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035.協定


 剣士達は賭博運営の人間ではあるが、ある意味、大会の正常化を目指している。

 対してヤン達は、必死さが突き抜けすぎて暴走気味になっているようだ。


 闘犬達は、強さの誇示の為に、手の内を全て晒す事はしない。

 切り札を大衆の前で晒してしまえば、以降、それは切り札とは成り得なくなる。

 ゆえに実力者であればあるほど、力の一端を見せる程度に留める傾向にあるのだ。


 しかし、ヤン達には、それが無い。

 常に全身全霊をもって、ただただ実力を誇示しようとする。

 それは、例え実力差が開いた上位者を相手にした場合でも、脅威を植え付け得る行為。

 後先を考えない者とは、時として恐ろしい行動と結果を引き起こす者なのだから……


「その気迫ってのが、抑えていた力を呼び覚ましてしまう、って事もあるんだよ」


 剣士は真剣な眼差しで、自らの経験を思い出したかのように語った。


「つまり……ヤンが、いきなり秘めた能力に目覚める、と言う事か?」


「いや、反射的に繰り出された相手の(わざ)で殺される、って事だ」


「それは……殺人者にされてしまう対戦者が不憫(ふびん)ですね」


「それだとヤンさんが死んでしまいます!」


「だから、どちらの為にもリタイヤしてもらいたいんだよ」


 剣士は、自分達を衛兵団に引き渡しても、また同じ事が起こるよ、と言う。

 そこには任務失敗に伴う組織から折檻(せっかん)が待っているだが、それを剣士は黙秘していた。

 ただただ、自分が上手く立ち回って危害が及ばないようにする、とだけ持ち掛けた。


「そこで寝ているリーダーの後釜にオレが就く。今後アンタ達には手を出させない」


 剣士は、なかなかに自分の都合の良いように話を振る。

 シロウは、トムの方はどうするつもりかと聞いてみる。

 すると剣士は、そちらの方も、もう手を出させない、と答えた。


 ヤン一人を相手に四人を失ったと言う結果を伝えて、手を引かせる予定らしい。

 少なくとも、狂犬の一匹は排除出来たのだから、そこで自分の面目は保てる。

 リーダーが捕縛されて、剣士達のグループは、いま一時的に弱体化している。

 だから今回は、もう動けない、と言い訳が立つ、と。

 剣士は、ある意味、図太く、そして、したたかに立ち回りを模索していた。


「う~ん……でも、オマエに、それが出来るとは思えないんだけど?」

「やっぱり普通に、衛兵団に、お任せするのが良いと思います」

「……良いでしょう。その話に乗りましょう」


 当然のように、シロウとルネは拒絶する。

 しかし、ハツカが逡巡した後に、その話を受け入れた。


「おおっ、(ねえ)さん、話を分かってくれて助かる!」


 そして思いも掛けない所からの賛同に剣士は興奮しながら喜んだ。


「ハツカさん、本気ですか?」


「ただし条件があります」


「おう、なんでも言ってくれ。可能な限り協力はする」


「アナタは、そこの黒装束の子と組んで行動をしなさい」


「「「えっ?」」」


 ハツカが、さらに黒装束を引き込む事を提示して来た事に全員が驚く。

 その間にハツカは、黒装束を目覚めさせる。

 目覚めた黒装束は、自身の現状を素早く認識すると、ハツカの言葉に耳を傾けた。


「なるほど、そこの剣士(ロウ)が、そんな事を(くわだ)てたと言う事は理解した、です」


「なぁ、黒装束(リコ)、こんな家業だ。のし上がれるチャンスは掴むべきだとは思わないか?」


 ロウと呼ばれた剣士は、直前まで切り捨て対象だった黒装束のリコをなだめつつ誘う。

 そのリコはと言うと、ひた隠しにしてきた正体を知られた屈辱を必死に堪えていた。

 そしてロウの手の平返しに苛立つも、自身の保身の為にも乗るべきだと理解した。


「ところで、ハツカは、なんでリコを引き入れようとしたんだ?」


 それまでのやり取りを傍観(ぼうかん)していたシロウが、その疑問をハツカに訊ねた。


「リコはルネを攻撃しませんでした。少なくとも悪人ではないと思います」


「おいおい、それだとオレは信用されてないって事か?」


「当たり前です」


 ハツカは、ロウの事をバッサリと切り捨てる。そして壁面に向かって言葉を続けた。


「あと私には、こう言った事が出来ます」


 宝鎖を展開したハツカが、壁面を縦横無尽に削る。

 そこには、目を覚ますたびに意識を刈られている襲撃者三人の人相書きが描かれた。

 それはもう、写真かと思うくらいに精密に描かれた肖像画であった。


「なんだこれはっ!」

「ハツカさん、スゴイですぅ!」

「ハツカ、オマエ、これだけで食っていけるぞ?」

「ま、まさか……です?」

「リコ、裏切ったら、アナタの素顔を街中に晒します」


 ハツカの芸術的な脅迫によって、リコはハツカの軍門に下った。

 ハツカは、リコと言う人間の人間性は信じたが、無条件に開放する気は無い。

 ロウにしろリコにしろ、その気になればハツカ達の周囲の弱い存在を人質に出来る。

 ゆえにロウが裏切らないように、リコに監視をするように、と命じたのであった。


 これによりシロウ達の間で協力関係(支配関係)が成立した。


 シロウ達は、襲撃者三人を衛兵団に引き渡して、表向きの事件を終息に持っていく。

 ロウ達は、リーダー達を失った代わりに、ヤンの出場停止と言う目的を達成させる。

 こうしてロウは、所属している組織に空いた空白の席を受け継いで一つのし上がる。


 シロウ達は、自分達とその周囲の人間の一定の安全を確保する。

 そしてロウ達は、組織からの評価と地位を上げて、身に迫っていた危機を回避した。


 両者が共に得るものがあったこの協定。

 そんな中で、唯一明確に損失を出したのはヤンのみ。

 これは、ずっと気を失っていたのだから仕方があるまい。


 目覚めた後になって、当然のようにヤンに、なぜ起こさなかったのか、と(わめ)かれる。

 ヤンは(くや)しがって暴れ回ったが、命が助かり、ケガも無かったのだ。

 他に言う事があるだろう? と言いたくなる。

 むしろ、お人好しのイサオの方が、こちらへのフォローを入れてくる始末だった。


 そんなヤンの様子を見て、ルネは困った顔をして、時折、顔を(そむ)けていた。

 ロウ達との取り引きの為にヤンに試合を放棄させた、と言う思いがあっての反応だ。

 ヤンが再び襲われる事を防ぐ為でもある、と説明をしてあるのだが、まぁ仕方が無い。

 あれは完全に裏取り引きなのだから。


 ともあれ、この件に関わった三人の人物であるロウとリコとヤン。

 彼らの名前から、ここで結ばれた密約の事をシロウは『ロリコン協定』と心に刻んだ。

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