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043.早朝の訪問者

 朝日が目に染みる早朝。

 シロウ達は国境警備隊からの事情聴取から、ようやく解放される。


「シロさん、ハツカさん、おかえりなさい。コウヤさんも大丈夫でしたか?」


 教会の前まで戻って来たシロウ達を、先に解放されていたルネが迎える。

 幸いにもルネだけは、遭遇時に眠りこけていた事が認められて早々に解放されていた。

 エレナに事情を伝える為に戻っていたのだが、睡眠もそこそこに待っていたようだ。


「シロウさん、何やら暴漢絡みで、いろいろと聞かれていたようで大変でしたね」


 エレナもルネの後からやって来て言葉を掛けて来た。

 事情を伝えるとは言ってもケットシー絡みの発言は禁じられている。

 その為、エレナには別件での聞き取り協力だと伝えられていた。


「すぐにお休みになりますか? 朝食の準備もしてあります」

「じゃあ、俺はスープだけもらおうかな、少し腹が減ってたんだよなぁ」

「シロウ、寝る前に胃に物を入れるのは、どうなんですか?」

「おれも遠慮しておく、素直に寝床に着きたい」

「分かりました。ではコウヤさんは、こちらを起きてからでも食べて下さい」

「ああ、ありがとう」


 シロウは、せっかくルネが用意してくれていたので、スープだけをもらう事にする。

 ハツカの言う事も分かるが、ここはルネの気持ちをありがたく受け取る事にした。


 そのハツカは、執拗な質問攻めをされていたので、一刻も早く寝につきたがっている。

 とにかく、一言で終わる話を何度も細かく聞き返されて疲弊していたのだ。

 聞き返されていた理由は、ケットシーに興味を抱かせた人物、と言う一点によるもの。

 国境警備隊にとってはケットシーの行動を知る上で、ここが最重要ポイントであった。

 その質問が、あまりにもくだらない事にまで及び、ハツカがキレていたのだが……


 対してコウヤは、国境警備隊の質問後に、逆にケットシーについて聞き返していた。

 その様子からコウヤは、ケットシーについて本当に何も知らないのだと理解される。

 結果、シロウもコウヤもケットシーの興味の対象外だった点で聴取を切り上げられた。

 もちろんそこに、ハツカへの聴取が優先された、と言う経緯もあったのだが……


 コウヤは、ルネが朝食にと用意していたサンドイッチの包みをエレナから受け取る。

 そして宿泊している宿屋に戻ろうとした時、その者は訪れた。


「皆様、おはようございます。少々よろしいでしょうか?」


 それは見覚えのある年配の紳士であった。

 彼はシロウ達はもちろんの事、教会から宿屋に戻ろうとしていたコウヤも呼び留めた。


「セドリックさん、一日ぶりです。それで朝っぱらから、どうしたんですか?」


「私がお仕えしているお方が、皆様をお屋敷に招待したいと申しております」


 シロウは早朝からの訪問でセドリックが伝えて来た内容を(いぶか)しむ。

 それは、この場にいた者全員の疑問であった。

 セドリックは孤児院が武術祭に出している出店の常連となっていた。

 それはセドリックの主人が、卵焼きを気に入ったからであろう事も想像が出来る。

 そして、そこからシロウ達の宿泊先を探し当てる事が容易だった事も。

 しかしその中に、関係の無いコウヤが含まれた事で違和感が生まれた。

 いや、正確には招待を受けたのは、ケットシーの襲撃を受けたシロウ達四人なのだ。

 キナ臭いにもほどがある。


「その招待って、何時(いつ)の事ですか?」


 ルネもセドリックの突然の申し込みに、不信感を募らせて訊ねる。


「出来る事なら、この後すぐにでもお越し願いたいとの事です」


「その人はバカなのですか?」

「寝言は寝てから言え。いや、おれが眠いから帰って眠らせてもらう」


 先ほどまでの質問攻めと睡眠不足で、ハツカもコウヤも口が悪くなっていた。


「それでは、睡眠をお取りになった後、午後からと言う事でいかがでしょうか?」


「ダメだ、こっちは先約の依頼を抱えている。応じられるのは依頼が完了してからだ」


 シロウは、エレナの依頼が済み次第、セドリック達を撒く事を視野に入れる。


「それが何時(いつ)になるのか、お(うかが)いしても、よろしいでしょうか?」


「三日後、武術祭が終わってからだな」


「それでは遅すぎます」


