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039.プレイングカード

「コウヤさんは、シニア・マジックで優勝したそうで、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」


 ルネが、コウヤとの会話の切っ掛けにと武術大会での優勝の事に触れて祝福する。

 それに対するコウヤの反応は、素直に礼を返すも希薄なものだった。

 むしろ返答する事自体に疲れているような様子さえ覗える。

 おそらく、どこに行っても同じ事が繰り返されて辟易(へきえき)としていたのだろう。

 シロウは、有名税だと思って諦めろ、と内心でコウヤを(ねぎら)う。

 しかし中には、そうは思わない者もいた。


「おい、テメェ、他のヤツラからの誘いを断って良かったのかよ?」


 コウヤにとって運が悪かったのは、座った席がトムの対面であった事。

 その為二人は、否が応でも顔を突き合わせる事となる。

 機嫌が悪かったトムの鬱憤が、自然と八つ当たりとなってコウヤに向けられた。


「構わない。ただでさえ得るものが無かった試合の後だ。(わずら)わしい」

「得るものが無かったんですか?」

「テメェ、自分の相手になるようなヤツが居なかった、って言いたいのか?」

「トム、たぶん、そう言う意味じゃないと思うよ」

「まさか、優勝者への賞品で折り合いがつかなかったとか言わないわよね?」

「なんだ? 優勝者って、特別な賞品を要求出来るのか?」


 シロウがキョトンとした顔で訊ねると、ヤンが呆れた顔でバカにしてきた。

 どうやら優勝者には、ある程度、希望に()う賞品が贈られるのだと言う。


 そこで贈られた過去の賞品とは、シニアランクなら希望するアイテムや装備。

 マスターランクなら屋敷や土地と言ったものもあったと言う。

 それは明らかに優秀な人材を確保したい国による囲い込み工作であった。


「つまり、コウヤは希望していた物が手に入らなくて、テンションが下がっている訳か」

「アナタ、国が用意出来ない物って、一体何を要求したのよ?」

「一言で言うなら、紙だ」

「紙ですか? 確かに高級品ではありますけど……」

「その程度の物を、国が出せないって言ってんのか?」

「アナタ、何か魔法が込められた特別な物でも要求してるの?」


 ルネやトム達が、コウヤが求めたと言う賞品を不思議に思う。

 しかし、それ以外のシロウ達からすれば、十分に納得のいく希望だと思えた。


「普通にトイレットペーパーとか欲しいよね」

「生活魔法の『流水(ストリーム)』を発明した者は偉大です。あれがなければ、この世界はクズです」

「俺、普通に生活魔法って使えないんだけど……」


 イサオもハツカも紙と聞いて、まずは思いついたのがトイレットペーパーであった。

 やはり日常生活に密接した物として、真っ先に思い浮かぶものがソレであったようだ。


「……シロウ、トイレの後は、どうしているのです?」

「えっ? 普通に言葉通りに『お手洗い』してるよ」

「「えっ?」」


 そして二人とも、シロウの答えに顔をしかめた。


「オマエ達、何を不思議がってるんだ?」

「普通に水や葉っぱ、麻などを使って、その後で手を水で洗うものでしょ」

「地域によっては、普段使いの物として羊毛や海藻(かいそう)などの所もあるそうです」


 対してトムとヤンが珍しくシロウの側につく。そしてルネが二人の言葉を補足した。


「おまえ達、なんの話をしているんだ?」


 コウヤは、いきなり始まったトイレ事情にウンザリする。

 それはそうだろう。いまから食事をしようとしているコウヤにとって迷惑極まりない。


「おれは、そんな物は要求していないぞ。まぁ、それがあるなら、まだ良かったかもな」

「では、一体どのような紙を要求したのです?」

「『プレイングカード(トランプ)』だ」

「アナタは、バカなのですね」


 ハツカのトイレットペーパー以上に必要とされる紙とは何か、と言う問い。

 その答えが『トランプ』であった事に、辛辣な言葉が飛んだ。


「もう何日も手元で扱っていないからな。腕が鈍っていそうで落ち着かない」


「あのぉ、トランプって、なんですか?」


 コウヤの心情を察する事が出来るのは、シロウとイサオくらいのものだった。

 まず大前提として、ルネ達はトランプの存在を知らない。

 だからルネから、トランプとは何か、と言う質問がされる。

 そうなると、コウヤが求めているトランプの価値を計る事が出来ない。


 対してシロウとイサオは、コウヤが趣味と言っていた手品の腕を想像して納得がいく。

 それは、この世界においてコウヤの固有技能とも言える手品の為の道具。

 類似品はあっても、コウヤの技術を最大限に発揮する為の道具は、まだ存在しない。

 ゆえにコウヤが求めた賞品とは、トランプを作る為の素材や技術の確認であった。

 

