047.国境の砦
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二つの国を繋ぐ街道を隔てている国境の砦を月明かりが照らす。
シロウ達はテオルドの案内の下、屋敷を出て人の気配が消えた夜道を砦へと向かう。
そこにはテオルドの主、ウェキミラ卿が数人の部下と連絡を受けて待っていた。
彼らは開かずの門と言われている国境の門前で、手渡された通行許可証の確認を行う。
「ウェキミラ卿、間違いなくリディアーヌ王女が承認した通行許可証です」
その顔には、信じられないものを見た、と言う表情が浮かんでいた。
それは国境の通行許可が下りた事ではなく、通行証越しに見えているものについて。
「キャハハ、キャハハ!」
「アニィ、いい加減、私の肩に登ろうとするのは止めて下さい」
「アニィさんは、本当にハツカさんの事が気に入っていますよね」
「なんだかんだと、ハツカの方も菟糸を使って足場を作ってやっているものな」
「シロウ、そうしないと普通に重いです。肩もこります」
「別にいいじゃん、普段は、肩がこる事なんてない……【ブベシッ!】
「こります! これでもこるんです!」
「あのぉ、その肩がこるって、なんですか?」
ハツカの薄い胸部装甲に視線を向けてしまったシロウのボディに強打が入る。
そして日本人ではないルネは、肩がこる、と言う状態が分からず、頭を傾けていた。
『肩がこる』つまり『肩こり』は、日本人独特の認識である。
肩こりになるのは日本人だけ。他の国の人は肩こりにはならない、とよく言われる。
しかし、実際は他の国の人間にも症状は起きている。
ただ、彼らには肩こりと言う言葉は通用しない。
それは彼らに肩こりと言う言葉や概念が無い為、その症状だと認識出来ない為である。
ゆえに、シロウは簡単な説明後に、ルネを自分の前に立たせて軽く肩を揉んで見せた。
若いルネが肩こりになっている訳は無いのだが、それでも多少は効果があったらしい。
「あっ、シロさん、首が少し楽になりました」
そう答えたルネの反応が、日本人と他国の人間との認識の差。
日本人は、肩こりを肩の症状と認識するが、他国の人間は首の症状だと認識している。
ゆえに、他の国の人間に説明する時、肩と言うと、なかなか通じない。
ただどちらにせよ、首と肩の周辺筋肉を揉み解す事で症状の緩和を伝えられる。
「あっ、アニィも、アニィもやって欲しいのにゃ!(あせあせ)」
「では、アニィには私がやってあげましょう」
「わーい、なのにゃ!(あせあせ)」
「あとシロウ、あまりルネにベタベタと触るのは、どうかと思います」
「た、ただの肩マッサージじゃないか」
「えっ、あっ、そのぉ、シロさん、ありがとうございます」
「キャハハ、キャハハ!」
ハツカは、シロウのルネに対するマサージを冷めた視線で指摘する。
対してルネは、ハツカに言われて急に赤面し、慌ててシロウに礼を言って離れた。
そしてシロウは、あっ、良い匂いがする、と思った事がバレたかと内心で焦っていた。
「おまえ達、その緩みきっているのは、どうなんだ?」
そんな事をしていると、ウェキミラ達に一人で対応していたコウヤに呆れられた。
そして砦の警備隊は、そんなやり取りを興味津々と横目で覗っている。
なにせ、かつて自分達が守っている砦を破壊した張本人が目の前で戯れているのだ。
彼らは、その矛先が、いつまた自分達に向けられるのか、と気が気ではない。
しかし目の前の冒険者達は、そんな思いとは掛け離れた様子で接している。
その軽率とも思える行動と唐突な命令に、彼らの中には複雑な心境が渦巻いていた。
「昼に連絡は受けていたが、アニィ王女の機嫌を損なう事なく、よく連れて来てくれた」
ウェキミラが、シロウ達を労う。
そこには、屋敷を代償にしてアニィの機嫌を取る事を優先した者の心労が覗えた。
前回のアニィの迷惑行為の処理を請け負ったのが、このウェキミラだった。
ゆえに当時の苦労を思い出して、シロウ達の功績を人一倍高く評価している。
「門を出た先も、しばらくは、こちらの領土と言う事だったな?」
「そうだ。正確には国境は、この先にある川の中央で線引きがされている」
コウヤがウェキミラ卿に、手持ちの地図を広げて確認をする。
指が差されているのは、互いの砦の中央に流れている川。
実に分かりやすい国境の目印であるが、それをケットシー達は気軽に侵犯している。
「ただし、この区間は両国の緩衝地帯ともなっている」
「結局は、どちらの領土でもないって扱いなのか?」
「互いに『戦場』と認識されている場所、と言う事だ」
ウェキミラの言葉にシロウが頭を傾けると、コウヤが意図を汲み取って説明をした。
戦争なんてものは、自国の生活圏でやるものじゃない、と。
「じゃあ俺達は最低限、川の向こうまでアニィを送れば依頼達成って事で良いのか?」
「シロさん、さすがにそれでは無責任ではないでしょうか?」
「夜間に女の子を山の中に置き去りにして帰るとか、最低ですね」
「えー、だってここって、アニィにとっては庭みたいなものなんだろ?」
「まぁ、おれは王都のポイポイキングダムまで行かせてもらうつもりだがな」
「一緒に遊ぶにゃ~!(あせあせ)」
「オマエ達、一体どうやってケットシーと、ここまで親睦を深めた?」
ウェキミラが不可解な者を見る目でシロウ達を見る。
しかし、ケットシーに偏見のないシロウ達からすれば容易な相手であった。
シロウからすれば、好奇心旺盛な悪ガキを相手にしているようなもの。
ハツカからすれば、気まぐれなネコを相手にしている感覚。
ルネにしてみれば、孤児院の子供達を相手にしている時と同じである。
コウヤに至っては、手品を素直に見てくれている良い観客であった。
基本的にルネ以外は、以前に起きたトラブルを知らなかった為、嫌悪感が薄い。
ルネにしても砦の警備隊に比べれば、警戒の度合いは、まだ軽かった。
そしてシロウ達が、あまり強く警戒を示さなかった事で、それも軟化していく。
結果として、警戒心マックスのウェキミラ達よりもアニィの警戒心も下がる。
これによって、この関係が築かれていたのだが、その事は誰も理解していない。
ゆえに説明出来る者がいない為、このウェキミラの疑問は解ける事はなかった。
砦で一通りの確認を済ませて、アニィのご機嫌が傾く前に門をくぐって出発する。
数年ぶりに通行人を通したと言う開門の音は、意外にも静かなものだった。
一般人を通しはしていなかったものの、その手入れは常にされていたようだ。
そこに、この砦を守っている警備隊の生真面目な仕事っぷりが見て取れる。
そんな事よりもケットシーの侵入を見逃すなよ、と言う思いも同時に生まれたが……