 シロウが期日を明言すると、セドリックは珍しく声に緊張の色を(ただよ)わせた。


「依頼を受けた以上、これは契約で責任だ。他人がどうこう言うものじゃないだろ?」


「それでは依頼報酬の倍額をお支払いします。違約金などもこちらが負担しましょう」


 ここに来てセドリックは、主人の要望を満たす為に金銭での早期解決を模索する。

 そのセドリックらしくない性急な事の進め方に、シロウの警戒度が上がった。

 そしてその提案は、現物至上主義者のシロウと教会ラブ勢のルネには当然通用しない。


「報酬に金が含まれていないんで、倍にされても0ガロルだ。交渉にはならない」

「売り上げは、全て孤児院の運営に使われるので、大切なお仕事です」

「私は先に三時間ほど仮眠を取らせてもらいます。あとの事はシロウ達に任せます」

「冒険者が依頼を途中で投げ出す方が問題だろう。信用を失うのは一瞬だぞ」


 そしてハツカは、呆れながら早々に仮眠を取りに自室に戻る。

 コウヤも、まともな冒険者なら信用を失いかねない前例は作らない、と紳士を(いさ)めた。


「では今日までの売上金と同じ金額を支払い、あなた方の残り三日間を買いましょう」


「「えっ?」」


 エレナとルネが、セドリックの言葉に耳を疑う。

 それは依頼をキャンセルさせるのではなく、残り三日間の補償を支払う、と言う提案。

 しかもそれが、かなり正確に把握されて算出された金額提示であった。

 これにより孤児院は、全く支出をする事なく、丸々以降の利益を得られる計算となる。


「ダメだ。今日までの売り上げの三倍でないのなら話にならない」


 しかし、それをシロウは間髪入れずに断る。

 それでは依頼主であるエレナに損をさせてしまう、と。


 セドリックの主人が、ただ会話や顔合わせがしたいと言うのなら一日分の補償で良い。

 しかし、この提案だと三日間の身売りのように聞こえる。怪しさが格段に上昇した。


「ちょっとシロさん、なんで断っているんですか?」

「そうです、孤児院にとってもシロウさん達にとっても悪い話ではないのでは?」

「オマエ達はバカか?」


 シロウは、この三日間での売り上げは右肩上がりだと言い聞かせる。

 そして前日の、だし巻き卵が売り上げを大きく上げた要因だとも説明した。

 それにも関わらず、セドリックが提示した金額には、それらが反映されていない。

 あの提示額など、明日の朝一にでも簡単にクリア出来る、とシロウはそれらしく説く。

 これ以上、こちらの情報をセドリックに渡さずに、やり過ごす為に……


「それにしても三倍と言うのは多すぎなのでは?」

「いえ、シロさんが言うのなら、そうなんだと思います」

「そ、そうですね。明日にはアレの用意もありますし……」


 エレナはルネと相談しているうちに、シロウ達が残っている事の意味を考えた。

 そして、その代わりが出来る者などいない事を思い出す。


 その様子を見て取ったセドリックは、自身の見込みの甘さに気づく。

 前日に使いに出した者は、シロウ達の下から新たな商品を持ち帰った。

 彼らは、たった二日で新たな商品を展開して売りに出したのだ。

 しかもそれは、まだ年端もいかない子供達に教授する、と言う形を取って。

 そして今しがた聞こえて来た会話から、まだ隠し玉がある事も覗えた。

 そこには虚栄も誇張も感じられない。ゆえに、それは()るのだ、と。

 本当にそれだけを要求し得る料理が……

 そう確信したセドリックは、彼らの要求に即答で応える決心をする。

 ここが、この交渉の分水嶺(ぶんすいれい)だと読み解いて……


「分かりました。それではその金額をお支払いしましょう。三時間後に再び参ります」


「「「えっ?」」」


 今度はシロウも耳を疑った。セドリックはシロウが提示した金額を用意すると言う。

 即決即断によって、断る為の口実にしようと放った一撃を、同じ手法で切り返された。

 これによりシロウは反撃の機会を封じられる。

 セドリックは、すぐさま教会を後にして支払いを用意しに戻っていった。


「(しまった、もう少し盛っておけば良かった)」


 そう思ったシロウであったが、もう時すでに遅しである。

 セドリックを躊躇(ためら)わせて手を引かせる算段は、ここで(つい)える。

 シロウは、セドリックの決断力と行動力に完全に敗北を(きっ)してしまった。

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