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280.紙一重の未来

 猪頸鬼(オーグス)達に囲まれた中で、再び対峙する両者。

 そこから、再び尋常なる戦いが始まる事を──

 強き猪頸鬼(オーグス)の戦いが繰り広げられる事を期待する猪頸鬼(オーグス)達が見守る。


 繰り返される決闘(タイマン)の流れに、黒爪狼(シロウ)はウンザリする。

 しかし、この一時を黒爪狼(シロウ)は体力の回復に()てられる貴重な好機と捉える、

 つかの間の回復期間(クールタイム)を有効に使い、息を整える。


「いいぞ、今度こそ、分かりやすいように決着を着けてやる」


 そして、一呼吸整えたのちに、主任猪頸鬼(オーグスチーフ)に拳を向けて、そう宣言した。

 シロウと主任猪頸鬼(オーグスチーフ)の瞳が互いに相手を捉え、緊張した空気が辺りを(ただよ)う。

 ──が次の瞬間、突如主任猪頸鬼(オーグスチーフ)が、片膝をついて(ひざまず)く。

 そして、何を思ったのか、おもむろにシロウに向けて(こうべ)()らした。


「はぁ?」


 思わぬ反応にシロウが困惑していると、いつの間にか猪頸鬼(オーグス)達も、それに(なら)い出す。

 あまりにも急変した猪頸鬼(オーグス)達の対応。

 そこには、明らかに主任猪頸鬼(オーグスチーフ)の影響が現れている。

 しかし、それがなぜ、敵である自分に、このような形で向けられたのかが分からない。


「おい、どう言うつもり……うん?」


 ゆえに、その疑問が自然と言葉となって(こぼ)れた事で、異変に気づいた。

 現在(いま)の自分が、変身時には使えない人間の言葉を(しゃべ)っている事。

 自分の意志とは別に、能力が解除され、変身が解けた事に気づく。


 現在(いま)主任猪頸鬼(オーグスチーフ)が目にしていたのは、黒爪狼(シロウ)ではなく包帯男(バンテージ)の姿。

 シロウは、戦いの中の何かしらの要因で、いつの間にか人間の姿へと戻っていた。


 その事で主任猪頸鬼(オーグスチーフ)は、黒爪狼(シロウ)包帯男(バンテージ)を同一個体だと認識する。

 そして、その事で主任猪頸鬼(オーグスチーフ)は、シロウに(こうべ)を下げる事で、自らのは敗北を周知した。


 そこには主任猪頸鬼(オーグスチーフ)が抱えた、もう一つの意図が込められる事となる。

 それは決闘(タイマン)後の黒爪狼(シロウ)が、以降の戦いにおいて(おこな)な行動への敬意、

 多くの猪頸鬼(オーグス)が激情のまま荒れ狂った中で、一体も(あや)めなかった事への畏敬(いけい)の念。


 決闘(タイマン)の決着の(とき)に、確かに問題が起きた。

 しかしながら、黒爪狼(シロウ)は、その刹那を越えて立っていた者。

 決闘(タイマン)の決着後、敗者と、その近親の者達の生命を無為に奪わない。

 と言う規律(ルール)を守ったのも、やはり黒爪狼(シロウ)だった。


 その事から主任猪頸鬼(オーグスチーフ)は、黒爪狼(シロウ)猪頸鬼(オーグス)を理解する猛者(とも)と──

 そして直前の決闘(タイマン)で、自らが敗北した事を、その行動をもって周知した。


 この主任猪頸鬼(オーグスチーフ)の行動により、猪頸鬼(オーグス)達の激情が鎮静化していく。

 それは、戦った当事者によって格付けが示された事による影響力が成した(わざ)

 これにより、包帯男(シロウ)への敵愾心(てきがいしん)が消失した事。

 それに(ともな)い、黒爪狼(シロウ)畏敬(いけい)の対象となった事が大きかった。


「まぁ、なんだ……これで終わりなら、それはそれで構わないが」


 シロウは思わぬ幕切れに、いまだに精神(こころ)の整理が追いついていない。

 実際の所、黒爪狼(シロウ)は決して聖人君子ではない。

 むしろ、その身を人狼種へと変身させる事により、精神(こころ)が獣性に強く引かれている。


 それは主任猪頸鬼(オーグスチーフ)が姿を現す直前に、猪頸鬼(オーグス)を仕留める決意をした事からも明らか。

 あの時、主任猪頸鬼(オーグスチーフ)の介入が、あと少し遅れていたなら、この結末はなかった。

 それ程までに、この戦いの終結は、紙一重の未来であった。


 一縷(いちる)の未来を掴み取ったシロウは、緊張が解けると同時に重くなった足を踏み出す。


「また心配を掛けてしまったな。さぁて、帰ろう……」


 シロウは、菟糸(とし)で貫かれた右手に視線を向ける。

 そして変身時の自然治癒能力で損傷が回復したのを確認し、狩猟都市へと歩き出した。

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