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033.菟糸燕麦

 ハツカに向かって、黒装束の無数の投げナイフが投じられる。

 と同時にシロウに、双剣を×の字(クロス)に剣を構えた剣士が強襲した。


 シロウは、ガラリと空いている剣士の頭部までの防御の隙間に指弾を撃ち込む。

 しかしそれは、剣士からの誘い。

 誘い込まれた指弾の軌道は、双剣の防御によって簡単に防がれる。

 そこでシロウは、次に剣が最も届きにくくなった足を刈りにいく。

 ここでガードを下げるようであれば、再び指弾で額部への直撃(ヘッドショット)を狙う。

 ──が、剣士の背後から三本目の刃が出現した。

 それは、黒装束による刺突攻撃。

 黒装束は、剣士の背後に潜む直前にハツカへの投擲攻撃を敢行する。

 そしてシロウの視界から消えると同時に、剣士の背後から加勢に引き返していた。


 剣士の足を刈りに行ったら、逆に足を刈りに来られていた。

 一度見せた動きは、さすがに二度は通用しないと言う事か。


 シロウは蹴撃の軌道を強引に変えて、右側面から現れたて刺突攻撃をやり過ごす。

 そして残しておいた指弾を剣士への牽制として額部へと放った。

 指弾によって剣士に防御を強要させ、剣士からの追撃を封じて体勢を立て直す。

 そして半回転して放った裏拳で、右横をすり抜けようとした黒装束を吹き飛ばした。


 シロウは放置されていた集積物に、黒装束を埋没させた代償に剣士の前に背中を晒す。

 そのような隙を剣士が逃すはずはない。剣士の双撃がシロウに振り下ろされる。


 しかしそのタイミングでシロウは、身体を逆回転させた。

 正面に向き直ったシロウは、剣士の振りの外側に身を置き、斬撃の軌道から逃れる。

 と同時に右手で、剣を持った剣士の握りを捕らえて外に流し、左の拳撃で顔面を突く。

 顔面を突かれた剣士は、思わず握りが緩ませて剣を取り落とす。

 この時点で剣士の右腕は、シロウの防御とクロスカウンターによって支配された。


 シロウの右手が剣士の右腕を引いて伸ばす。

 と同時に、剣士の右腕に被せられたシロウの左腕が剣士の右肘の関節を決めた。

 シロウは、そのまま剣士の右腕を前に押して、剣士を地面に転倒させて制圧する。


「(あっぶねぇ……)」


 終わってみれば、圧倒的な力の差によって、一瞬にして決まったようにも見える。

 しかしシロウにとっては、本当に偶然が重なっただけだった。


 回避に防御、打撃に関節。

 一連の動作は、計算や研鑽(けんさん)によってもたらされたものではない。

 その為シロウ自身が、あまりにも見事に決まった技に誰よりも驚く。


 そして、その一瞬の隙を突いて影が走った。


 先に吹き飛ばされていた黒装束が復帰してヤンを襲撃する。

 シロウは黒装束を止めようとするも、今度は剣士に腕を捕まえられて阻止された。


 黒装束の前に、気を失っているヤンを庇うようにルネが立ちはだかる。


 しかし、黒装束は気にも留めない。

 目の前にいる少女は、どう見ても非力で、両手を広げて必死に通らせまいとしている。

 武器が無い状態でのその行動。それは魔法が使え無い事を証明している。

 ゆえに、先程までの二人のような脅威となる能力は有していないと確信した。


 黒装束は、これ以上、余計な邪魔が入る前に、とルネを回避する。

 そして、このケチの付いた仕事を完結させるべく、ヤンの前に飛び込んだ。


 ──が、その瞬間、黒装束の視界が加速する。


 急速に地面が迫り、標的との距離が開く。

 それは完全なる不意打ちだった。

 黒装束は、受け身を取る事すら叶わず、地面へと顔面を強打した。

 そして潰されたカエルのような無様な姿を晒し、そのまま気を失う。