 ひとまずシロウは、トランプとは数字や絵が描かれた紙製のカードの束だと教える。

 すると、木札で同じような物がある、とルネが言った。


「子供達が数字や言葉を覚える時に使う物に似ていますね。それではダメなのですか?」


「カードは52+2枚で一セットだ。木札だと荷物が多くなって持ち運びも不便だ」


「ルネ、それに手品師にとってトランプって消耗品だって聞いた事があるぞ」


「紙製のカードは手汗などで水分を吸収してしまう。扱いが変わるから予備も必須だ」


「それなら、魔法で状態が変化しないような処置をしてもらえば良いのでは?」


「手品は魔法ではない。だからこそ魔法の介入を疑われる道具は論外だ」


 コウヤは、賞品の希望を聞かれた時に、似た質問を受けたと言う。

 ゆえに、提示された見本の品を使って簡単な手品を披露しつつ、物の品質を確認した。

 しかし、そのどれもがコウヤの希望に叶うものではなかった。


「見た瞬間に違うと思ったが、製造が盛んな地域などの情報を得る為につきあったがな」


「要は、単品でもらうよりも、継続的に入手出来る方が都合が良いんだよね?」


「そうだ。あちらの顔を立てる為に、まだマシな物を一つ、賞品としてもらったがな」


 そう言ってコウヤは、イサオの前に(くだん)のトランプを置いた。

 イサオは、そのトランプを手に取るとテーブルで左から右に広げていく。

 手品師がよく見せるスプレットと言う技法だ。


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 しかし、手品師が見せるようなキレイな広がり方をしない。

 所々で、何枚も重なって下にあるカードの数字が見えない箇所が多々ある。


「イサオ、何をしているんだ?」


 そんな様子をトムが不思議そうに見て訊ねた。


「いや、手品師がよくやっているのをマネしてみたんだけど、やっぱり難しいよね」


「それは、おまえが悪いんじゃなくて、カードの方が悪いからだ」


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 そう言ってコウヤが、回収したトランプで改めてスプレットを行う。

 するとトランプはキレイな広がりを見せて展開した。

 それを見てトム達が感嘆の声を上げる。

 なかなかにイサオの立場を貶める説得力の無いフォローの仕方だ。


「プラスチック製の物や百均のカードだと、一枚一枚がくっついて上手くいかない」


 スプレッドとは、良い品を使えば誰にでも出来る、とコウヤは言う。

 そして、それを熟練者が扱うのであれば、こんなに長い距離を必要としない、と。


「その良い品って言うのが見つからなかった、と言う事ですか?」


「そうだな。だからトイレットペーパーがあったなら、そちらの情報でも構わなかった」


「えっ? なんでそこで、またトイレットペーパーの話に戻ってるんだ?」


「何を言っているんだ? どちらにも同じ技術が使われているだろう?」


「「「えっ?」」」


 その言葉にシロウとハツカ、そしてイサオが反応した。

 そして訳の分からないトム達は、キョトンとしている。


「つまりどちらかを見つければ、トイレットペーパーが手に入ると?」


 ハツカが、真剣な面持ちでコウヤに真相を訊ねる。

 余程トイレットペーパーが恋しかったのであろう。


「いや、それは違うが、どちらにも『浮き彫り(エンボス)加工』の物が存在する、と言う事だ」


「トイレットペーパーに、そんな物があったか?」


 シロウが思い浮かべる物に、そんなものがあった記憶が無い。

 ただツルツルとした白地の紙としか思い出せなかった。


「ならキッチンペーパーを思い出してみろ。吸収性や使用感を良くする為の凹凸がある」


「あれがエンボス加工と言う物だったのですか?」


 キッチンペーパーと言われて、ハツカは思い当たる節があったようだ。

 なんであんな凹凸になっているのか、不思議に思っていたらしい。

 そう言う名前の商品だから、そこで使う物だろう、と言う認識でしかなかったようだ。


「あとキャッシュカードなどで、浮き彫りになっているカード番号なんかも同じ加工だ」


「ああ、あれか、その例えが一番分かりやすいな」


 シロウは、そこでようやくエンボス加工とは、どう言う物なのかを理解する。

 しかし、それを聞いてもまだ疑問が残ってはいた。それをイサオがコウヤに質問する。


「でも、そんなものがトランプに施してあったかなぁ?」


「日本だと、一般的に普及しているカードでは見掛けないだろうな」


 要は、手品に興味が無い人の目には留まりづらい品なのだと言う。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


「今回の手品ネタが良かった」

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「続きが気になる、読みたい!」

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と思ったら、下にある☆☆☆☆☆から、作品の応援をお願いします。


面白かった、トランプの質の違いを初めて知った、と言う方は ☆5つ

つまらなかったら ☆1つ


正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


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