003.紅いプレート
思い返せばハツカは、シロウが、なんの前振りも無く連れて来た女性である。
そして女性のルネから見ても魅力的な女性であった。
長い黒髪とスリムな身体、そして多くを語らない物静かさが、清楚感を強調している。
そこに冒険者として優秀な技能を有していた。
ゆえにルネはハツカに対して、ちょっとした劣等感を抱く。
そして最初に、一緒に冒険者をする事にした、としか聞かされていないままであった。
未だに二人の関係が、どう言ったものなのか説明されていない。
何かと曖昧にされ続けて、現在にまで至っていたのが、もどかしかった。
だからルネは、採取依頼を終えてギルドで一息ついている今が、良い機会だと考えた。
「そう言えば、二人は同じ紅いプレートを着けていますが、それは何なのでしょうか?」
ルネは意を決して訊ねる。
「これか? う~ん、どう言えば良いのかなぁ」
シロウは紅いプレートを摘み上げながら、どう答えたものかと思案する。
素直に答えるのなら、神父様の話に出てくる運命の女神様からもらった物だ。
しかしその事を、この世界の人間に言って良いものなのか判断がつかない。
「これは、私達の国の出国許可証です」
シロウが答えを探して頭を傾けていると、ハツカが代わって口を開いた。
「私達の国? つまり、シロさんとハツカさんは同じ国の人なのですか?」
「そうです。よく東の果ての国、と言われます」
「へぇ、そうなんですか」
ルネがハツカの話を聞いて、シロウの方を覗う。
シロウはハツカの話しを聞いて、上手い説明だと感心して、ルネに対して頷いた。
その後のルネの質問に対するハツカの返答は見事だった。
ハツカは、自分達は国外で本国でのしがらみを持ち込む事を禁止されているとした。
その為、同族同士は協力する事が定められ、争いは禁止されていると説明する。
この紅いプレートは、その誓約と目印を兼ねた出国許可証なのだと説明した。
「シロウには、不慣れな土地で変な男達に絡まれていた所を助けられました」
「そうだったんですか。ハツカさん、大変でしたね」
ハツカは、ゆっくりと落ち着いた口調で運命の女神に関する事を隠蔽する。
そして何事も無いようにキモとなる部分を説明した。
シロウは、ハツカのペテン師の如き頭の回転に先程から開いた口が塞がらない。
なぜなら、早朝にシロウが助けたのは男達の方であったからだ。
事の経緯を最初から見ていた訳ではないが、ハツカが言うには正当防衛だったらしい。
シロウがした事とは、宝鎖による過剰防衛の現場に遭遇して止めに入った事。
そして、野放しにして置くのは危険だ、と思ったから連れ帰った事くらいだった。
そんなハツカの両手をルネが握り締めていた。
その瞳には疑う色など微塵も無く、話しを全面的に信用している様子だった。
シロウはルネを見て、自分の事を棚に上げて思う。
ルネは、もっと人を疑う事を覚えた方が良い、と。
「そろそろビッグボアの解体が終わるだろうから、引き取りに行こうか」
シロウは頃合を見て、女性陣の会話、と言うかルネの一方的な長話を切り上げさせる。
狩猟都市の冒険者ギルドには、一つのローカルルールがあった。
それは薬草採取の依頼が、常時依頼となっている点である。
その為、採取品の納品時に依頼表を一緒に提出すれば、依頼の達成が認められていた。
このルールによりシロウ達は、最も人が混む時間帯での依頼表の順番待ちが無くなる。
それは、他の冒険者達よりも早い時間帯から活動が可能となる事を意味した。
と同時に、狩猟都市へと戻って来る時間帯が早くなる事にも繋がる。
シロウ達が採取活動を終えて戻って来ると、ギルド内は落ち着いた空間となっていた。
なぜならその時間帯は、他の冒険者達の活動のピーク時と重なっている。
結果的にシロウ達は、他の冒険者達との接点が極めて少なくなっていた。
それはルネが、教会出身の先輩冒険者から聞いて知恵を絞って考えた工夫。
女性冒険者が、粗野な男性冒険者との接点を避ける為に生み出した時間配分の妙。
ここ数日でシロウも、その事をなんとなく理解していた。
だから油断していたルネの代わりに、シロウはギルドからの撤収を促した。
しかし今回は、そのタイミングが、わずかばかり遅かった。
「あっ、テメェ、見ないと思ったら、こんな時間にうろついてたのかよ!」
シロウの目の前に、数日前に見かけた少年と少女の三人組みの冒険者が現れた。
「しかも一人増えているわね」
「キミ達は、これから依頼を受けるのかい?」
どう言うつもりなのか、少年達は再び馴れ馴れしく話し掛けて来た。
ルネは、初日の事を思い出してシロウの後ろに身を隠す。
その様子が気に障ったのか、語気の荒い少年が不快感を露にした。
「俺達は、もう引き上げて来た所だよ」
シロウは相手の意図が分からず、当たり障りの無い返事を返して様子を見る。
すると常に落ち着いた感じでいる少年が、他の二人を抑えて話し掛けてきた。
「今日は、もう上がりなのかい? ずいぶんと早いんだね」
落ち着いた少年も、当たり障りの無い言葉を選んでくる。
しかし他の二人は、妙な対抗心があるのか、シロウの姿を見て突っ掛かってきた。
「どうせ、ろくに魔物が狩れなくて戻ってきたんだろう」
「そうよね。どう見ても魔物と戦えるだけの準備が出来ているようには見えないものね」
二人が言うように、シロウが身に着けている防具は古びた篭手くらいしかない。
しかしシロウやハツカが身に着けている衣装は、見た目以上に優秀である。
