031.ラブコール
「うぉりゃぁー!」
豪快な雄叫びと共に勝者が決まる。勝利を収めた男は満面の笑みを浮べた。
そして直前まで激しい戦いを繰り広げた対戦者の男と健闘を称え合い、勝利を喜ぶ。
と同時に、勝者は何かに気づく。
酒場の頂点に達した男は、周囲の賞賛を受けながらシロウ達の下まで近づいた。
「よぉ、姐さん達も見物ですか?」
どこかで見覚えのある酒場のチャンピオンが気さくに話し掛けて来た。
「え~と、どちらさま?」
姐さんと言うワードからハツカの関係者のような気がした。
シロウは、その事をハツカにボソリと訊ねる。
「昨晩の店と、出店先にいた、その他大勢の一人です」
「ははは、姐さんには敵わないなぁ、オレはコーリスってんだ」
ハツカは、ここの酒場の本日のチャンピオン、コーリスを、その他大勢と言い放つ。
ムキムキな巨体に似つかわしくない小リスと言う名前とのギャップがすごすぎる。
よほど赤ん坊の時は、愛らしかったのだろう。
シロウは、この世界にもドキュンな名前が存在するんだなぁ、とシミジミと思った。
「うん? コーリス?」
その名前を改めて復唱して、ハツカの手下其の壱ことオーリスを思い出した。
その事をコーリスに訊ねると、オーリスはオレのアニキだ、との答えが返ってきた。
どうりでコーリスを、どこかで見たような気がした訳だ。確かにオーリスと似ている。
そんな事を思っている間に、巨体のコーリスがハツカに筋肉自慢を始めた。
いままで熱い戦いで酒場を盛り上げていた自分達の王者。
そんな彼が、一人の女性を前に猛烈なアピールをする様子を肴に、観衆の酒が進む。
「そんな訳で、この後に始まる今日の決定戦を見に来て下さいよ」
「そう言う所には興味がありません」
「オレの晴れ舞台なんです、姐さんの応援があれば百人力です」
「では、影ながら応援しておきます」
「ほ、本当ですか! オレ、姐さんの為に戦います!」
「自分の為に戦って下さい」
ハツカは、心底迷惑がっていた。
時折、不機嫌そうな眼差しをシロウに向けて、八つ当たりぎみに睨んでいる。
そんな微笑ましい光景に、周囲はまた違った盛り上がりを見せる。
そして酒場の店主は、再び飛ぶように売れていく酒に、ご満悦だった。
「ハツカは、興味の無いものに対しては、本当にバッサリといくからなぁ」
ある意味、ハツカはルネとは違った素直な性格である。
だからそれを向けられた者を、こうして外から見ていると、かわいそうになって来た。
そこでルネと二人で、両者に少しだけ助け舟を出す。
「ハツカ、トムヤンクンの試合が気になるから、そっちを覗きに行かないか?」
「そうですね。その後で近くにある、そちらの酒場に寄ってみるのも良いかと」
ハツカにとっては、この場をやり過ごす口実。
コーリスにとっては、ハツカの来訪と言う希望を示す。
最終的に運命の天秤が、どう傾くかは分からないが、それぞれに道を提示した。
「むっ、ルネが、そう言うのであれば考えます」
「うぉーっ、本当ですか! オレ、絶対勝ち続けて待ってますから!」
周囲の客は、からかいながらも応援していた王者の無邪気な笑顔に、ほっこりする。
そこには、先程まで熱戦を繰り広げていた雄々しい王者の面影は無い。
ともあれシロウ達は、デレデレ状態の大男に見送られながら酒場から離れた。
そして、人混みに紛れて街角を一つ曲がる。
【ドスッ!】
その瞬間、シロウの腹部に衝撃が走った。
「シロさん、大丈夫ですか!」
シロウが突然うずくまった事で、慌てたルネが掛け寄る。
その目の前には、ハツカが仁王立ちで立ちはだかっていた。
「シロウ、なぜさっさと割って入って来ないのです」
どうやらコーリスに絡まれた時、助けに入るのが遅れた事に、ご立腹のようだ。
「いや、ああ言うのは、早すぎても相手を刺激して悪い方向に行くものだから、な?」
内心でハツカが困っていたのを面白がっていたとは、さすがに言えない。
シロウは、ルネがトムヤンクンに絡まれていた時も、あんな感じだったと補足する。
するとルネは、当時を思い出して、本当に怖かったんですからね、とハツカに付いた。
「ああ言う手合いは迷惑です。それを面白がって見ている者は不愉快です」