 その右足には、ハツカの宝鎖が絡み付いていた。


「私を自由にしたのが間違いです。そこは私の射程圏内です」


 ハツカが、黒装束をヤン達から引き離して拘束する。


 剣士も黒装束も、ハツカの事を接近戦タイプだと思い違いをしていた。

 それは直前に、剣と宝鎖による連携攻撃で剣士と対等に渡り合っていた事。

 そして黒装束の投げナイフを『盾』のようなもので防御した事から事からの推測。

 その本人であるハツカは、現在もマントの一部のようなマフラーをなびかせていた。


 それは宝鎖同様にハツカの固有能力によって形成された、宝衣とも呼べる物。


 ハツカの固有能力『菟糸燕麦(としえんばく)』とは、二つの植物を表す言葉。

 『菟糸(とし)』は、植物の『ネナシカズラ』、『燕麦(えんばく)』は、植物の『カラスムギ』

 どちらも名前に『糸』や『麦』が付くが、その役割を果たせない植物を指す言葉。

 そこから、実体が(ともな)わない役立たず、と言う意味で使われる。


 宝鎖とは、ネナシカズラの揮発性物質( ニオイ )への反応による追尾能力を有している。

 対して宝衣とは、カラスムギの実を守る皮と殻を具現化した防御能力を有していた。


 宝衣は、黒装束の投げナイフの攻撃に対して、ハツカの前面に布地の盾を展開する。

 それはまるで天使が、大きな翼を羽ばたかせて前面を覆い、身を丸めるような光景。

 宝衣は、直前までは植物の皮のように簡単に(ほど)けてしまえる程の柔軟性を持つ。

 しかし、一度防御体制に入れば、実を守る殻のような強固な防壁に変貌した。


 この宝衣とは、シロウとの対戦時に宝鎖の自動防御の弱点を晒された事に(たん)を発する。

 宝鎖による防御は、手数で押された場合、後手に回り過ぎてしまう。

 ゆえに確実に防御して、反撃が出来る事を念頭に置いた場合、ルネの盾が目に付いた。

 盾を持つ事を考えたハツカだったが、ふと宝鎖を大きく出来ないか? と考えた。

 その結果、宝鎖を盾のように、と考えた事がハツカの能力の開放につながる。


 ここでハツカは、自身の能力を真に理解した。

 宝鎖が、ハツカの攻撃性である『菟糸(とし)

 宝衣が、ハツカの防御性である『燕麦(えんばく)』なのである、と。

 詰まる所、先にハツカの攻撃性である宝鎖が発現していただけの事だった。


 宝衣によってハツカの前面に展開された防壁が、黒装束の投げナイフを全て防御する。

 それは、剣と宝鎖による防御の隙を突こうとしていた黒装束の思惑を狂わせた。

 ここで黒装束が考えていた戦法とは、シロウがハツカに対して行ったものと同じ。

 しかしその思惑は、対シロウ戦を経て改善したハツカの前では通用しない。

 ハツカは、まだ剣も宝鎖も温存して、防壁の影から黒装束の接近を待ち構える。


 この宝衣・燕麦を目の当たりにしたからこそ、黒装束はハツカへの攻撃を切り上げた。

 剣士を圧倒する近接戦闘能力と鉄壁の防御能力。

 どう考えても非力な黒装束の戦闘能力では突破が出来ない最悪の相性の相手だった。

 ただでさえ数の暴力で圧倒出来なかったのに、これ以上のリスクは負えない。

 最低でも、標的である女剣士に痛手を負わせて戻らない事には立場がない。

 そう考えたからこそ黒装束は、連携の名の下に剣士を盾とする選択を選ぶ。

 ゆえに、ハツカからの追撃の可能性が、すっぽ抜けて剣士の前で無様な姿を晒す。

 宝鎖が一本の状態なら、その射程が50メートル先まで及ぶとは思いもしなかった。


「な、なんなんだよオマエ達は? あんな小娘なんかより、ずっと強いじゃないか!」


 剣士はシロウと互いに身動きを封じあいながら思う。

 なんで、この二人が武術大会に参加していないのか? と。

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