なぜなら、これらは運命の神様から転移者へと支給された初期装備であったからだ。
だからシロウが防具の中で、唯一身に着けている篭手とは、実際は武器扱いだった。
魔物を殴る際に拳を保護すると同時に、相手の体内に伝達する衝撃を増幅させる装置。
ボクシングのグローブと同じで、相手を破壊する武器として使用している物だった。
その事に気づいていない少年と少女は、シロウの事を見下して滑稽に吠えていた。
「トムもヤンも、そんな言い方は止めなよ」
「相変わらずイサオは、良い子ちゃんしてるよな」
「こう言うのは、言ってあげたほうが、相手のためになるのよ」
どうやら、語気の荒い少年がトムで、勝気な少女がヤンと言うらしい。
そして『勲』と呼ばれた日本人らしい名前の少年。
最初に会った時から、その妙な優等生ぶりからも気にはなっていた……
「そうか……三人合わせて『トム・ヤン・クン』か」
シロウが思わず呟いたら、背後でハツカが身を震わせていた。
どうやら、微妙ながらも笑いのツボに嵌ったらしい。
しかし、その言葉遊びが通じない者達からすれは、それは挑発行為に他ならなかった。
「えっ?」
「おい女、何笑ってやがる!」
「言ってる意味が分からなかったけど、不愉快です」
「うん、悪かった。ちょっと言葉の語呂が似た物を思い出しただけなんだ。すまない」
さすがに事の発端を開いたのが自分だったと言う事で、シロウは謝罪した。
その会話に引っ掛かりを覚えたイサオが、何かを言い掛ける。
どうやらイサオも『トムヤムクン』と言うスープ料理の名前に心当たりがあるようだ。
しかし、そんなイサオの様子を気にも掛けずにトム達が、シロウ達を追撃する。
「テメェらなんか、冒険者になったばかりの最底辺なんだからな」
「冒険者はランクが全てです。アイアンランクのウチらの事を、もっと敬いなさい」
「ちょ、ちょっと、待って欲しい」
イサオが、再び会話に割り込もうとするも、トム達の勢いを抑えられない。
更に、そこにトム達にとって聞き捨てならない発言が飛び込んだ。
「えっ、それなら俺達と同じランクじゃないか」
「「「えっ?」」」
シロウが、トム達のツッコミ所を小突くと、彼らは、なかなか良い反応を返してきた。
「キミ達は、三日前に冒険者登録をしたばかりだったよね?」
「おいおい、そんなすぐにバレるウソが通用するとでも思ってんのか?」
「そうよ、こんな事で見栄を張るなんて、みっともないわよ」
「コレ、俺のギルドカードだけど確認するか?」
「ウソだろ……」
「本当だ、ランク表示がアイアンランクになっているよ。スゴイね」
「へ、へぇ~、そうなの……アナタ達も、なかなかやるわね」
そこには、ほのかに負け惜しみ感が滲み出ていた。
彼らが、アイアンランクに昇格したのは二日前だった。
主な活動が魔物の討伐だったらしく、その時まで採取依頼は受けていなかったそうだ。
それが、受付嬢さんからの助言を受けて、昇格条件の採取実績を満たしたのが二日前。
そして昇格が叶い、それを自慢出来る対象が現れた事で、彼らはイキがったようだ。
「つまりテメェらは、採取依頼をしていたら、たまたま魔物が狩れて昇格って事か?」
「そんなのは実力とは言えないけど……まぁ、運が良かったわね」
「はい、これも運命の女神様のお導きです。感謝です」
「ってかさ、アイアンランクって基準が低いよな」
「シロさん、そんな事を言って、今日のような危ない戦い方を繰り返してはダメですよ」
「キミ達は本当にスゴイね……って、いや、それよりも、もしかしてキミ達は……」
そこでイサオは、シロウとハツカの事を見て、先程からの疑問を問おうとする。
「まぁ、出会い方もパーティの相性も悪いようだし、お互いに不干渉って事にしようか」
シロウはイサオに、それだけを伝えると、大猪の肉の引き取りに向かう。
その背後でイサオは、まだ何かを言いたそうにしていた。
シロウとしても、聞けるものなら聞いてみたい思いはあった。
それは、シロウ達とイサオ達との冒険者としての活動期間から見られる相違について。
両者の活動期間の差は、多くて一週間。
それに対してイサオ達全員の武具が、前回から充実していた。
新人冒険者が稼げる報酬で、彼ら全員の武具を、そう簡単に更新出来るとは思えない。
ましてや全員が、同じ剣士と言う同一のスタイルで固まっているパーティだ。
キレイに一新されている武具の様子から察すれば、全員が同時に新調している。
そうとなるとパーティとしては、一度の更新で三倍の支出をしている事になる。
彼らに、それだけ稼げる実力があったとしよう。
しかしどう見ても、魔物を探す探知技能を所持している者がいるようには見えない。
これでは、まず魔物と遭遇するのが難しいように思える。
また、接近するまでに攻撃を加えられる遠距離攻撃要員もいないのだ。
魔物討伐の殲滅力を前面に出して、数を多く倒す事で稼いでいるようにも見えない。
そうなるとあとは、イサオがハツカのような能力を持っている可能性が浮かぶ。
だからシロウは、この微妙な案件を容易に質問する訳にはいかないだろうと考えた。
また、イサオも仲間達から、何かを言おうとしていたのを制止されていた感がある。
この点に於いては、シロウとトム達との意見は、一致しているように見えた。
シロウが、その場から立ち去ると、ルネはイサオに頭を下げてシロウの後を追う。
そしてハツカも無言で、その後に続いた。
こうしてシロウは、イサオこと『豊崎勲』の存在を認識する。
そして改めて、同じ紅玉を持つ転移者の事を意識するようになった。