049.依頼者
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襲撃者達は、シロウ達に窪地に飛び込まれて一時的に視界から逃してしまう。
そこに照明弾の効果切れによる、闇の襲来が重なり、彼らは完全に見失った。
しかしその直後、かすかに闇に浮かび、三手に分かれる薄明かりを発見する。
ランタンを覆った薄布越しに光が漏れている。
そう認識した襲撃者達の頭目は、単に逃走している訳ではない点に注目した。
彼の冒険者達には、少なくとも、まだ戦う意思がある。
あの薄明かりは、明かりを隠そうとする意思の表れ。
三手に分かれた事から、守るのではなく、逃がそうとする意図も読み取れる。
だがどちらにせよ標的達が、こちらの戦力を分散させたい、と言う意図が見える。
そして一度に三人までなら倒せる、と言う自惚れが見て取れた。
事前に入手していた情報によれば、武術大会のシニアマジック優勝者の炎術師が一人。
他の三人はアイアンランクの冒険者達で、男が一人と女が二人。
そのうちの鎖使いの女が、追跡しているケットシーを捉えたと言う話だった。
頭目は、いま一度、この仕事を受けた時の状況を思い出す。
◇◇◇◇◇
「ザムザ、アイアンランクが捕らえられるケットシーなら、見せしめに殺してしまえ!」
襲撃者達を放った雇い主は、いわゆる土木関連の派遣屋だった。
その男は、頭目と二人きりの時に本音を暴露していた。
男は、以前に破壊された砦の崩落時に息子を亡くしている。
その男の息子とは、国境警備隊の者ではない。
ただ、砦の補強工事に必要な人員の打ち合わせの後、少々長居をしていただけだった。
そこにアニィ王女の気まぐれの一撃が放たれ、理不尽な猫災に巻き込まれたのである。
それに対する王国の対応は、ただ下手に出て自国に追い返すのみ。
その結末を知った男は、激しい憤りに身を焼いた。
息子の死を軽んじ、他国の犯罪者を野放しにするのか、と。
しかし、当時の男には、王国に物が言えるだけの力は無かった。
何も出来ずに、ただ泣き寝入りをするしかなかった男だったが、彼の行動は速かった。
その身に宿った憤りを胸に秘め、急務とされた砦の復旧工事を受注する。
それは見切り発車の行動であった。
受注後も男は多方面に走り、人員の確保に奔走する。
男にあったのは、息子が最後に取ってきた仕事を引き継ぐ、と言う強い想い。
砦の再建と言う大仕事に群がる有象無象。
男は、それらに入り込む隙を与えずに、この仕事を勝ち取る。
本来ならば、誰も手を出そうとしなかった安価な仕事が、きっかけだった。
だが、いまさらながら、息子の仕事を他の者に掻っさらわせる気など男にはない。
男は信念と執念、そして息子への愛情を入り混ぜながら、日々を駆け抜ける。
その時間が、男を大きく成長させ、財を膨らませた。
男は、息子の墓標とも言える砦の再建に尽力する。
日に日に姿を取り戻していく砦を、息子の成長を眺めるように愛でる。
そうして悲しみは鳴りをひそめ、日々の生活に喜びと感謝を取り戻していった。
──が、それも今朝までの事だった。
いつものように砦に人足の把握の為に顔を出した際、警備隊の者達の小声が耳に入る。
それは昨晩、街中に侵入し、その後、逃亡した六匹のケットシーの話。
そして、そのうち一匹が再び姿を現した、と言う内容のものであった。
しかも今回は、二度に渡る侵入の事実をも隠蔽して、秘密裏に砦を通して帰すと言う。
男は、どこまでも砦を蔑ろにする王国とケットシーに、再び激しい憤りをたぎらせた。
この男がしている仕事とは、工事などに必要とされる人員を集めるて提供する事。
男自身は、腕がよい職人でも、商才に長けた商人でも、武術に優れた武人でもない。
ただ、求められれば、いつでも徒党を組んだ余剰労働力の提供を可能としているだけ。
冒険者ギルドとは違った共同体を持ったその男とは、いわゆる土建屋。
冒険者を含む人材派遣による賃金のピンハネを生業とした組織を束ねる存在であった。
ボスは、屋敷にザムザを始めとする戦闘巧者達を召集して指示を下す。
街中までケットシーの侵入を許した国境警備隊を始めとした王国軍は信用に値しない。
我々の手によって街を守るべく、その力を示せ、と。
事前にボスと面会して腹の内を聞かされていたザムザは、これが建前だと知っている。
ボスは、ただケットシーを憎んでいるだけである。
その結果、街や王国がどうなろうと知った事ではない。
ただ、それはボスだけに限った事ではなかった。
この場にいる者の大半が、先の一件により何かしらを失った者達。
その者達にとってボスの言葉とは、ケットシーに対する報復許可でしかない。
ボスの言葉とは、残りの者達に向けられた、使命感と正義感でそそのかす殺害教唆。
ボスは目を明暗に輝かせる二種類の召集者達に事の詳細を伝える。
しかし、開示された情報を得て、第三の視点に立つ二人の人物が現れた。