その瞳には、全ての怒りをシロウにぶつけるつもりでいる事が示されていた。
「ハツカ、悪かった。次からは気をつけるから許してくれ」
シロウは、降参とばかりに謝り倒す。
ハツカが本気で怒り狂った場合を想像したら怖くなった。
「ハツカさん、とりあえずヤンさん達の試合を見に行きませんか?」
ルネは、ハツカの憤りを前にして、少し冷静さを取り戻す。
そして思い出したかのようにトムヤンクンの話題に戻って、仲裁役に回った。
「ルネ……あれはあの場を離れる為の方便です」
「えっ、そうだったんですか?」
「別にトムヤンクンの試合なんて、どうでも良いからな」
「は、はぁ、そうなんですね」
シロウとハツカは、トムヤンクンに対して全く興味の無い事を示す。
その事にルネは、アレ? と思う。
なんだかんだと縁があり、昨晩も一緒に食事を取った仲なのに……と。
「アナタ、内密な話しがあるって言っときながら、どこまで連れ回すつもりよ!」
その時、路地裏から険しい女性の声が聞こえた。
不穏な感じが漂った声色の後に、男性と女性の霞んだ声が響く。
「おっと済まねぇ、実はアンタに、大会への参加を辞退してもらいたいって話だ」
「はぁ、何よそれ?」
「でっかい催し物だったんだが、ちょいと嬢ちゃんの人気がおかしくなっててな」
そう説明を続けた男の周囲に、三人の男達が集まって来た。
「どうにも嬢ちゃんは、加減って物を知らないらしいんだよな」
「そう言うのは、見世物としては困るんだよ。勝つまでやる、って言うのはね」
「観客は、競い合ってるのを見たいんであって、殺し合いを見たいんじゃねぇんだぜ」
「嬢ちゃん、悪い事は言わねぇから、次の試合で辞退してくれねぇかな?」
「勝手な事を言ってんじゃないわよ!」
声に引き寄せられた先では、女剣士が熱烈なラブコールを受けていた。
どうやら、オレの為に家庭に入ってくれ、と言われているらしい。
そのあまりにもテンプレートな求婚シーンに、見ているこっちが恥ずかしくなる。
うん、だから、これは見なかった事にして帰ろう。
「えっ、あれって、そう言う会話だったんですか?」
「シロウの頭の中は、お花畑のようですね」
「おい、明らかにボケてるのに、ボケで返すなよ」
関わりあわないように戻ろうとしたのだが、ルネ達に退路が塞がれてしまった。
何より声の主が、見覚えのある人物だったと言うのが、性質が悪い。
「あれは、ヤンですよね」
「そ、そうか? ちょっと遠くて良くわからないなぁ……」
「二人とも何を悠長な事を言ってるんですか、明らかにヤンさんが絡まれています!」
こうなると見過ごす訳はいかなくなった。
聞こえた会話から察するに、武術大会を利用した賭博絡みのようだ。
そう言うのは運営が、もっとしっかり管理しておけよな、と思う。
ともあれ、シロウはルネに急かされて、救援に入らざるを得なくなった。
「すみませーん、ウル○ラの母ですが、この辺りでウチのタロウを見ませんでしたか?」
「シロウ、いまはそう言ったボケは要らないかと」
「二人とも、なんでいきなり犬探しの話をしているんですか?」
「なんだぁ、オメェ達は?」
男の一人が、ユーモアを理解出来ずに平凡な対応を返して来た。
現場を見られた事で、反射的に凄んで威圧しようとしたようだ。
「アナタ達……なんでこんな所にいるの!」
そしてヤンは、突然現れたシロウ達に一瞬気を緩めるも、すぐに警戒を敷く。
この状況下で、シロウ達が男達とのつながりがあるのでは? と警戒したようだ。
その用心深さは、ある意味、優秀さの表れだった。
こう言う所をルネは少しは見習った方が良い、とシロウは思ってしまった。
「いや、ハツカに腹パン食らって、うずくまっていた所に、何か声が聞こえたから……」
「お邪魔だったのなら帰ります」
「ちょ、ちょっと二人とも……」
「ま、待ちなさい。いえ、待ってちょうだい。手を貸してっ!」
ヤンは、シロウ達が本気で帰りかねないと思い、意地を捨てて助力を求める。
その様子に四人の男達は不快感を露にする。
しかし、その援軍が首から下げていた金属プレートが目に入り、彼らは顔を歪ませた。
アイアンランクの冒険者を示すプレート。
それが、彼らに冷静さを取り戻させ、シロウ達を見下した。




