040.絡み酒
一般的にトランプは、耐久性のあるプラスチック製の物や絵柄や模様で購入される。
そう言った物には、エンボス加工は、ほぼ施されてはいない。
トランプは、サイズによる違いから二種類に分別される。
一つがブリッジサイズと呼ばれる物。もう一つがポーカーサイズと呼ばれる物。
ブリッジサイズとは、日本でお馴染みのサイズで、57×89ミリメートルの物。
このブリッジサイズの『ブリッジ』とは、トランプゲームにおけるゲームの名称。
世界三大カードゲームの一つである『ブリッジ』の名を冠した規格である。
このブリッジは、日本では馴染みの無いゲーム。
しかしトランプゲームの中では、数少ない国際共通ルールが確立されている物である。
このゲームは四人のプレイヤーがテーブルを囲んで座り、対面の者とタッグを組む。
そして二組に分かれたチームで得点を競うゲームとなる。
ゲームは、最初に各プレイヤーに13枚のカードが配布されてスタートする。
この初期手札の多さから、手札を多く持つブリッジに向いたカードが求められた。
こうした需要から生まれたのが、ブリッジサイズと呼ばれる規格である。
それは奇しくも、日本人の手で扱いやすいサイズであった。
その為、日本では、このブリッジタイプが一般化されて普及していった。
対してポーカーサイズとは、世界標準サイズと言わる、63×89ミリメートルの物。
こちらも世界三大カードゲームの一つである『ポーカー』の名を冠する規格。
そしてもちろん、その名の通り『ポーカー』に適した規格として作られていた。
そのサイズは、ブリッジサイズに比べて鉛筆一本分、横に広い、と言った所となる。
しかし、この差は初めて手にした者にとっては、驚くほど大きく感じる。
そして小さな子供や女性には、かなり扱いづらい物となる。
しかし、それゆえに、このポーカーサイズは意味を得る。
ポーカーでは、手札に多くのカードを保持する事はない。
その為、横広となったサイズは、マークや数字の視認性を高めて見栄えを良くした。
それがディーラーや手品師が、このサイズを愛用するに至っている理由の一つ。
そして、この紙製のポーカーサイズが、主にエンボス加工が施されている物となる。
エンボス加工が施されたトランプは、非常に滑りが良い。
スプレッドをした時の美しさは、プラスチック製の物とでは雲泥の差が出る。
これらの要素によって、ここに分類される物はカジノなどにおいて愛用されていた。
「つまりコウヤは、そう言ったカードを探しているって訳か?」
「そうだ。『弘法、筆を選ばず』と言うがアレはウソだ。卓越した者ほど道具は選ぶ」
「テメェ、良い事言うじゃねえか」
シロウの質問にコウヤが持論を述べる。
それは、手品と言う一分野に打ち込んでいたコウヤだからこその答えだった。
しかしそこに、なぜかトムが共感してコウヤの事を認めだした。
「オレは、生まれ持った才能だけで踏ん反り返るヤツらは、大っ嫌いだ」
「まぁ、分からなくもない。いまのおれも、そちら側に分類されるだろうがな」
「そう言うヤツらは、簡単に道具に頼るな、とか言いやがる。だがテメェは違うだろ?」
「道具に頼り切るのは良くはないだろうが、必要な物を求めるのは悪くないだろう」
「そうさ、オレ達で手に入れた物で強化したのなら、それはオレ達の力って事だよな?」
「そうだな。魔物の素材で武器を強化するのも、売った金で新調するのも結局は同じだ」
「そうさ、勝手に人のやり方に自分ルールで文句を言うなって感じだよな」
どうもトム達の装備レンタル方式による、更新速度の速さが悪目立ちしていたようだ。
それが妙に金回りの良い新人と映って、周囲からかなり反発を買っていたのだろう。
そんなトム達の事を知らないコウヤの持論は『卓越した者ほど道具は選ぶ』だった。
それを聞いたトムは、その強烈な印象を持った言葉に感動を覚えて受け止める。
トム達は、イサオの装備品の高回転更新の案を採用して冒険者ランクを急激に上げた。
その結果、武術大会ではトムとイサオが準優勝者として、それに見合った賞金を得る。
それは、いままで突っ走って来て火の車だったパーティの経済状況を回復させた。
しかし懐事情が改善されるも、世間での評価は思わしくなかった。
それは、この店に入店してからの周囲のよそよそしさからも、お察しの通り。
トム達は、金に物を言わせた感の装備と強引な戦い方によって、印象操作されていた。
それは賭博組織からトムとヤンの大会からの排除を命令されていたロウの裏工作。
ロウは、ヤンを排除する事は出来たが、シロウとの密約によってトムを保護している。
そこでロウが取った手段は、トムを悪役として大会を盛り上げる要員とする事だった。
ロウは、トムの印象操作をする事で、トムを大会に残しておく理由を作る。
こうしてロウは、トムへの刺客を抑え、興行を盛り上げて組織に貢献してみせた。
その影響を受けたトムは、準優勝となるも、その評価は芳しくない。
単なる乱暴者と言う印象だけが残されて、人々の興味は他に流れっていってしまった。
そう、完全に優勝者の引き立て役となってしまったのである。
ゆえにコウヤの『卓越した者ほど道具は選ぶ』と言う言葉は、救いの言葉であった。
それは新しい道具を求める事も実力のうち、と言われた気がしたからである。
トムは、モヤが掛かっていた視界が、一気に晴れていった気になる。
そして、この数日で最も晴々とした気分でコウヤの横に寄り、肩を組んで歓喜した。
「オマエは良いヤツだ、気に入ったぜ。ほら、オレ様の奢りだ、飲みな」
トムは、コウヤの事を良き理解者だと捉えてく気分を良くする。
「おれは酒は飲まない……だが、果実水ならもらおう」
「おう、ならそいつを一杯奢るぜ」
こうして珍しくトムが、終始上機嫌の状態で時間が過ぎていった。
それに対してコウヤが少々ウザそうにしていたが、シロウ達は下手に関与しない。
現状でトムの機嫌が悪くなる事が、一番被害が拡大する案件であったからだ。
ただコウヤへのフォローを兼ねて、彼が望む料理を奢る事でバランスを取った。




