出発の時間を待つ。


 シロウ達が合流するのが早かったのか、商隊の段取りが悪かったのか。

 馬車に乗った後、意外と出発まで待たされた。


 ルネはファロスと薬草の話しを始め、たまにハツカが話しを振られて巻き込まれる。

 シロウはと言うと、ルネとファロスの話題の中心である調合薬には興味は無い。

 だから馬車の出発を待ちながら、外の様子を眺めていた。


 事前に聞いてはいたが、結構な数の馬車が連れ立って移動するようだ。

 商隊の前後と中心に位置する馬車に護衛を請け負った冒険者が多く配置されている。


 一応、シロウ達のように相乗りしている各馬車にも護衛は配置されている。

 ただしそれは、シロウ達のように客が個人的に雇っている者だったりする。

 そして、そう言った者がいない相乗り馬車に、新人の冒険者が配置されていた。


 どうやら護衛経験が浅く、安く雇える新人を形式上配置しているようだ。

 商人ラッセは支出を減らし、新人冒険者は仕事と経験を得て、客は安心感を得る。

 魔物の襲撃を受けた際は、自衛が基本、と言うのが不文律としてある。

 シロウは、その言い訳が通るからこそのやり方だな、と商人のやり繰りを見ていた。

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